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洋さんは、ピンチです


 洋さんは、病室から逃げた麻さんに、やっと追いついた。

 そこは病院の中庭だった。

 二人は気まずそうに、1メータほど間を開けて、向かい合って、しばらくお互いに無言だった。

 その無言はしばらく続き、緊張が2人を支配した。お互いに何も言葉が出なかった。


 洋さんが1歩近くと、1歩麻さんが後退り。一向に距離は縮まらない。


 麻さんは、まるで外に彷徨う猫のようだった。洋さんも、猫を捕まえるような間合いで、ちょっとずつ麻さんに近寄ろうとしたが、上手くいかない。


 ジリジリとした時間が過ぎていき。洋さんは、焦れて叫び出しそうだった。もう洋さんの限界かと言う時、先にその沈黙を破ったのは麻さんだった。

 

 麻さんが洋さんに言う。

 「いいの? あの女の人と一緒に居なくて」

 質問に答えず。

 洋さんは言い訳を始めた。

 「多分大丈夫だろう。それより、ごめん、麻さん。世話している相手が元カノだって言わなくて。別にやましい関係じゃないんだ。今はただの友達だよ。彼女には身寄りがないから、入院の間だけでも、世話して欲しいって言われて、断れなかったんだ」

 

麻さんが力なく言う。

「そうなんだ……。可哀想な人なんだね」

 

洋さんは必死で弁解する。

「そうなんだよ。手術もしたしね。頭に良性の腫瘍が出来たんだ。手術してもリハビリが必要で……」

 

 麻さんが言う。

 「いいんだよ。洋さんは優しいから。昔の恋人が、病気になって、放っておけなかったんでしょう?」

 洋さんが、安堵の表情でうなづく。

 「麻さん。分かってくれる?けして浮気とかそう言うことじゃなかったんだ。身よりもないって言うし。同情しただけなんだ」


 麻さんが頷く。

 「頭では分かる」

 麻さんにそう言ってもらって、洋さんの顔に希望の光が灯った。麻さんは話を続けた。

 「でも、心が、どうしてだろう?すごく痛むんだ。今まで付き合った彼氏なら、きっと素直に許していたと思う。たとえ相手の女性と肉体関係があったとしても、それを黙認して彼女続けていたと思う。でもどうしてだろう? 洋さんにはそう出来ないの」

 麻さんの心は、チクチクと傷んだ。

 

 洋さんが謝った。

 「いや浮気でもないし。体の関係もないから。悪かったよ。許して、麻さん」

 洋さんが麻さんに近寄りながら言う。

「愛しているのは麻さんだけだよ」

 

 麻さんが後退りした。

「私、分かっているんだ。浮気される私が悪いって。私が至らないから、浮気されるんだもの。碧もそう言っていたし」

 洋さんが麻さんの発言に、困り果てながら言う。

 「俺は浮気なんかしていないよ」

 

 麻さんの表情は悪くなる一方だ。

 「腕を組まれてた。すごく仲が良さそうだった。アレは友達の距離じゃないよ。あの人は、病気で……。私は健康だもの。多分、私が邪魔者なんだよね。もしかして私の方が浮気相手だった?」

 洋さんが困っていう。

 「麻さんが浮気相手? 邪魔って。麻さん、何いっているんだ。邪魔??」


 麻さんが悲しげに言う。

 「洋さん、私は心が痛いよ」

 そこに香菜さんが現れた。麻さんに渡された携帯の追跡アプリから、洋さんの位置がわかったのだ。

 香菜さんが麻さんに近づき、麻さんの携帯をかえした。

 

 麻さんは携帯を受け取ると、洋さんの目の前で追跡アプリを消した。

 そして麻さんが言う。

 「今の私は、自分で自分が分からないみたい。だから1人で考えてみるよ。じゃ、私は行くね」

 洋さんが言う。

「麻さん、行かないでくれよ。俺、麻さんに捨てられたら生きて行けないよ」

 洋さんが、麻さんの後を追おうとした。


 すると麻さんが、ポツリと言う。

 「これって、私が洋さんを捨てた事になるの? じゃ私が悪いんだ……。ごめんなさい。気が付かなかったみたい」

 洋さんは返す言葉がない。

 麻さんが背中を見せて歩き出す。

「じゃ行く」

 洋さんは、その場に立ち尽くした。

 麻さんはその場を去っていく。


 香菜さんが洋さんに言う。

 「フラれたね」

 洋さんは言い訳をした。

 「香菜さん……。俺、そんなつもりじゃなかったんだ。麻さんしか好きじゃないんだ」

 香菜さんが言う。

 「まぁ、わかるよ。だろうね。洋さんは麻さんに一途だと思うよ」

 洋さんの顔色は青い。

 「分かってくれる?」

 香菜さんは頷きながら言う。

 「確かに、分かるけど。じゃ、どうなの? 麻さんが昔の彼氏が病気で、病院に通っていたらさ」

 

 今までと洋さんの顔つきが変わった。

 「……俺、心が狂うかも」

 香菜さんが頷いた。

 「そう言うことよ」

 洋さんが抜け抜けと聞いた。

 「それで、晴海はどうした?」


 香菜さんが洋さんを見た。

 「まだあんな女が気になるの?」

 洋さんが言う。

 「今まで世話したんだ。少しは気になるだろう?」

 香菜さんが、人の悪そうな顔で言う。

 「やっぱり情が沸いちゃったのかい? 洋さんは、心配しないでいいから。私が良い介護人を手配したから。病院の保証人欄も、洋さんから私のに変えて来た」

 

洋さんが言う。

「よく変えられたな」

 香菜さんが笑う。

 「晴海さんの妹だって言ったの。病院も晴海さんみたいな患者は面倒なだけだから、すぐ変えてくれたよ」

 肩の荷を下ろしたように洋さんが言う。洋さんも晴海には限界だったのだ。

「そうか」


 香菜さんがニンマリして言う。

 「介護人はめちゃくちゃイケメンだから、晴海さんも気に入ると思うわ。昔のタレント仲間でさ。今は仕事が減って、結構奴は暇なのよ。だからバイト代払って、病院に通ってもらえる事になったよ。ただすっごく女癖が悪いの」

 

洋さんが聞く。

「そんなに女癖悪いのか?」

 香菜さんが頷く。

 「筋金入りね。女癖が良かったら、あいつは今頃、もっと売れてたと思うわ。そんな訳で、洋さんは安心して。きっと洋さんにはもう、晴海さんから連絡はないから。それと携帯から晴海さんの電話番号とラインを削除しておきなさいよ。昔の女の電話番号とか、ラインとか大事にとっておくからこんな事になるのよ」

 

 洋さんが済まなそうに言う。

「ごめん」

 香菜さんはそんな洋さんを見て思う。

『謝る洋さんって、めちゃ可愛い……』

 良いのもを見て、得した気分の香菜さんが言う。

「謝る相手は、私じゃないでしょう。それと、晴海さんさぁ。どうも身寄りあるぽいよ」

 洋さんが驚いて言う。

「嘘だろう」

「晴海さんの、同室の患者さんに聞いて来た。あと看護師も言ってたよ。どうやらお兄さんがいるぽい。ちょっと調べてみるよ」

 そう話す香菜さんの目は、キラキラ輝いている。

 

 それから香菜さんは、麻さんに電話したが、繋がらなかった。香菜さんが言う。

「あー、繋がらん」

 香菜さんが、どうするよって顔で、洋さんを見た。

 洋さんが麻さんを心配する。

「大丈夫かな?」

 

 香菜さんが言う。

「麻さんも、1人になりたいんだろうね。しゃーない。1人で帰るわ。じゃ洋さんまたね」

 洋さんが言う。

「俺も行くよ。駅に行くんだろう?」

 そして、2人は駅に向かって歩いて行く。

 しょんぼりする洋さんは、まるで香菜さんに連れられている、弟みたいに見えた。

 

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