会いに来ないので、会いに来ました
兄が美容室の朝のオープン準備をしていると、香菜さんがやってきた。
香菜さんが兄に言う。
「南央美さんと私が美容室で揉めて以来、兄さんは、ずっと会いに来てくれないし。メッセージも未読無視だし。私から、会いに来たよ」
「香菜さんと、俺が会うの、気不味いだろう?」
「なんで?」
「南央美のことがあってさ。迷惑かけてさ」
「別に良いよ。それで、南央美さんはどうなったの」
「消えた」
「消えたって?」
「またいなくなったんだ。俺が南央美に、お前はもう女に見えない。セックスはしたくないって言ったんだ。それに南央美が怖いと言ったら。次の日消えてた」
「それは、なんとも。すごいことを言ったわね」
「だよなぁ。そう思う」
香菜さんが聞いた。
「ところで、私たち、これからどうするの?」
香菜さんは南央美が現れる前に、戻れることを期待して聞いた。
しかし兄の答えは違った。
「これからは距離を取ろう。おかしいだろう?入院以来、香菜さんとは、一緒にいすぎたよ。俺の世話をしすぎだ」
更に、兄が言う。
「俺たちはそもそもビジネスパートナーだろ。俺は、今まで通りに美容室を営んでいく。儲けが出たら、香菜さんに取り分を渡す。それだけの関係だろう? もちろん共同経営しているんだから、ビジネス部分で意見があれば言い合うだけだし、協力するけど」
香菜さんは、そんな話は聞きたくなかった。それで話題を変えた。
「通帳と印鑑はどうなったの?」
「南央美と共に、消えたから。南央美が、持って出たんだろう」
「子供は?」
「子供も消えた」
「全部なくなったんだね」
「ああ、全部なくなった。さぁ、帰って」
「え? 私のことを追い返すの?」
「入院してから南央美が現れる前まで、ずっと香菜さんといただろう。俺はあの時の幸せな時間が忘れられないんだ。香菜さんには単なるお礼の気持ちだったのは分かるけどさ」
香菜さんは、今度は兄の話を、黙って聞いている。
「南央美と暮らして、香菜さんとの楽しかった日をと、比べちゃって。香菜さんとの日々を思い出しては、悲しくなってさ。俺やっぱ、香菜さんが好きみたい。だから期待させないで欲しいんだ。俺単純だから、すぐその気になちゃう……。俺単純だから。香菜さんの複雑な、恋愛に対するスタンスも、俺はやっぱり理解できないし。だったらビジネスだけだって割り切りたいの。それにビジネスの関係なら、距離置いて付き合った方が良いでしょう?」
香菜さんは、ただ立ち尽くし、出ていく様子がなかった。
兄が立ち上がる。
「香菜さんが出ていかないなら、俺が出ていくよ」
「なんで?」
「一緒に二人きりでいたら、どんどん好きになって、そのうち自分を抑えきれなくなる。香菜さんにその気がないなら、もう俺の世話は焼かないでくれよ。俺の気持ちを持て弄ばないで欲しいんだ。俺たちの関係が、半端な状態でずっと続いていくのは辛いんだよ。はっきりしない状態が延々と続くのは勘弁して欲しい」
兄は香菜さんを見ようとしない。そして兄は美容室を出て外に行ってしまう。
香菜さんは、兄の後ろ姿を見送った。
すぐに従業員の男の子がやってきたので、香菜さんはその男の子に店をたくして、美容室を後にした。




