慰労会は催された
麻さんが、慰労会をしている居酒屋に駆け込んできた。
香菜さんがその様子を見て、手を上げた。
「麻さん。こっち。遅い」
麻さんが慰労会をしている席へと歩いていく。
そして、香菜さんの隣りに座った。
良ちゃんとチカラ君が隣同士に座っていたので、麻さんは男二人に向き合う形になった。
香菜さんの前にが兄で、麻さんの前がチカラ君だった。
兄が注文用のタブレットを麻さんに渡す。
麻さんがタブレットを見る。
香菜さんが麻さんに聞いた。
「仕事が押しちゃったの?」
「うん、まぁ」
「麻さん、顔色悪いね」
「そうかなぁ」
香菜さんが入口を見て言う。
「今日さぁ。碧さんも来るってさっき聞いてさ。でもまだ来ないんだよね」
麻さんがタブレットを操作しながら、チラッと、兄とチカラ君の顔を見た。
二人は楽しそうに喋っていた。
特に変わった様子もない。
麻さんがタブレットで、ジュースを注文した。
香菜さんが聞く。
「アルコールは飲まないの?」
麻さんが頷く。
「今日は止めておくよ」
香菜さんが言う。
「まぁ、私も烏龍茶だしね」
良ちゃんがソワソワした。
「しかし。来ないなぁ。碧さん」
香菜さんが良ちゃんを見る。
「いま麻さんとも、その話してたんだよ」
チカラ君が携帯を見た。
「あ。ラインが入りました。薬局寄って、今はコンビニだって。鼻血が出て、手当してから来るって」
良ちゃんが心配そうな顔をした。
「鼻血? 喧嘩でもしたのか?」
チカラ君が携帯をテーブルに投げた。
「さぁ、理由は書いてないです。まぁそのうち来ますよ」
その時麻さんの携帯がバイブした。
麻さんが携帯画面を覗いた。
洋さんからの電話だった。
(今電話に出たら、きっと泣く)
麻さんはそう思って無視した。
すると兄の携帯に、バカでかい着信音がなった。
兄が電話に出る。
「ああ、いるよ。うん。え、後誰って。香菜さんに、碧さんに、チカラだよ。うん、うん、あーそう。じゃー」
兄に視線が集まった。
兄が説明した。
「あ。洋さん。洋さん。洋さんからの電話だった。麻さんに電話しても出ないから、心配して俺に掛けてきた」
麻さんはマズったと思った。
(電話に出ればよかった)
麻さんは今日の慰労会の話は、洋さんに言ってあったが、その中に碧さんがいる事は伝えていなかった。
麻さんだって知らなかったのだから、洋さんに伝えようもなかったのだけど。
兄から、今それを聞いた洋さんが、何を今思ったか考えると、麻さんは恐ろしかった。
そこに遅れて碧さんが来た。
血だらけのTシャツは着ていなかった。
その辺でTシャツを買って着替えたんだろう。
単なる白い定番の形だった。
それでも碧さんが着ると、キマって見えた。白い定番 Tシャツを着ることで、むしろ爽やかさが感じられた。
碧さんの顔は少し腫れて見えたが、鼻血は止まっているようだった。
碧さんが謝る。
「ごめん。遅くなった」
良ちゃんが文句を言う。
「遅いぞ。碧さん」
碧さんが良ちゃんに個別に謝罪した。
「すいません。兄貴」
碧さんは、男たちが座る側に腰掛けた。
チカラ君の隣に座る。
だから、麻さんに、なんとなく位置が近い。
碧さんがチカラ君に言う。
「烏龍茶を頼んでよ」
「アルコールじゃなくて良ちゃんいの?」
「酒で血行が良ちゃんくなると、鼻血がまた出るかもしれない」
麻さんは、また鼻血がれるかもと聞いて、顔をしかめた。
麻さんは、碧さんに対して、罪悪感でいっぱいになった。
チカラ君が碧さんの鼻を見て言う。
「結構、血は出たの」
何気ない顔で、視線は麻さんに向けて、碧さんが答えた。
「まぁ、ボチボチだよ」
「ふーん」
良ちゃんが聞いた。
「ところでチカラの相談って何?」
「いやぁ。俺、看護師と合コンしたじゃないですか? 知ってます?」
香菜さんがウンウン頷く。
「知っているよ」
チカラ君が話を続けた。
「それで、付き合うことになったんですが。今度は結婚したいって言われて。それで困っているんです」
良ちゃんが一応確認した。
「のんちゃんだろう?」
「そうです」
香菜さんが驚いた。
「え、もう結婚? 早くない?」
「そうなんですよ。付き合ってまだ日が浅いんです。でも結婚ってそのタイミングで考えるものなのかなって」
香菜さんも分からない。
「私に聞かれても……。麻さんはどう思う?」
「うーん……。さぁ、どうかな?」
チカラ君が聞く。
「碧さんはどう思う? お前も看護師に言い寄られていたじゃないか? あの看護師と付き合うの? 結婚とかすぐ考えられる?」
「俺は。あの看護師がどうのって話じゃなく。結婚はしたいよ」
碧さんが、麻さんを見ながら言う。
麻さんは、ワザと碧さんの視線を外した。
その時、良ちゃんと香菜さんは見つめ合っていて、麻さんと碧さんの様子には全く気がついていなかった。
チカラ君は項垂れた。
「俺、まだ結婚は考えられないんです。まだ無理ですよ」
香菜さんが言う。
「チカラ君。まだ若いからね。24歳だっけ?」
チカラ君が頷く。
良ちゃんが気の毒そうに言う。
「24歳かぁ。それじゃまだ考えられないよな?」
碧さんが言う。
「何とも面倒な女だな。あの看護師だろう?」
碧さんが携帯を出して、SNSのアプリを起動させた。
そして、皆に看護師の写真を見せた。
「こっちがチカラ君と付き合っているのんちゃんで。こっちが俺に言い寄ってきた女です。もうのんちゃんは要らないだろう? 会ってすぐ結婚したがる女なんて」
チカラ君が苦悩顔した。
「捨てちゃうには惜しいんだよな。容姿はまぁまあだし。しっかりしているし。気も効くし。香菜さんほど、綺麗だったら良ちゃんいんですけど。香菜さんだったら、俺は即結婚します」
良ちゃんがチカラ君を睨んだ。
チカラ君が謝った。
「すいません。言い過ぎました」
香菜が言う。
「良いのよ。私って魅力的だから、仕方ないの」
麻さんが、碧さんに言い寄った看護師を指さす。
「綺麗な人ね。碧さんにお似合いだよ」
碧さんが冷たい表情で麻さんを見た。
「そう思う?」
「……うん」
碧さんが乾いた声で言う。
「そうなんだァ。俺は全く好みじゃないよ。気が強いしさ」
チカラ君が尋ねる。
「香菜さんと、兄貴はいつ結婚するんですか?」
良ちゃんが答える。
「何時でも良いよ。香菜さんがしたい時に、俺はするだけだ」
香菜さんがそれを受けて笑顔になる。
「良ちゃんは、そう言うところが素敵だわ」
チカラ君が言う。
「ノロケかよぉ。良ちゃんいなぁ。俺はそう言うのまだ出来ない」
香菜さんが不思議そうな顔をした。
「のんちゃんの事を、ノロケけたら良ちゃんいじゃない?」
「無理です」
「なんで?」
「そこまで、好きじゃないからですよ」
香菜さんが軽蔑して言う。
「好きじゃないのに付き合っているの?」
「好きは好きだけど……」
良ちゃんが感想を述べた。
「のんちゃんはチカラに一目惚れだったから。チカラがそれほど気持ちがないなら、フってやって。キープちゃんじゃ可哀想だから」
香菜さんも言う。
「男女であまりにも、温度差があると、関係続けるのは辛いよね」
チカラ君が申し訳なさそうに言う。
「やっぱりそうですかね? フルった方が良ちゃんいかな? 正直俺は、まだ遊びたいんです」
良ちゃんが聞く。
「遊びたいのに、のんちゃんを彼女にしたのか」
「のんちゃんは、妻としては、条件が合うんですよ。そう言う女がまた現れるかと言えば、難しいと思って」
良ちゃんが興奮した。
「妻ポジションにキープしてんか?」
香菜さんが呆れる。
「そっか、妻候補でキープなんだ」
麻さんはそこまで聞いて思った。
昔の麻さんは、碧さんにとって、チカラ君の今カノみたいな存在だったんだろうなと。
麻さんがチカラ君から、ふと視線を碧さんに向けた。
すると、碧さんはじっと麻さんを見ていた。
碧さんが声を出さず、口を動かした。
たぶん。
”あ・い・し・て・る”
と碧さんは言った。
麻さんは困って、俯いた。




