碧と会う
碧が謝罪に来ると兄に言われた後、麻さんは、兄にバーのコスチュームを着せられてしまった。
麻さんはコスチュームを着て、軽いめまいを覚えた。
丈の短いピタTシャツに、マイクロミニ丈のショートパンツ、ショートパンツより少し長い丈のミニエプロンだった。
体の線はまるわかりだ。
ハイソックスは履いていても、太ももは丸出しだ。
麻さんが兄に文句を言う。
「これ、アラサーにはキツイよ」
兄が言う。
「爽やかでいいだろう? Tシュツにショパンで、スポーティだろう?」
麻さんが聞く。
「なんでエプロンのほうが、ショーパンより丈が長いの?」
兄がニタっとた。
「チラ見えだよ。動くとエプロンが揺れて、チラチラするだろう? チラ見えは、男のロマンだよ。ショーパンの丈も、パンツが見えるか見えないか、ギリギリを狙ったんだ」
麻さんは、兄に軽い絶望を感じた。
兄が言う。
「髪は束ねて、髪の毛が落ちないようにしてくれ。化粧もして欲しい」
それで渋々、麻さんは髪を束ねて、化粧をした。
「客には愛想よくしてくれよ。麻さんはカウンターから出なくていいから。カウンターに来た客の注文を受けて、ビールや簡単なおつまみを提供するだけでいいよ」
麻さんがメニューを見る。
「複雑なメニューは席で注文するけど。簡単なメニューはカウンターで買えるんだ」
兄が言う。
「席が決まらない客もオーダー出来るようにしたんだよ」
「え? どう言うシステムなの? 私にはよくわからないわ」
兄がちょっと考えて、説明を諦めた。
「そのうち分かるよ。ともかくカウンターに入ってくれ。けして出るなよ。酔っ払いばかりだから、麻さんはカウンターだけでいい。カウンターの外はそう言うのに慣れている女性を雇ったからさ。だからカウンターの外で働く女子は、時給も高くしたんだ。麻さんがやることないからな」
それで麻さんはカウンターに入る。
麻さんはカウンターにへばりついていたが、カウンターにも席がある。
それで、男性客がオーダーにやって来て、そのままカウンターで飲み始めてしまう。
それで麻さんは、仕方なく男性客と話をした。
大半はとりとめのない話だったが、中には厄介な客もいた。
麻さんを口説いたり、手を触ろうとしたり。
でもカウンターの中にいるので、麻さんの危険は、カウンターの外にいるよりは少なかった。
麻さんが客の注文に応じて、瓶ビールを客に渡し、会計などしていると、声を掛けられた。
麻さんが声の主を見た。
声は知っていた。
だから、麻さんの体がビクッと震えた。
(怖い)
正直怖かった。
会いたくなかった。
でも、香菜さんの店を無償で手伝ってくれるのだから、会うしかないと麻さんは思った。
(香菜さんの為に、会わなきゃならない)
麻さんは恐怖心いっぱいで、声の主を見た。
でも声の主が、あまりに以前と違って、麻さんは恐怖を忘れた。
麻さんが言う。
「碧さん、随分変わったね」
碧さんが照れたような顔をした。
「髪型だろう?」
「うん」
碧さんがカウンターの中に入って来た。碧さんも、男性用のコスチュームを着ていた。
「仲さんの寺に1月拘束されて、その時に髪も坊主にされてさー。少し伸びたけど、まだまだ短髪なのよ」
麻さんが付け加えた。
「髪型だけじゃなくて、雰囲気も変わったよ」
麻さんは、碧に以前のような眼力がなくて、ホッとしたのだ。
顔つきや、喋り口調に感じていた、棘もなくなってみえた。
碧さんが言う。
「寺で座禅したりしていて。気持ちが落ち着いたんだ」
麻さんが聞いた。
「座禅って、効果あるんだ」
碧さんが答えた。
「座禅や荒行させられて、段々、じっくり考えられるようになって。今までかっこんで食べていた食事も、良く噛んで味わえるようになってさ」
麻さんは想像がつかない。
「よくわかんないな」
碧さんは遠い目をした。
「前は、楽しいことや苦しいことも、暖かい事もや冷たいことも、全部同じに感じてたんだ」
麻さんは考えてみる。
「もっと分かなんないナ」
碧さんが言う。
「やってみないと分からないこともあるさ」
麻さんが褒める。
「でも、短髪が似合っているよ。顔が良いとなんでも似合うんだね」
結局、碧さんは何でも似合う。
碧が聞く。
「顔が良いと思ってくれてたの?」
「そりゃ思うよ」
「洋さんより、カッコいい?」
「外見だけなら、なかなか碧さんに敵う人いないよね」
洋さんもが外見は良いほうだけれど、碧さんの容姿はレベルが違った。
碧さんがちょっと真剣になる。
「じゃ何で俺を振ったの?」
「ごめん……。洋さんの方が好きだからだよ」
勿論、理由はそれだけじゃなかった。
でも麻さんは言わなかった。
碧はちょっとしつこい。
「昔はどうだった? 俺の事どう思っていた」
麻さんは答えに詰まる。
「さぁ、忘れちゃった。でも、多分相当好きだったよ」
「今の洋さんと昔の俺、どっちが好きだった?」
麻さんが、好きの違いを説明した。
「うーん。そうだな。あの頃の私には碧さんがちょうど合っていたんだと思う。でも今は洋さんが合っているの。私もだんだん変わっていくし。碧さんも変わって行くでしょう」
碧も少しは納得した。
「そうだな。俺も変わったと思う」
碧がカウンター内を見回した。
「俺は何をしたら良い?」
「注文が入ったら、品物渡して、会計したら終わりだよ。後はグラスを磨いていたら良いよ」
「結構、注文はいるの?」
「結構あるよ」
そこに女の子たちがやってきた。
碧さんをガン見している。
「あのオーダー良いですか?」
碧が女子たちに笑顔を振りまいた。
「はい、どうぞ」
碧さんの笑みに、女の子たちの顔は、華やいた。
その様子を麻さんは見る。
そして思う。
(碧さんは、モテるなぁ)
オーダーが終わって、会計したけど、なかなか女子たちは、碧さんの側から離れていかない。
でも結局、次の客が来て、渋々自分たちの席に戻って行った。
カウンター席が、既に麻さん目当ての男でいっぱいだったからだ。
客の男たちは、麻さんに気が付かれないように、チラチラと麻さんの身体を見ていた。
麻さんが碧に言う。
「モテるね」
碧さんは、カウンターの男たちの視線が、麻さんに向けられているのを確認しながら、言う。
「接客なら、俺でもいい人でいられるからね。昔バイトでバーテンやってたし」
麻さんは初耳だった。
「その話、初めて聞くけど?」
「言ってないから。それより、麻さん、悪かった。今は反省したんだ。場所を変えて話できない?」
麻さんはつい気を許してしまう。
麻さんのお人好しは筋金入りだ。
それで、麻さんが、通りかかった兄に声をかけた。
兄が言う。
「事務所で話せよ。俺がカウンターにはいるから」




