香菜は本気だと気がついた
香菜さんが、兄と会った日の朝は、洋さんが麻さんに指輪をくれてから、まだ2日しか経っていなかった。
香菜さんが兄に会った朝、麻さんは、パソコンだけ会社のシステムに繋ぐと、何もしないで、ぼんやり指輪を眺めていた。
いつもなら、真面目な麻さんは、リモワをサボることはなかったが。
しかし、ここしばらくの麻さんは違った。
麻さんは途方に暮れていた。
麻さんはどうしていいか分からずにいた。
洋さんに、結婚してくれと言われても。
プロポーズのきっかけが、浮気からの喧嘩ではと、麻さんは思う。
結婚は一生の問題だから。
麻さんは、勢いで結婚を決めたくないとも思った。
麻さんは、妻の役割を果たせるか心配だったし。
なんと言っても、最大の問題は、子供を産み育てることに、自信がないことだった。
洋さんの中で、付き合うイコール結婚に、こうも早く話が進むとは、麻さんは思っていなかった。
付き合って、何年かしたら、考えていけば良いと、麻さんは考えていたのだ。
その頃には、麻さんも、妻になり母になる自信が生まれているかもしれないと。
でもまだ自信がなかった。
しかも、洋さんの行動が、麻さんには理解できない。
麻さんは、途方に暮れる。
そこに香菜さんが訪ねてきた。麻さんが言う。
「東京で会って以来だね?」
香菜さんが言う。
「東京行って宝、その後仕事が後ろ倒しになってさ、忙しかったんだよ」
麻さんが済まなそうに言う。
「ごめんなさい」
香菜さんが言う。
「いいの。麻さんも大変だったね。ちゃんと食べてる? あれからどうなったの」
そう言いながら香菜さんが、麻さんの指輪を発見した。
「あれ、その指輪どうしたの? それ高いでしょう?」
「分かるの?」
「そりゃね。私はブランド品や宝石には詳しいんだよ」
麻さんが指輪を見ながら言う。
「洋さんが、結婚して欲しいって言って、おいていった」
「洋さん、だいぶ頑張ってこの指輪を用意したんじゃない? 高いよー。その指輪は。それで、プロポーズは受けたの?」
「保留した」
「だよね。あの入院女事件の後、指輪もらって、”わぁ嬉しい”ってわけにはいかないよね?」
麻さんが頷く。
香菜さんが指輪を見て言う。
「でも、勝手に選んじゃったかぁ。一緒に選びたいよね?」
麻さんが言う。
「私は別に……」
香菜さんが言う。
「そうなんだぁ」
「香菜さんこそ、朝早くからどうしたの? 何時ならまだ寝ている時間でしょう?」
「私は、美容室を開ける前に、麻さんのお兄さんに会ってきたんだよ」
「そうなんだ、それで」
「兄さんに、私はビジネスパートナーだって言われた。だから、距離を取ろうって言われた」
「ああ、確かに今まで距離が近過ぎたよね。夫婦みたいだった。あれは周囲に誤解されるよ」
「そうだけど。お兄さんから言われると、かなりショックで」
「何がショックなの?もう充分、恩は返したと思うよ」
香菜さんはうつむいて、無言になった。
何か考えている様子だった。
そして香菜さんが言う。
「麻さん。私、兄さんに本気みたい」
麻さんは衝撃を受けた。
「え? 嘘ぉ。本気って、兄が好きって事?」
「本当。私、兄さんを、本当に好きになってしまった。もうマジ手放せない!」
麻さんには兄の何処が良いのか全くもって分からない。
「えっ? お兄ちゃんの何処が良いの?」
香菜さんが大きめの声で言う。
「全部。全部だよ。麻さん、私もう一度お兄さんに会ってくる。ちゃんと話ししてみる」
そう言うと香菜さんは麻さんの家を飛び出た。




