良ちゃんの説得
香菜さんが入院して、10日たった頃、良ちゃんが病室に来ていった。
「香菜さんのクラブを、ひとまず畳もうと思う」
香菜さんがびっくりした顔で言う。
「店を閉店する?」
良ちゃんが頷いた。
「香菜さんが、入院している間に色々あって……。まずは香菜さんの店が入っているビルは、香菜さんの持ちビルだろう?」
香菜さんが頷く。
「香菜さん絡みで、ビルの前に沢山の報道陣が毎日囲んでいて、ビルのテナントさんたちが迷惑をしている。まだ事務所で借りられている方は良いんだが。指圧や病院をしているテナントさんはかなりご立腹だ。それに近隣の住民からも苦情が来ている」
香菜さんがうろたえて言う。
「そんなぁ」
良ちゃんが状況を更に説明した。
「それと、店の女の子たちが、もうこれ以上店を休むなら、店を辞めたいと言ってきている。また、連絡できなくなった子が、既に3分の2いるんだ。多分もうよそに移ったんだと思う。従業員の有給も、そろそろ尽きる。計画された有給分の支払いを超えて、臨時支出として有給にするなら、予定外の支出になる。そうなると結果として、見越していた利益を削ることになるから、今年の経営計画を練り直さなきゃならない。でも既に1週間営業をしていないんだ。練り直すなら下方修正になってしまう。いまなら従業員に1月分の給与を払って、出て行ってもらえる資金があるんだ」
香菜さんは喚いた。
「たとえそうであっても、私は店を続けたい。あの店は私の命なの。私の10年をつぎ込んだ店なの。やめるんじゃなく、休むのではどうかしら? 従業員を全員解雇して、半年くらい営業をやめるのはどうかしら?」
良ちゃんが言う。
「ビルを買ったローンはどうするんだ? あのクラブを営業させないで置いて置いたら、ローンが払えないだろう?テナントから入る賃料だけでは、ローンが払っていけなくなる。あの店は何らかの形で営業させて、利益を出さないと、ローンが払っていけなくなる」
香菜さんは言い淀んだ。
「でも、でも……」
良ちゃんが諭すように言う。
「香菜さんは、これまでちゃんとクラブを経営して、利益をあげてきた経営者だ。だからわかるだろう?今すべきことが」
香菜さんがうつむいて、黙る。
良ちゃんが続けて言う。
「それに、このままだと、テナントさんに出ていかれてしまいかねない。中にはこの騒ぎで生じた損失を補填して欲しいと言ってくるテナント様も出てくるだろう。そうしたら、資金繰りが立ち行かなくなる」
香菜さんが言う。
「私のマンションを売るわ」
良ちゃんが言う。
「売ってもその場しのぎだろう? それでいつまで持ちこたえられると思う?」
香菜さんはまた黙る。
良ちゃんが言う。
「店どころかビルを失うことにだってなりかねない。結局何を守るかだ。店は、ほとぼりが冷めたら、また一から出直したら良いじゃないか?」
香菜さんは黙ったままだ。
良ちゃんが香菜さんに優しく言う。
「まずは残せるものを残そう。クラブを残すことにこだわっては駄目だ。そう言う事をした結果、たいていの場合はすべてを失うんだ。そんな事をしたら、再起できなくなるぞ」
香菜さんがポツリと言った。
「良ちゃんに任せます」
気落ちする香菜さんを良ちゃんが抱きしめた。
良ちゃんが言う。
「偉いぞ。香菜さん。ちゃんと決められてさ」
良ちゃんが香菜さんの頭を撫でた。香菜さんが咽び泣いた。
良ちゃんが言う。
「また店は出直そう。俺も手伝うから」
香菜さんが声にならない声で言う。
「うぁん、う……ん……」
良ちゃんが香菜さんの涙をふく。
良ちゃんが言う。
「絶対、またクラブをやらせてあげるから。約束だ」
香菜さんが”ウンウン”と言った。




