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そして愛は終りを迎えた

 そして二人は事務所に場所を変えた。

 事務所には誰もいなかった。

 碧さんが、事務所に設置してある販売機で、お茶を買って麻さんにくれた。

 それから、1メータほど離れて、向かい合わせに、パイプ椅子に座って話をする。


 最初に麻さんが、碧さんに聞いた。

 「碧さんが、反省とかするんだ? ちょっと信じられなくて……」

 碧さんしかめっ面で言う。

 そのしかめっ面が、また芸術品級だ。

 しかめっ面がこんなにキュートな男もいないと、麻さんは感心する。


 碧さんが自分の気持ちを素直に話した。

 「友達を失いたくないからさ。反省することにした」

 麻さんが小さく笑う。

 「そっかぁ。私より友達を選択したんだね」

 碧さんも小さく笑った。

 「そうだな。友達がいたから、立ち直れたよ」

 

 麻さんが言う。

 「良かったね。男友達がほとんどいなかったもんね」

 碧さんが頷く。

 「過去には、悪い友達ならいたけどなぁ」

 麻さんは、碧さんの昔の話を聞いたことがなかった。

 「その人達は、本当に友達だったの?」

 「その時は、まぁ……、それなりに友達だったんだけど。社会人になって切ったんだ」

 「知らなかった。初めて聞いたよ」

 「言わなかったから……」

 

 麻さんが、昔を思い起こして言う。

 「私、碧さんの昔の話を、聞いたことないな」

 強い口調で碧さんがいう。

 「昔のことなんて、どうでもいいだろう? それより、今と未来が大事だろう?」

 麻さんが碧さんを見る。

 「未来……」

 碧さんの言う未来が、麻さんには怖い。

 

 改めて、碧さんが麻さんを見た。

 「今日は可愛いな」

 「そうぉ?」

 「コスチュームが似合っているよ」

 「うーん。そうなのかな?29歳の私が着て平気なのか、すごく疑問だけど」

 「童顔だから大丈夫だよ。可愛いよ」


 麻さんは素直に礼を言う。

 「ありがとう」

 「なぁ、麻さん。もし洋さんと別れたら、俺のこと考えてよ」

 「まだ、それを言うの?」

 「言うよ」

 「反省したんじゃないの?」

 「反省はしたよ。だからもう麻さんの家に侵入したり、麻さんを襲ったりしないよ。でも完全に、麻さんを諦めたわけじゃないよ」

 麻さんの頭に恐怖が蘇った。

 その表情を見て、碧さんが笑う。

 「大丈夫だよ。もう悪さしないし。もし付き合えたら、大事にするしさ」


 麻さんが言う。

 「それに近いことを、前も言っていたけど……。でも私は洋さんと別れないし。別れられないと思う。私を待たないほうがいいよ」

 碧が、少しの間、動かなくなった。


 そして喋りだす。

 「俺はいつまでも待つよ」

 麻さんが言う。

 「ごめんね。私も考えてみたんだ。それで気がついたの。洋さんの優しさを知って。愛する人と、傷つけ合ったり、我慢したりするのが、もう出来なくなった。ガラスの破片を擦り合うような愛がキツイと思うようになった。そして、傷つけたのは自分なのに、傷つけた相手の傷を癒そうとするんだよ。矛盾だらけだね。今思えば、私たちって、そう言う愛だったんだと思う」


 碧さんが麻さんをみる。

「ガラスの破片で、傷つけ合う愛……」

 麻さんが頷く。

 「そうだよ。結局私たちが一緒にても、辛いだけだよ。私たちの未来って、そう言う未来だと思う」

 碧さんは必死だった。

 「そんな事ないだろう? 俺は改心するんだし」


 麻さんが言う。

 「改心しても駄目だよ」

 碧さんがいう。

 「これからは優しくするよ。反省しているんだ」

 麻さんは首を左右に振った。

 「初めはそう出来ても。きっとすぐ元に戻るよ。だって私たち、似ているから。すぐキツイ愛に戻っていくよ。お互いその方が自然だから」


 いきなり麻さんが、パイプ椅子から立った。

 麻さんはパイプ椅子を持ち上げた。

 麻さんは持ち上げたパイプ椅子を、碧さんの座る椅子の隣まで運んだ。

 そして、碧さんの座る椅子にピタリとつけて置いた。

 

 1メータくらい離れていた、碧さんとの距離を縮めたのだ。

 そして麻さんが、パイプ椅子に座った。

 ミニのショートパンツから、ニョキッと出た艶めかしい足を、碧さんの脚に絡めた。

 麻さんが満面の笑みで、碧さんを見上げて、小首をかしげた。

 

 碧さんは、麻さんの一連の動作に、ドキッとした。

 麻さんがそれを見て、小さく笑う。

 碧さんは、その瞬間、麻さんにやられたと思った。

 麻さんが言う。

 「私だって、出来るんだよ。人の操作……。私のこと、ずっと碧さんは操ってきたの、私は知っているんだよ」

 碧は動揺していた。上手くやれていると、碧は思っていたからだ。なのに気付かれていたとは、思ってもいなかった。

 「知っていたのか? なんで知らないふりしたんだよ」


 「私さぁ、操作される方が楽なんだよ。ママにずっと操られてきたからさ。だから碧さんが私を操っているのを知っていて、操られてきたんだよ」

 麻さんが、更に碧の耳元に息を掛けながら話す。

「私、自分が綺麗なのも知っているんだよ。だから髪や服装で、今まで隠して来たんだ。そう言うので男の人に寄ってこられるのは嫌なんだ」

 

 碧さんが顔を麻さんの方に向けた。

 碧さんは、麻さんの表情が見たかった。

 麻さんは、いつもと違う、冷たい顔をしていた。

 麻さんは碧さんを見つめながら言う。

 

「だって私が綺麗なのは外見だけで、中身は汚いから。碧さんと私は、同じだよ」

 

 碧さんは、返す言葉がなかった。

 二人は無言になった。

 麻さんが、碧さんに甘えるように、碧さんの肩にもたれ掛かった。

 碧さんは、麻さんから甘えられるのは初めてだと思った。

 

 けれど……、それは、当たり前の話だった。

 碧さんから麻さんを呼んで、甘えさせることは許可しても、麻さんから甘えることを、碧は許可しなかったからだ。

 麻さんを甘えさせることは、碧が与える、麻さんへのご褒美だったから。


 碧さんは気がつく。

(今ご褒美を貰っているのは、俺だの方だ)

 碧さんの背筋に、冷や汗が流れる。


 碧さんは、飴と鞭を上手に使って、数々の女を操ってきた。

 なのに、今、麻さんに碧さんは、飴を与えられている。

 碧さんが、麻さんに主導権を握られていた。

 

 麻さんが、碧さんにもたれ掛かったまま言う。

 「だからね。私は、心の何処かで、綺麗な心の洋さんと付き合っては駄目だって思っていたの。私の汚さに、綺麗な洋さんを巻き込んでは駄目だって思っていたの」

 麻さんが顔を碧の体に傾けた。それから碧の腕と体の間に、麻さんの顔を埋める。

 「でも付き合ってみたら、洋さんの清らかさに、私が染まっていったんだ。私でも、良い人といると、良い人になれるんだね」

 

 

 それから、麻さんはもたれかかるのを止めて、体を起こした。碧さんの頬に、自分の頬を密着させた。

 「私の優しさは、弱さの裏返しで。碧さんの意地の悪さも、弱さの裏返しで。私も碧さんも、寂しくて、辛くて、悲しくて、愛されたいと願っていて。なのに愛を得られると、自分で壊そうとするんだよ」

 麻さんが、碧さんの顔を、両手で挟むように覆った。それから麻さんは、碧さんの顔の正面ギリギリに、自分の顔を近づける。

 「私たち、同じなんだよ。いいの? 今度は私も、操作するよ。お互いに操作し合う愛だよ」

 麻さんの表情が、仕草が、何時になく妖艶で、堂々としている。

 

 いつもの碧さんなら、そんな事をされて、平然とやり返していただろう。

 しかし、碧さんは身動きできなかった。

 碧さんは、麻さんの迫力に飲まれていた。



 碧さんは知っている。

 一度握られた主導権を、取り返すのは難しい。

 碧さんは、今、麻さんにやられ放しだった。

 

 麻さんが、碧さんの顔を拘束するのを止めた。

 麻さんは、碧さんの腕に、両腕を絡ませた。

 「お互いもっと、傷つけ合うんだよ。私たちの愛に、平穏なんてないんだよ。私も男つくるし。浮気するよ。いくらでも相手なんているし。なんなら碧さんの親友と寝てもいいんだよ。チカラ君とかさぁ。アタシさぁ、彼ならすぐ骨抜きにするよ」

 麻さんが碧さんの目を見つめる。

 「碧さん、大丈夫? 私が男を作っても大丈夫? 私が浮気したら、碧さんは悔しいから、きっと私を殴るね。でも、私も黙っていないから、碧さんに仕返しするけどぉ」

 

 その時、大きな足音がした。

 足音を聞きながら麻さんが言う。


「それでも碧さんは、私と付き合いたいの?」

 

 言い終わると、麻さんは、おもむろに碧さんから離れた。

 麻さんが離れると同時に、兄が事務所に現れた。

 「カウンターに戻ってくれる? お客さんが増えてきちゃったよ」

 それで麻さんは、カウンターに戻っていく。


 

 でも碧さんは、その場をしばらく動けなかった。

 


 碧さんが欲しいのは、自分だけが麻さんを支配する関係で、麻さんとやり合う関係ではないし。

 碧さんが望む未来は、麻さんに優しくされて、気分良く過ごす未来だ。


 碧さんは思う。

 ――たとえ俺が麻さんを得ても、今の麻さんは、俺の思うようにはならない――

 

 

 ようやく碧さんも、終われたのだ。

 碧さんは、麻さんを手放した。


 

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