香菜さんが心配してやって来ました
碧さん事件の後、香菜さんが麻さんの家を訪ねて来た。そして言う。
「今日は、私さぁ、麻さんちに泊まるよ」
「お店は大丈夫なの?」
「まぁ、1日くらいいなくても、まあ子ちゃんがいるから」
麻さんもまあ子ちゃんは知っている。
「ああ、あの微妙美人」
まあ子ちゃんは、美人かブスか、区別がつかない顔をしているのだ。
「そう、あの微妙美人のまあ子ちゃん。でも男ウケは抜群だよ。ノリがいいからね。ヨイショの達人って呼ばれているよ」
「すごい特技だね」
香菜さんが心配する。
「それより。麻さん、大丈夫なの? 怖かったでしょう?」
「うん」
「気が付かなくてごめんね。私、碧さんがそんな人だって知らなかったから。彼って好青年じゃん? 私の、この人は変な人かも知れないレーダーに、碧さんは引っかからなかったわ」
麻さんは碧さんを思い浮かべた。
「そうなんだよね。碧さんって、人前ではすごく礼儀正しいの。優しいし。良い人なんだよね」
香菜さんが困り顔で聞く。
「何で教えてくれなかったの?」
「香菜さんに迷惑をかけると思って。洋さんの浮気疑惑でも、だいぶお世話になったしさぁ」
「ああ、あれね」
「晴海さんのことも、あの後色々してくれたんでしょう?」
「うん。いいんだよ。面白かったから。結局晴海さんには、兄もいたし。お父さんやお母さんもいたよ」
麻さんの驚きは半端ない。
「え。え。え。身内がいたの?」
「いたよ。それで私の手配した介護人と付き合い始めて、実家のある鹿児島に帰って行ったよ。なんでも親が鹿児島で旅館をやっているから、そこを2人で手伝うらしいよ」
「え???? そんな事あるの?」
「事実だから、仕方ないね。だから人生って面白いんだよ。でもストーカーは面白くないけど」
「そうなんだよ。碧さんのせいで、私は寝られそうにない」
香菜さんが、持参したDVDを見せた。
「そこでぇ。これ持ってきた」
「あっ」
「ね。DVDよ。私の昔出たドラマだよ」
「これ面白いよね。香菜さんの演技が、めちゃ笑えるんだよ」
香菜さんが顰めっ面をする。
「そそ、棒読みでさ。でも仕方なかったんだよ。わざとだもん」
「そうなの?」
「社長がさぁ。アイドルは演技しないでくれって言うからさ。可愛い役なら良いけど、ヒロインのライバル役で、怖いの演じると、男ファンが減るらしい」
「それ何データなの?」
「社長の憶測データ」
「合っているの?」
「知らぬ」
麻さんがDVDのケースを指さす。
「あれ、これ初めてみる」
麻さんが指さしたのは、『運命は、今、ミサに傾いた』と言うタイトルだった。
「ああ、最近、有料チャンネルのライブラリーに上がってさ。ライブラリーから消えないうちに、DVDにコピーしたんだわ」
「香菜さんは、こんなドラマに出てたっけ?」
「本当にちょっとだけど出てたんだよ。だから持ってなかったんだ。深夜ドラマで、当たんなかったからね。でもコアなファンがいるんだよ」
「どんなドラマ?」
香菜さんが説明する。
「テーマは共依存っていうの? そう言うの。このドラマの主役は演技派で有名な、倖田ヒカルちゃんだよ」
「へぇ、じゃ、演技が凄いね」
「私よりブスだけどね」
「アハハハは、確かに」
「私だって、社長が許してくれたら、ちゃんと演技できたんだよ!!!!」
「そうなん?」
「そうだよ」
「ねぇ、これ見ても良い?」
「え? それ内容が暗いよ。今見たら、心の暗さがマックスになるんじゃない? 『アイは今日も、精一杯、君に恋してます!』とか、『愛って良いね、不器用なあなたが大好き!』がいいんじゃない?」
麻さんがCDを握りしめて言う。
「ヒカルちゃんのドラマにハズレなしって、名言があるじゃない? これ見てみたい」
「それ、誰の名言よ」
「兄だよ」
訝しげな顔で香菜さんが「ほうぅ」と言った。
香菜さんと麻さんはパソコンで、ヒカルちゃんのドラマのDVDを見始める。
見終わって香菜さんが言う。
「昔、ざっと見たけど。このドラマは、暗くし、なんか意味が分からなかったけど。大人になって見たら、やっと理解したわ」
麻さんが言う。
「ヒカルちゃんて、演技力が半端ないね」
香菜さんは身震いした。
「ウンウン。あそこが怖かった。ヒカルちゃんと加害者の男しかいない教室で、ヒカルちゃんが自分の座る椅子から立ち上って……」
香菜さんが立ち上がった。
「ヒカルちゃんは自分の椅子を、こう持ち上げてさぁ」
香菜さんが、ヒカルちゃんの動作を真似る。
麻さんが「ヒエ~」と言った。
香菜さんが続ける。
「男の座る椅子の隣に、ヒカルちゃんの椅子をピタッと寄り添うように置いてさぁ」
麻さんが連呼した。
「怖い、怖い、怖い」
香菜さんが体を左右に振って言う。
「ああああああ、マジ! ヤバかった」
麻さんも震えた。
「いつもモラハラやら暴力を与えてくる男に、自ら接近していくなんて……。私なら怖くて出来ないわ」
香菜さんがニタっと笑った。
「でもさぁ、麻さんも演技できるじゃん?」
「え? 出来ないよ」
香菜さんが、DVDをカバンから出した。
「じゃーん。高1の文化祭で、クラスで撮ったドラマだよぉ。主演、麻さん!」
麻さんがびっくりして、DVDを見る。
「そんなの存在したんだ」
「そうなんだよ。仲さんが持っていた」
「なんで仲さんが持っているの?」
「文化祭の後、密かに高校の男子の間で、コーピーされ、出回ったらしい」
麻さんが不思議そうに言う。
「ああ、香菜さんが出たからかなぁ」
「そうかもね。見る?」
「え――。見るのぉ。恥ずかしいよぉ」
「見ようよ。めちゃ久しぶりだよね」
そして二人で文化祭のドラマを見た。
見終わって香菜さんが言う。
「やっぱり、麻さん、なんか演技に説得力があったよ」
「本当?」
「たぶん」
「なんだぁ、たぶんかぁ」
そして二人は笑う。
「あはははははは」
「あはははははは」
香菜さんが言う。
「でもね。麻さん、女は全員女優だよ! 私はクラブでママを演じてる!」
麻さんが真顔で答えた。
「お、おう!」
そしてその夜。
夜通し、麻さんと香菜さんは、DVDを見て過ごした。




