麻さんは女優だった
兄が、カウンターに行きながら、麻さんに聞いた。
「麻さん、碧さんに何かした? なんか様子がおかしかったぞ」
「うーん。私、やり慣れない事しちゃったんだよ。碧さんに嫌われるように、頑張って演技したんだ。演技したのを、後で碧さんは気付くかな?」
兄はちょっと考えてから言った。
「女は怖いな。演技するからなぁ。大丈夫だろう。女の演技を男は見破れないからな」
麻さんが笑う。
「でも私に、性格の悪い女のフリが出来たかなぁ? 香菜さんの出ていたドラマのセリフが、心に残っていたからさぁ。それを借りパクしたんだけど」
兄が聞く。
「何のドラマ? 『愛って良いね、不器用なあなたが大好き! 』 ってやつ? それとも 『アイは今日も、精一杯、君に恋してます! 』どっちのドラマ?」
そんな昔のドラマの題名を、兄はよく知っているなと、麻さんは思う。
「どっちでもないよ。『運命は、今、ミサに傾いた』だよ」
兄が難しい顔をする。
「知らないな。香菜さんのドラマはだいたい知っているのに」
麻さんが教えてあげる。
「香菜さんが、ちょい役で出たやつだから。深夜枠で人気でなかったんだって。それで知らないんじゃないの?」
「今度見てみるよ」
それから、兄が懐かしげに言う。
「それにしても、香菜さんは、だいこん女優だったなぁ」
麻さんが神妙な顔をした。
「香菜さんに、それ絶対言っちゃ駄目だよ」
兄がうっとりする。
「だいこんだから良いんだぞ。演技ができると、怖いだろう? 可愛いくて若い女優は、だいこんだから良いんだ」
麻さんは、兄の野生の感性に感心する。
麻さんが話を戻す。
「私はブサイクだし、上手く出来たがどうか……」
麻さんはヤレヤレと言う顔をした。
兄が大きな声で言う。
「麻さんは、多少ブサイクかも知れないが、お兄ちゃんは麻さんが大好きだ」
「やっぱりそうだよね。私ブサイクだよね? そうじゃないかとは思っているんだけど。身内は嘘つかないもんね」
兄が自分の経験に基づいて話をした。
「他人のおだてに乗るなよ。みんなチヤホヤしても、信じちゃ駄目だ」
麻さんは、兄の助言を胸に刻みつつ、言う。
「それでも私は、今だけは自分を美女だと思い込んで、ヤケクソで演技を頑張ったよ。もうやるしかないって急に思ったんだ。碧さんに嫌われるしかないって」
兄は、母親が麻さんをブサイクだといい続けていたので、それを信じているのだ。
だから兄は、最大限の愛情を示して、麻さんを励ました。
「確かに、麻さんは多少ブサイクかも知れないが、気にするな。お兄ちゃんはそれでも麻さんが可愛くて仕方ないんだ。きっと洋さんもそう言う感じなんだろうなぁ 」
麻さんは、ブサイクとママに言われると悲しくなるが、兄に言われると不思議とそうでもなかった。
「そうなんだよね。洋さんが、私の何が良いのか不思議だわ」
兄が、またアドバイスする。
「洋さんに尽くしてやれよ。麻さんの事を、あんなにも好きになってくれて、しかも大事にしてくれる奇特な人なんだ。それにしても、麻さんは中学高校の時、全くモテなかったよなぁ」
「そうだね。私はモテなかったよ。でも香菜さんが、私の事を好きな男子も結構いたって言ってた。本当かな?」
兄が少し考えて言う。
「香菜さんは優しいから、麻さんに気を使ってそう言ったんだろう」
「なるほど~。そうだよね」
それから、麻さんが嬉しげに、兄へ報告した。
「そうそう、洋さんは私の料理も好きらしいの」
「麻さんの料理は、俺はあんまりなぁ。食った気がしない。肉がないとなぁ。麻さんのは野菜飯だろう?」
麻さんはガックリした。
「そうだよねぇ。洋さんに嫌われないように頑張るよ」
兄は大張り切りだ。
「頑張るって良いよな! さぁ稼ぐぞ!」
麻さんも大きな声で言う。
「稼ぐぞ!」
兄は客が入って大興奮している。
「そのいきだ! 稼ぐぞ!」
麻さんも一緒になって言う。
「稼ぐぞ!」
そして二人は馬車馬のように働いた。




