洋さんとほっこり時間を過ごしました
ボイラーを直す間、まだ住めるようになっていない家を、洋さんも手伝って、整えていく。
カーテンを吊るして、満足そうに洋さんが言う。
「これでよし」
洋さんがカーテンを吊るしてくれた。
麻さんは嬉しそうに、部屋にかかったカーテンを眺めた。
「自分で選んだカーテンかぁ……」
麻さんは、自分で選んだカーテンが部屋に下がって、感無量だ。
「なんだ。自分で選んだカーテン下げるのは、初めてなのか?」
麻さんがためらうように言う。
「ママがね。勝手になんでも選ぶから」
洋さんは、少し悲しい顔をした。
「そうか……」
麻さんがダンボール箱を指さし言った。
「後これも良い?」
箱に入ったままの照明器具だった。
洋さんが驚いて聞いた。
「まだ下げてなかったの?」
以前の照明器具は、既に粗大ごみとして捨ててしまった。家の中に照明器具は、1個もぶら下がっていない。後1時間もしたら、照明器具がないと、家の中は真っ暗になってしまう。
麻さんが悲しげに言う。
「脚立が低すぎて、私じゃ届かなかった。兄を待つつもりだったけど。仕事以外家にいないと、南央美さんに怒られるそうで……。なんか南央美さんの体調が悪いそうな」
洋さんが気の毒そうな顔をした。
「なるほどね。大変だね」
麻さんが頷く。
洋さんと麻さんの共同作業で、照明器具を各部屋に下げていく。
麻さんがボイラーを修理している作業員に視線を向ける。
「私たちって、夫婦に見えるのかな?」
「どうかな?」
麻さんが済まなそうに言う。
「私なんかと、夫婦だと誤解を受けさせて申し訳ない」
「いや……。そんな事。さぁ終わったぞ」
麻さんが照明をつけて、照明をみる。
「明るいね」
洋さんは、照明を見上げる麻さんを、脚立の上から見る。
照明を全てつけ終わると、麻さんが洋さんに教えた。
「ちゃぶ台は、お祖母さんのやつだよ」
「だいぶ古いな。もしかして、これってレトロと言うやつ?」
洋さんにはちゃぶ台が、古くて見窄らしく見えた。しかし麻さんは、ちゃぶ台を見ながら、実に満足げだ。
「そうだね、レトロだね。凄く可愛いでしょう?」
洋さんは訝しげな顔をした。
「可愛いのが、俺にはわからん」
ちょっと考えてから、麻さんが言う。
「さようか?この食器も、全部自分で選んだんだよ。器に、コップ、お箸。どれも自分で選んだやつだよ。雑貨屋さんで凄く悩んで買ったんだ。ママがいると、こう言うのは、勿体無いから買うなって言うんだよ。それで買わせてもらえなくてさぁ。やっと買えたよう。可愛いでしょう?」
洋さんには100円の食器も、2000円の食器も同じにしか見えない。柄や形の違いどうでも良かった。
「なるほど。そう言うの女は好きだよな。俺はなんでも良い」
洋さんの言葉は、麻さんは無視だ。自分の世界に浸っている。
「はぁ、全部自分だけで選んだぁ――。可愛い――。見てるだけで幸せだよぉ」
洋さんは軽い催促をした。
「俺は器より、中身のほうが良い」
麻さんが笑顔で聞いた。
「あ、じゃ、なんか食べる? 台所はもう使えるんだ。食材も買ってきたし」
洋さんが笑顔になる。
「いいの?」
「適当なものしか無いけど。お礼も兼ねて作るよ」
それで麻さんが適当なものを作って並べた。並べられたものを見て、洋さんが感心する。
「麻さんはすごいな。短時間でどんどん出てくる。手品みたいだ」
「え?だってこれなんか単なる豆腐に、切った具を乗せて餡掛けしただけだよ。こっちはごま油と出汁で和えた、野菜のナムルだし」
洋さんは満足げに言う。
「俺はそう言うのが好きだ」
「ほう。そりゃ経済的な舌ですな」
そういいながら、麻さんがビールを注いた。
洋さんが楽しげだ。
「最高だね。乾杯」
麻さんも楽しい。
「乾杯」
乾杯をしながら、心のなかで麻さんは言う。
――洋さんとの、こんな優しい時間が、永遠に続けばいいのに――
――そしてママのセンス、さよなら――
そこに作業員が戻って来た。
「旦那さん、終わったので、一緒に見てもらっていいですか?」
それで立ち上がろうとした麻さんを、洋さんが制した。
「俺がいこう」
「うん」
と麻さんが言った。