一人暮らしの終わり
最終話です
麻さんは、店から走って消えた洋さんを、すぐに見つけた。
スポーツバー付近の公園に、洋さんはいた。
血圧でも上がったのか、立ちくらみを起こして、ベンチに座っていたのだ。
麻さんは、公園に入って。ゆっくり洋さんに近づいた。
洋さんの座るベンチの脇に立って、麻さんが言う。
「もうバーで働かないよ」
洋さんがやつれた顔で言う。どうやら洋さんは、一瞬でやつれたらしい。
「本当?」
「うん本当。もう働かない。洋さんを傷つけてまで働きたくない」
洋さんが思い詰めたように言う。
「俺、大人げないの分かっているんだ。でも我慢出来ないんだ。麻さんが、バーで働いて、男とたちと話して、男たちに笑顔を振りまいて。もう駄目だ。嫉妬で身が焦げそうだ」
麻さんが説明する。
「別に、そんな事してないよ。皿洗って、お酒グラスに入れて、ただお客さんサーブしているだけだよ。お客様の相手はお兄ちゃんが雇った、プロの女に人達がしているんだから」
洋さんが吐き捨てるように言う。
「それでも嫌なんだ! 見た? あのカウンターの男たち。麻さんのこと、ジロジロ見てたよ! 太ももとか。お尻とかぁ」
麻さんは精一杯謝った。
「ごめんね。香菜さんが心配で、つい手伝ってしまった。洋さんがこんなに嫌がるって思っていなかった。私、もうしないよ。だからお願い洋さん、機嫌を直して」
洋さんが唐突に言う。
「じゃぁ、結婚して」
麻さんはびっくりして言う。
「え?結婚?」
「ここで決めて。もし駄目なら、ここで俺たちはお別れだ」
麻さんが洋さんの目を見つめた。
「それ本気で言っているの?」
「本気だよ。俺はもう、ギリギリまで追い詰められているんだ」
「洋さん……。あなたって……」
麻さんが洋さんを見つめて言う。
「時々意味不明だよ?」
洋さんはそわつきながら言う。
「自分でも知っているよぅ。でももう、耐えられないんだ。ちょっとしたことで俺は不安になって。麻さんを傷つけて。俺は嫉妬して……。ちょっと連絡が取れなくなると、麻さんに何かあったんじゃないかと心配になるんだ」
麻さんには疑問だった。
「結婚したら安心するの?」
洋さんは思い詰めた様に言う。
「少しは、安心出来ると思う。それに、結婚の届けは、単なる書類だって言う人もいるけど。俺や麻さんに何かあった時、一番に呼ばれる人になれるだろう? 恋人じゃ、事故にあっても呼んでもらえない。心配なんだよ。何かあっても、呼ばれない関係なんて、嫌なんだ」
「もう、洋さんはぁ……。そんな事思っていたの?」
「お願いだ。結婚して」
「洋さん……。私でいいの?」
「俺は麻さんが良いんだ。麻さんは俺じゃ駄目なの?」
「私も、洋さんがいい」
「だったら何でそんなに結婚を拒むの?」
「私みたいな女が、ちゃんと結婚生活をして、きちんと妻をしていけるのか不安で……。子供を産んで育てる自信もないの」
洋さんが力説した。
「きちんとした妻なんていらないんだ。子供も麻さんが産みたくないならいらない。俺はただ、朝起きたら麻さんがいて。夜眠る時に麻さんにいて欲しいだけなんだ。ただ麻さんに側にいて欲しいだけなんだ」
麻さんが洋さんの隣に腰掛けた。
そして、麻さんが言う。
「洋さん、ありがとう」
「何の礼だよ」
「そばに居るだけでいいって言ってくれた。子供を産まなくていいって言ってくれた」
「当たり前だろう? 俺は子供を作るために麻さんと結婚したいんじゃないだ。麻さんが傍にいつもいるだけで、俺は幸せなんだ」
「ありがとう。私のこともらってくれる?私と結婚してくれる?」
「麻さん。俺は麻さんをもらったりしない」
麻さんは困惑する。
「え? どう言う事?」
「俺は麻さんをモノみたいにもらったりしない。麻さんが俺と一緒にいてくれるんだ。もらったんじゃないんだ。麻さんの意思で俺といたいと言ってくれたから、俺は麻さんと一緒にいられるんだ」
麻さんは洋さんの言葉に感動した。
「洋さん、ありがとう」
「礼なんていらないんだ。麻さん、大好きだ」
麻さんはつい、聞きそうになる。
私の何処がそんなに良いのって。
でも聞くのをやめた。
それは、おそらく、愚問だから。
洋さんに聞いても、仕方ない質問だから。
洋さんは、ただただ麻さんを好きなだけなのだ。
麻さんが、洋さんにかけられた呪文。
”好きには、好き” って返せば良い。
なんで好きかなんて聞かなくて良いんだ。
”愛しているには、愛している” って返せば良い。
だって、それは心の叫びだから。
理由なんて些細なことだから。
それを麻さんは、洋さんに教えてもらった。
洋さんは、麻さんをまるごと愛してる。
ただそれだけ。
だから、麻さんは質問の代わりに言った。
麻さんが恋の呪文を唱える。
「私も、洋さんが大好き」
洋さんが嬉しそうに笑った。
洋さんの顔を見て、麻さんは思った。
愛はとってもシンプルなんだ。
麻さんが言う。
「私は、洋さんと結婚するよ」
洋さんが麻さんの肩を抱いた。
そして洋さんが言う。
「もう幸せなんだけどさ。結婚してもっと幸せになろう」
麻さんが言う。
「そうだね」
洋さんが、立ち上がって言う。
「さぁ、帰って、しよう」
「え?婚姻届でも書くの?」
洋さんが言う。
「それじゃないよ。わかるだろう? 早く帰ろう。麻さんで俺を充電したい」
麻さんはそっちかと思う。
「洋さんって、なんだか、やっぱり、可愛い」
洋さんが言う。
「やめて。可愛いのは。本当に可愛いのは、なしだから! 俺はそう言うキャラじゃないから」
麻さんが小さく笑う。
「知っている。クールなんだよね」
洋さんが真剣に頷く。
洋さんが、座っている麻さんの手を、引っ張る。
そして、二人は寄り添うように、麻さんの家に帰って行った。
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麻さんがプロポーズを受け入れたので、麻さんの一人暮らしは、これで終ります。
そして麻さんと洋さんの二人暮らしが、いよいよ始まることでしょう。




