窓からの襲撃
洋さんが海外に行って、3日ほど経った頃だった。
麻さんが、朝会社に行こうと、カバンを持った時、チャイムが鳴った。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
麻さんはモニターを見る。
モニターには誰も写っていなかった。
それでもチャイムは鳴り続ける。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
麻さんに恐怖が走った。
「もしかして……」
麻さんが、モニターの壁に寄りかかるようにして、しゃがんだ。
麻さんは耳をふさぐ。
「まさか……」
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
執拗に鳴るチャイムの音。
止まないチャイムの音。
チャイムを押しているいたのは、当然碧さんだった。
碧さんは、体をモニター画面からずらして、映らないようにしていた。当然洋さんがつけた防犯カメラにも、映らない様に近づいて、レンズに養生テープを貼った。
碧さんは会社の作業服を着ていた。まるで電気工事をする作業員のように見えた。
碧さんが言う。
「いるのは分かっているんだ」
碧さんは、麻さんの家の門に、気付かれないように、小型のカメラを10日前に仕込んだ。
誰かが出入りした時だけ、カメラは作動する。
それが携帯に送られてくる仕組みだった。
碧さんがつぶやく。
「麻さんの家を、10日間見張って、だいたい分かっているんだ。どんな生活サイクルかって」
もちろん洋さんが、大きなスーツケースを2個持ちで、麻さんの家から出て行ったことも知っていた。
碧さんは麻さんの家の庭を見回した。
すると、2階の腰窓が開いていた。
そして庭には、自転車が置いてある。
「ちょうどいい」
碧さんはチャイムを押すのを止めた。
碧さんは庭に入り、濡れ縁の上の屋根を見る。
その屋根の上に腰窓があった。
碧さんが、すごく可愛い顔でニコッとした。
「自転車を踏み台にして、濡れ縁の屋根に、手がかけられるな」
一方家の中で耳を塞いでいた麻さんは、チャイムの音が止んでホッとした。
麻さんはそっと玄関の側に近づき、玄関のガラス部分から外を伺った。
麻さんは思う。
(たぶん……。誰もいない……)
麻さんは心底ホッとした。
(いないと思って、帰っていったんだろう)
麻さんは会社に行かなきゃと思う。それでカバンを取ろうと、茶の間に入ろうとした。
その時、麻さんは2階の腰窓が開いているのを思い出した。
「まさか、2階の腰窓からなんて……。入って来れないよね?」
玄関に接する廊下には、茶の間に入る扉の隣に、2階にあがる階段がある。
麻さんは廊下から階段を見つめた。
そして、茶の間の扉前から、階段の方に歩き、階段下から2階部分を見上げた。
麻さんは、階段に足をかけた。
1歩。
麻さんが階段を登る。
2歩。
麻さんは、恐る恐る、階段を上がって行く。
3歩。
麻さんに緊張が走る。
(いきなり碧さんが現れたらどうしよう?)
麻さんは、階段を緊張しながら登りつつ、廊下の腰窓に目をやる。
麻さんは腰窓を見ながら言う。
「やっぱり開けっ放しだった……」
階段を登りきると、広い廊下だ。
麻さんは、階段を登り切ると、その広い廊下を見回した。
――誰もいなかった――
それで、麻さんはひとまず安心して、腰窓に近づいた。
腰窓を締めたら、麻さんは会社に行くのだ。
麻さんが腕時計を見る。
「あぁ、やばい。急がなきゃ」
麻さんが廊下を走り、腰窓に近づく。
そして麻さんは、窓に手をかけた。
窓の建付けが悪い。
麻さんは、窓にグッと力を入れて引いた。
その時。
麻さんの窓外下方から声がした。
「みつけたぁ」
麻さんが、窓の外の下をみる。
麻さんが小さく「ヒィ」と息を呑んだ。
麻さんを見上げる、碧さんの顔が、麻さんの直ぐ側にある。
麻さんが、思わず仰け反る。
窓枠に手がかかり、鉄棒を上がる要領で、碧さんの上半身が窓枠いっぱいに現れた。
窓枠の中の碧さんが言う。
「なんで無視したの? ずっと俺ラインしたり、電話したりしたよね」
麻さんは腰を抜かして、廊下の床に尻もちをついてしまう。
麻さんは心臓が停まるほど驚いていた。
碧さんが腰窓の上を、足をあげて通す。2階の廊下に、左足を入れた。
「麻さん、俺、すっごく返事待っていたのに、返事くれなかったよね? なんで?」
次に碧さんが右足を、2階の廊下に入れた。
そして尻もちをつく麻さんの前に歩み寄り、麻さんの正面にしゃがみこんで、麻さんの顔を見た。
「ねぇ、麻さん。俺のことを無視していいと思っているの? 人としておかしいでしょう? 無視された俺の気持ちを考えてみた?」
麻さんが謝罪する。
「ごめんなさい」
碧さんは更に責めた。
「ごめんってなによ。謝ったら済むの? なんで無視したの?」
麻さんの声がかすれる。
「アドバアイス貰って……。未読無視した方が良いって。相手しちゃうと、未練になるからって……」
未練じゃなく執着だったけど、麻さんは咄嗟に言い換えた。
執着と言ったら、碧さんが余計怒ると麻さんは思った。
「誰のアドバイスだよ」
碧さんが麻さんの頭を触る。恐怖で麻さんの身が固くなった。
「誰って……」
「言えよ! 誰だよ! 洋さんかよ?」
つい麻さんが頷く。
それで碧さんに怒りを買った。
「麻さんは、自分がないの? なんでも洋さんの言う事を聞くの? 洋さんに言われたら、それ通り動くだけなの?」
麻さんは目を見開いて、口も閉まらない。
顔に力が入らなかった。
口も喉もパサパサだった。
碧さんが言う。
「ちゃんと返事して!」
麻さんは、パサパサで口が上手く動かせなかった。
でも答えないと、また怒りを買ってしまう。
麻さんは、絞り出すように答える。
「そう言う訳じゃななくて。ごめんなさい」
碧さんが言う。
「だから謝るなよ! 胸糞悪いんだよ!」
麻さんは絶望した。
(もう私では、碧さんをどうにも出来ない……)
碧さんが言う。
「何処が麻さんの寝室?」
麻さんが恐怖に震える。
「何でそんな事聞くの?」
「子作りしよう」
「……」
「愛しているんだ。本当だよ」
麻さんが言う。
「じゃ、ちょっと待ってくれる?」
碧さんが聞く。
「何を?」
「シャワー浴びたいの」
「何で?」
「昨日お風呂に入ってないの……」
碧さんが麻さんの体顔を近づけて匂いを嗅いだ。
「平気だろう?」
「私、綺麗な姿で抱いて欲しいの」
碧さんが、少しだけ嬉しそうな顔をした。
「じゃ入って来いよ」
麻さんが頷く。
そして1階に降りる。
後ろから碧さんが着いてくる。
麻さんが脱衣所に入ると、脱衣所まで碧さんが付いてきた。麻さんは碧さんの目の前で、服を脱ぐ。素っ裸になって、風呂場に入ると、碧さんは脱衣所を出て行った。
麻さんは。碧さんが出て行った音を聞いてから、最大限まで蛇口をひねった。麻さんは、シャワーから、できるだけ大きな音が出るようにしたのだ。
それから麻さんは、そっ……と、風呂場の扉を、そっと開ける。
脱いだ服のパンツのポケットに入っていた携帯を出す。それからまた風呂場に戻る。
兄に電話する。しかし出ない。麻さんは焦る。
もう一度掛け直した。でも出る気配がない。麻さんが電話を切る。
仕方無しに、麻さんは、兄へラインメッセージを入れ始めた。
でも手が震えて上手く打てない。
ガタガタと体が震える。
指が滑る。
“碧さんが私の家に来て、乱暴しようとしている。助けて“
たったそれだけが、なかなか打てなかった。
やっと打てたと思った時、碧さんの声がした。
麻さんは驚きのあまり、携帯を落としそうになる。
脱衣所に、碧さんが戻ってきたのだ。
麻さんから、風呂場のすりガラスの向こうに、碧さんの影がうっすら見えた。
「麻さんまだ?まだ終わらないの。ざっと洗えば良いだろう! 五分もあれば良いだろう?」
碧さんの声は苛立っているようだった。
麻さんが碧さんに言う。
「もう少しだよ」
麻さんは、ひらめいた。
――美容室にかけたら、きっとお兄ちゃんは、電話に出てくれる――
店に電話した。
すると京介君が出た。
「今接客中で……」
麻さんが小声で言う。
「お願い今すぐ私の家に来てと伝えて。私、今凄くヤバい状況で……」
京介君が申し訳無さそうに言う。
「そちらで何か、水の音のような……。なのでよく聞こえません……」
脱衣所で碧さんが言う。
「出て来ないなら、俺が風呂に入るぞ!」
麻さんが碧さんに言う。
「今出るから」
麻さんは電話を切る。
麻さんは、髪をシャンプーをつけてざっと洗って、リンスを付けて流すと、更にシャワーでびしょびしょに濡らした。麻さんは、ちょっとだけ風呂場の扉を開けて、バスタオルを取る。その時碧さんと目が合う。
やっぱり碧さんは、脱衣所で麻さんを見張っていた。
麻さんは、風呂場の中で体にバスタオルを巻いて、バスタオルと体の間に携帯電話を隠した。
風呂場から出ると碧さんが言う。
「もう良いだろ? しようぜ」
「髪が濡れていて。乾かしたいの」
碧さんが髪を見た。
麻さんの髪はびしょ濡れだった。
「仕方ないな。早く乾かせよ」
麻さんが頷く。
麻さんはなるべくゆっくり髪を乾かした。
その間、麻さんは祈る。
(お兄ちゃん、来て! お願い)




