洋さんパニック再び
香菜さんと洋さんは、良ちゃんの開いたスポーツバーに行く。
洋さんが言う。
「繁盛しているな。ああ見えて、兄さんはやり手だな」
香菜さんも店を見回す。
「食べ物も、飲み物も、コストや手間をよく考えている。商売になると、良ちゃんは感がいいんだよね」
店内を見回す香菜さんが、良ちゃんを見つけた。
香菜さんが言う。
「良ちゃんと話をしてくる」
洋さんがうなずく。
香菜さんが調理場に入っていく良ちゃんの後を追った。
良ちゃんは調理場で、回収してきた皿を流しに置いた。
すると良ちゃんは、後ろから不意に抱きつかれて、背中を見る。
「あ。香菜さん。どうしたの? 病院はどうしたの?」
「抜けてきた。後数日したら退院する」
「治療はもう良いの?」
「たぶん。あのね良ちゃん」
「何? 香菜さん」
「結婚しよう」
良ちゃんが驚く。
「え? 結婚?」
「うん、私はもう良ちゃんがいないと、生きていけないよ。今回も良ちゃんがいたから、なんとか踏みとどまったんだよ」
背中に居る香菜さんを、良ちゃんが自分の胸の方に回す。
良ちゃんは興奮気味に言う。
「結婚してくれるの? そう言うのは、香菜さんは嫌だと思っていた」
「嫌じゃないよ。ただ、なかなか、決心がつかなかっただけ」
「なんで急に、決心してくれたの?」
「頼りたくなったんだよ。今まで一人で頑張ってきたけど、良ちゃんは私が頑張れない時に、私の代わりに頑張ってくれている。きっとこれからも助け合えると思う。私も良ちゃんが頑張れない時は、頑張るよ」
良ちゃんが香菜さんを抱きしめ、頬ずりをした。そして良ちゃんは香菜さんの頭を撫でた。香菜さんは気持ち良さそうに撫でられる。良ちゃんが言う。
「そうだな。俺が頑張れない時は、香菜さんが頑張ってくれ」
「うん、頑張るよ」
「でも。今は俺を頼れ」
「うん」
「俺は香菜さんに頼られると、なんだか自信が湧くんだ」
「自信が湧くって?」
「俺は、南央美にずっとダメ出しされていて、いつの間にか自信がなくなっていたんだと思う。でも香菜さんに頼られると、自信が湧いてくるんだ。香菜さんは俺の自信の源だ。香菜さんが居るから、俺は自信が持てて、頑張れる」
香菜さんが笑う。
「だからかな?」
香菜さんが下に目線をやる。
「良ちゃんの、ピコピコレーダーが、反応してる。ずっと沈黙だったのに」
良ちゃんが照れて言う。
「そろそろ俺も、ピコピコレーダーを使う日が来たのかもしれない」
その時、調理場の戸口で、麻さんの元カレの碧さんが言う。
「そのピコピコレーダーは、自宅に帰ってから、正しく用法を守って使用してください。オーナー、そんなところでイチャツカれると、調理場が使えないです。そろそろカフェタイム終わって、ディナータイムのオーダーはいるんです。出勤してきたコックが、調理場に入れなくて困ってますよ」
良ちゃんが謝る。
「ああ。ごめん。ごめん」
そして香菜さんは、また病院に戻って行った。
しかし。
問題なのは、この二人ではない。
麻さんと洋さんだ。
麻さんがホールのバーカウンターで仕事をしているのを、洋さんは見てしまった。
しかも運が悪いことに、カウンターに座った複数の男性と、麻さんが談笑をしていたからだ。
洋さんの嫉妬は最高潮になる。
大好きな麻さんが、男に笑いかけている。
しかもバーでだ。
ファミレスでもなく、文具店でもない。
バーでだ。
しかも麻さんは顔を出している。
いつも髪の毛で隠している、顔を全部晒していた。
麻さんの綺麗な顔が、客に丸見えだった。
いつもしていない化粧もして、輝かしいまでに美人だった。
しかし、麻さんは、飲食業だからそうしていただけだ。
毛髪が落ちないように、仕事として毛を束ねていたのだ。
良ちゃんに言われて、化粧もしただけで、麻さんに他意はない。
けれどそれが洋さんの気に触った。
そのうえ、バーのコスチュームがよろしくない。
丈の短いピタTシャツに、ショートパンツ、ミニエプロンだった。
ハイソックスは履いていても、体の線はまるわかりだ。
可愛いし、エロい。
洋さんの頭に血が上る。
ズンズンと麻さんに近づく。
そして麻さんの眼の前まで来ると、洋さんが言う。
「何しているの? こんな場所で! なんでバーなんかで、男の相手しているんだよ! しかも、こんなエロ可愛い格好で!」
麻さんの目がまあるくなる。
「洋さん……。エロ? エロ?」
洋さんは、良ちゃんからまだ何も聞いていなかった。
バーなんかで、男と楽しくやっている麻さんに、洋さんは我慢できない。
男にチヤホヤされている麻さんに我慢できなかった。
「男たちに、チヤホヤされて、そんなに嬉しいのかよ!」
「え? チヤホヤ? 嬉しい? なんで????」
「だってそうだろう? 笑顔で、嬉しそうに、男を見てぇぇぇぇぇ」
「え、だって……」
そう、だって、接客だから、当然だが……。
麻さんの言葉が終わらぬうちに、洋さんが駆け出す。
麻さんは、その後を追った。




