逆風
香菜さんの騒ぎを聞いて、実家に麻さんがやって来た。そして、良ちゃんに言う。
「SNSですごい話題になっているね。検索トレンドの上位に入っているよ」
良ちゃんが困ったように言う。
「そうなんだよ。それで香菜さんはクラブも開けられなくて……」
「香菜さんは、芸能界を辞める頃から、クラブ経営をメチャ頑張ってきて。やっとここまで来たのに……」
良ちゃんが心配そうに言う。
「そうなんだけど」
そこに良ちゃんによって、店から救出された香菜さんが、奥から出て来た。
麻さんが聞く。
「大丈夫?」
「大丈夫よ、叩かれるなんて慣れっこだし。」
気丈に振る舞う香菜さんだったが、麻さんには香菜さんが強がっているようにしか見えなかった。
香菜さんが言う。
「ねぇ、良ちゃん。私お店が気になって。見に行きたいんだけど」
良ちゃんが頷き言う。
「車で様子を見に行こう」
それで香菜さんと良ちゃん、麻さんが車に乗り込んだ。
良ちゃんが運転して、香菜さんの店の前まで行く。
店の前は沢山の報道陣と、野次馬でいっぱいだった。
しかもビルの入口付近には沢山の落書きがされていた。
香菜さんが言う。
「酷い。落書きされている。ビラも貼られている」
「気にするな。後で俺が落書きを落とすよ」
「私の店が。私のビルが……。私の子供みたいな店とビルが……」
麻さんが言う。
「他の話題が出てきたら、すぐ忘れちゃうよ。それまで我慢して。香菜さん」
「そうだけど……。酷い。ひどすぎる」
香菜さんは感情に押し潰されそうになる。
香菜さんは、昔を思い出した。
まだ十代だった頃。
タレントで一斉を風靡していた頃。
未成年が枕営業しているって、叩かれて。
番組の偉いタレントと寝ているから、番組に出でいると叩かれて。
そんな事は、していないのに、みんな信じてくれなくて。
ネットでも。
タレント仲間にも。
そっぽ向かれて。
学校では机に落書きされて。
上履きに生ゴミを詰められて。
体操服は、いつの間にか、ネットで競売にかけられてた。
香菜さんは汚い女だって。
あちこちに書かれて。
顔も整形だって書かれて。
体も、シリコンがそちこちに入っているって書かれて。
そのうち。
母親の不倫と、父親のネズミ講疑惑で、香菜さんは一斉にマスコミにまで叩かれた。
ネットで叩かれ。
マスコミに叩かれ。
知り合いに叩かれ。
通りすがりに、馬鹿にされた。
香菜さんの脳内で、その当時のことが、いきなりフラッシュバックする。
叩かれて。
叩かれて。
苦しくて、寝られなくなって。
安定剤をのんで、酒を飲んで、無理やり寝た。
まだ未成年で酒は飲んではいけなかったのに。
飲んでしまった。
それがまたマスコミにバレて。
叩かれた。
思い出すあの辛い日。
思い出して、香菜さんは苦しくなる。
「息が苦しい……。手の先が痺れる……。呼吸がぁ。呼吸がぁ。私死んじゃう。呼吸が出来ないよう……」
助手席で香菜さんが崩れ落ちる。
香菜さんの頭の中で、知らない誰かが言う。
誰もが香菜さんを死ねって思っている。
誰もが香菜さんを嫌っている。
誰もが香菜さんを薄情な女だと思っている。
誰もが香菜さんに敵意を持っている。
家を出たらフラッシュの嵐だった。
レポータの質問が飛んだ。
あの人も。
あの人も。
今すれ違った人も。
さっき目が合った人も。
みんな香菜さんを嫌っている。
家を出たら、好奇の目で香菜さんは見られていた。
そして心無いやじが飛んだ。
香菜さんの頭の中で。
香菜さんの心のなかで。
得体の知れない闇が沸いてくる。
希望など何処にもなくて。
闇はいつ終わるのかもわからない。
優しそうなふりをして、影で悪く言われた。
同情するふりをして、ネットに悪く書き込まれた。
テレビでコメンテータが、分かったように、香菜さんの家庭環境の何が悪かったかを話す。
本当かどうかわからない情報から、そのしのぎのコメントを、分かったようにする。
そして、香菜さんの周りから、どんどん人が消えていく。
仕事も消えて行く。
何もなくなって行く。
麻さんが香菜さんを呼ぶ。
「香菜さん!」
「はぁ、はぁ、はぁ」
胸を押さえて、香菜さん必死で息をしようとした。
運転席の良ちゃんが香菜さんを抱く。
「無理して息なんかするな。ゆっくり吸って、ゆっくり吐くだけでいい。死なない、絶対死なない」
良ちゃんが麻さんに言う。
「運転代わって」
それで麻さんは車の外に出て、運転席に移動した。
良ちゃんは助手席を深く倒して、良ちゃんは後部座敷に座って、香菜さんの手を握る。
「病院に行こう」
麻さんが頷いた。
麻さんがアクセルを踏む。
病院に到達する間に、良ちゃんが医師に電話した。
良ちゃんの入院中に仲良くなった、医師だった。
その医師が、病院の入り口で待っていてくれた。
良ちゃんの知り合いの看護師たちもいた。
チカラ君の彼女の、のんちゃんもいた。
医師が言う。
「単なるパニック障害じゃ、入院は無理だけど。でも検査入院の形を取って、しばらく入院してもらうよ。ゆっくり体のあちこちを、検査しよう」
それで香菜さんは、特別室に入院することになった。




