第三章 恋の呪文 元カレに連れられて
麻さんは居酒屋に行こうと、急いでいた。
急遽、居酒屋で慰労会が開かれる事になったのだ。
と言うのも、数日前の事だった。
香菜さんが言った。
「良ちゃんが入院中、だいぶチカラ君にお世話になってさぁ。私も、病院でチカラ君によく会うなってとは思っていたんだけど」
麻さんも思い当たった。
「ああ、そう言えばそうだね。結構来てくれてたよ。私もチカラ君には、度々病院で会ったわ」
香菜さんが言う。
「それで、今度私と、良ちゃんと、チカラ君。それに麻さんで慰労会をしようって話になってさ」
麻さんが聞く。
「え? 何? その会は? 何の慰労なの?」
香菜さんが言う。
「私もよく分かんないけど。まぁ、そう言う事よ。どうせ何の飲み会なのか考えても無駄でしょう? それにチカラ君も何か悩みがあるらしいから。聞いてほしいみたい」
麻さんが訝しげな顔をした。
「その飲み会に、私は必要かな?」
香菜さんが少し考えて言う。
「そうなんだけど。チカラ君が、麻さんに会いたいんだって」
麻さんがもっと不審そうな顔をした。
「私に、チカラ君が会いたいって、なんで?」
「さぁ……。でもまぁ、1回飲めば終わるしさ。チカラ君は良ちゃんも世話になったし。麻さんからもお礼言って貰えたら嬉しいし」
それで麻さんは、強制的に、謎の慰労会に呼ばれて、今必死で居酒屋に向かっていた。
会社に出社して、出社しないと出来ない仕事をしていて、時間が押してしまったのだ。
麻さんは思う。
(出社日数を増やそうかなぁ。仕事が終わらない)
そしてやっと目的の居酒屋を見つけて、居酒屋の扉を開けようとした時だった。
「よう」と言われた。
麻さんが声の主を見る。
居酒屋の扉脇の太い柱に、元カレの碧さんがもたれ掛かっていた。
麻さんはマジマジと碧さんを見た。
そして碧さんの付近も、おのずと目にはいる。
綺麗な顔で、背が高く、スレンダーな体型の碧さんは、居酒屋の入り口でだいぶ目立っている様子だった。
居酒屋に入店する女子や、居酒屋を前を通っていく女子に、だいぶチラ見をされていた。
麻さんは碧さんを見て言う。
「碧さん……。なんでそこにいるの」
「麻さんを、待っていたからに、決まっているだろう?」
「何で待っているの?」
「実は俺も、今日の飲み会に、急遽参加させてもらったんだけど。飲み会へ出る前に、麻さんと話をしたかったんだ。だから店の前で、麻さんをずっと待っていたんだ」
麻さんは悟った。
チカラ君が、麻さんに会いたいと言った理由は、麻さんを居酒屋まで誘い出す事だったんだと。
「チカラ君……。確か、碧さんの……」
碧さんが頷く。
「友達だよ。数少ない俺の友達だよ」
麻さんが、少し体を後に引いて、碧さんから遠ざかった。
そして居酒屋の扉に手をかけた。
その手を、碧さんが握った。
そして碧さんの方に、麻さんを引っぱった。
力の弱い麻さんは、呆気なく碧さんに捕獲された。
碧さんが言う。
「ちょっと、静かな場所で、二人だけで話がしたんだ」
麻さんの顔はひきつる。
「二人で話すって。何を今更話すの?」
「まだ、答えを聞いてないだろう?」
「答えって、何のこと?」
碧さんが、麻さんの顔を覗き込んで言う。
「俺のことも考えてほしいって、言ったよね?」
「あれは……。冗談でしょう?」
「俺は、そう言う冗談は言わないの、麻さんも知っているよね?」
「じゃ、今返事するよ。私」
碧さんがそれを遮った。
「俺を雑に扱うなよ!」
碧さんの大きめの、ドスの効いた声が、麻さんには怖い。
麻さんの身が縮む。
麻さんは怖くて、言葉が出なくなった。
碧さんが麻さんを抱きかかえる様に、歩き出す。麻さんは、それに抵抗できず、連れられて行く。
そして碧さんに連れられて、麻さんは、居酒屋近くの公園へと入っていく。




