病室にて
麻さんはぼんやりと目を覚ました。
目を覚ますと、辺りは一面白かった。
天井の証明の光で、麻さんは眩しい。
麻さんは、薄めを開けて、なんとか周りの状況を確認しようとした。
すると、すぐ横には洋さんの顔が見えた。
目を覚ました麻さんに、洋さんはすぐ気がついた。洋さんは、それで、心配そうに麻さんの顔を覗き込んでいた。
「麻さん、大丈夫? 俺のこと分かる?」
「うん、洋さんだよ」
洋さんは、麻さんの答え方がしっかりしていて、ホッとした。
麻さんが尋ねた。
「ここは……、何処なの?」
「病院だよ。碧さんにやられて……」
それで麻さんは、何かに頭を打った事を思い出し、自分の頭を触った。
「ああ――、痛い!! 私……。頭にコブがあるみたい」
洋さんが心配そうに麻さんを見た。
「だいぶ地面強く打ちつけたから。目が覚めて、気持ち悪くないなら、帰って良いって」
麻さんが言う。
「気持ち悪くはないけど。頭が痛い……」
洋さんが聞いた。
「入院させてもらう?」
「帰りたい」
麻さんは、帰りたかった。洋さんが、病室の出口に身体をむけた。
「そうか、じゃそうしよう。今手続きしてくるよ」
戸口に向かおうとする洋さんに、麻さんが言う。
「怖かった。怖かったよ……。行かないで。洋さん、行かないで……」
麻さんが捨てられた子猫見たいな顔で訴える。
洋さんが、悲しげに麻さんを見た。
「怖かったか……」
洋さんが麻さんの側に戻って、寝ている麻さんの側に行く。
そしてベッド脇にしゃがみこんで、寝ている麻さんに視線を合わせた。
これから洋さんは麻さんの手を握る。
麻さんが洋さんを見つめる。
「洋さん、なんでうちの前にいたの?」
「兄さんに電話して、碧さんもいるって聞いて。心配になって、そのまま新幹線に乗って……。前に碧さんが、麻さんにしつこくしただろう? 腕まで掴んでさ」
洋さんの心配性も、時には役立った。
「来てくれてありがとう。お陰で助かったよ」
洋さんがまた心配して聞く。
「どうする? 香菜さんちとか、実家に戻るか?」
麻さんが首を左右にふる。
「自分の家に帰りたい。洋さんと一緒に帰って、洋さんに抱かれたまま眠りたい」
洋さんは、いつだって麻さんを抱いていたい。
麻さんに、抱かれたまま眠りたいと言われて、嬉しくなる。
洋さんが立ち上がって、麻さんのベッドに腰をかけた。
それから麻さんの顔の両側に、洋さんは手をついて、腕立て伏せするみたいに、上半身を倒した。
洋さんは、麻さんの体重をかけないように、麻さんを覆う。
麻さんに体重をかけないようにしたのは、頭を打った麻さんへの、洋さんなりの気遣いだった。
洋さんが麻さんの頬に頬を合わせた。
洋さんが優しく言う。
「可哀想にな。怖かったな」
麻さんが、少しだけ麻さんから浮いた洋さんの身体に、手を回して……、抱く。
「洋さん、怖かったの。怖かったの」
洋さんが、浮いた身体を、今度は麻さんに密着させた。
「もう大丈夫だ。麻さんには、俺はいるよ」
その時、洋さんが気がつく。
洋さんが、麻さんの枕元に身体を倒して、気がついたのだ。
麻さんの枕元にあった携帯の振動が、一向に止まらない事を。
洋さんが、麻さんの携帯の画面に目をやった。
洋さんは身体を起こして、携帯を手に取った。
そして顔色が変わった。
「これはぁ……」
麻さんが、洋さん手に持たれた携帯に、手を伸ばす。
洋さんが麻さんに、携帯を渡した。
麻さんが、自分の携帯を見た。
「125件も……」
洋さんがうなづく。
「碧さんからの、ラインの通知バッチが125件かよ。普通じゃないな」
洋さんが麻さんを見る。
「ひとまず無視しよう。相手すると、麻さんへの執着が強くなるから。でもなにかあったら、メッセージの内容が証拠に出来る。絶対消したらダメだ。これ以上異常なことをするなら、警察に届けよう」
麻さんは携帯画面を見ている。
「また増えた……」
洋さんは、困ったなという顔をした。
「碧さんはそうとうおかしくなってるな。麻さんの家に戻らない方が良いんじゃない?」
麻さんが言う。
「家にいたいの。なるべく出社するよ。リモート減らして、家にいる時間を減らすよ。家にいる時は戸締りして、誰が来ても出ない」
「そうだけど……」
麻さんは人に迷惑を掛けたくないと思った。
「実家は帰りたくない。実家にもし碧さんが来たら、今度はママともめるから。香菜さんにも迷惑かけたくない。碧さんが香菜さんにまで悪さしたら……、私申し訳ないよ」
洋さんが考えながら言う。
「俺、なるべく麻さんの家にいる様にするよ。リモートワークように、モニターとか青軸とか買って、麻さんの家に置いていい?」
麻さんは嫌な予感がした。
「青軸って何?」
洋さんが説明した。
「キーボードだよ」
やっぱりだと麻さんは思う。
「……、洋さんのキーボードって、ガチャガチャうるさいやつだ」
確かに音が非常にうるさいのだ。
「ごめん」
麻さんが許す。
「仕方ない」
洋さんが言う。
「ああ、仕方ないんだよ。コード書くからさぁ……。音がならないと、打ったのが分からないだろう?」
洋さんは仕事でプログラムも組むのだ。
麻さんが少し笑って言う。
「うん、仕方ないね」
洋さんも少し笑う。
「仕方ないんだ」
少しだけ、二人はいつもを取り戻す。
洋さんがベッドから腰をあげた。
「さて、先生呼んでくるよ。帰ろう」
洋さんが病室を出ていく。
麻さんは携帯画面を見た。
通知バッチが増えていく。
麻さんは思う。
(何が書いてあるんだろう?)
麻さんは、ためらい。
そして、携帯画面の通知表示を確認した。
通知表示だけ見るなら、既読にならない。
麻さんが通知画面を見る。
麻さんの顔がみるみる曇って行く。
「やばい……。ヤバすぎて洋さんには見せられない……」
麻さんが携帯を抱いて、ベッドに突っ伏した。
麻さんは思う。
(公園でされた事は洋さんに言えない。そんな事を洋さんに言えば、もっと心配させてしまう)
麻さんは碧さんとの昔を思い出す。
――碧さんと付き合っていた頃の記憶――
――すべては碧さんの思い通りに、事も話も進めなければならない――
それから、顔を左右にブルブルと振った。
振ったせいで、麻さんは後頭部の、地面に打ち付けた部分がまた痛くなった。




