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兄、謝罪する

 麻さんが会計を終えて病室に戻ってくると、兄が頭を抱えて沈んだ顔をしていた。

 麻さんが聞く。

 「え?どうしたの?」

 兄が思い詰めたように言う。

 「俺バカだァ」

 兄はいきなり立ち上がる。

 そして麻さんの手に持たれた、兄の預けたカードを奪うように取る。

 次に兄は、自分のポケットに携帯があるのを確かめる。


 兄が麻さんに確認した。

 「香菜さんは車を運転しないよな?」

 「しないよ」

 「俺、香菜さんに謝ってくる」


 麻さんが驚く。

 「ちょっと、どうすんの?荷物とか?どうするの?」

 「悪い、麻さん。麻さんちで預かっていて。俺はどうせ退院したら、しばらく麻さんちに泊まるから」

 「何で、私の家なの????」

 「ママじゃ、駄目だろう? ママは俺の世話ができないだろう?」

 麻さんがため息をつく。


 「じゃぁ。俺、行くわ」

 兄は今まで入院していたと思えない速さで、病室を出ていく。

 兄は5階の病室がある階から、一気に階段をかけ下がった。

 かけ下がって、タクシー乗り場に行く。


 するとちょうど香菜さんがタクシーに乗り込むところだった。

 兄が叫ぶ。


 「香菜さん、待って!」

 香菜さんはちらりと兄を見たが、タクシーに乗ってしまう。タクシーは無情にも走り出す。

 兄が走って、香菜さんを追う。

 追いながら、兄は携帯をポケットから出した。


 出して電話する。

 ツーコールで、香菜さんが電話に出た。

 でも香菜さんは無言だ。


 兄が言う。

 「戻ってきてよ。俺が悪かったよ」

 「……」

 「悪かったよ」

 「……」

 息が上がりながら、兄は喋る。

 「本当。俺、キャバクラみたいな店しか行った事なかったから。はぁ!はぁ! あとコンカフェとかさ。はぁ!はぁ! だから」

 「……」

 「はぁ! はぁ! ねぇ、本当に俺が軽率だった。はぁ!はぁ!」

 「……」

 その時兄が呻いた。

 「ああ、イテテテテ」

 その声に、香菜さんが驚いて聞く。

 「え? どうしたの?」

 兄が情けない声で言う。

 「傷口がすごい痛い。はぁ、はぁ!なんか、走ったら、血が滲み出ててきたぁ」

 香菜さんが電話の声を聞いて言う。

 「まさか、走っているの? 兄さん、今すぐ走るのをやめて!兄さん、走るのを止めて」

 

 兄が言う。

 「俺は止まらないよ。香菜さんが戻ってきて、許してくれるまで、俺は止まらないよ」

 兄は走る。

 刺された腹部を押さえながら、兄は走る。


 兄は痛みで気を失い層になったが、気力で走った。

 香菜さんが言う。

 「やめて。とまって」


 「いやだ、止まらない。俺は絶対止まらない」

 兄が、けが人だと思えない速さで、痛みに耐えながら走り続ける。


 香菜さんが言う。

 「止まって!」

 兄が言う。

 「絶対に止まらない」

 その時、兄は何か追い越した。

 追い越して、走りながら、その追い越したモノをみる。


 そして、ゆっくりとスピードを落として、止まった。

 兄は止まった場所から、もう動けない。

 その場で倒れ込んだ。


 兄の息は上がって。ゼイゼイと肩で息を吸って吐いた。


 追い越したモノが、ゆっくり兄に近づいてきた。

 

 香菜さんだった。


 香菜さんが倒れ込んだ兄の顔の側に、しゃがみ込んだ。

 香菜さんが兄の真正面にしゃがみ込んだから、ショートパンツの隙間から、香菜さんの白い肌と、青いレースのパンティが見えた。

 兄は顔をそむけた。

 香菜さんが言う。


 「バカ……」

 兄が言う。

 「仕方ないだろう……。俺は馬鹿なんだよ」

 香菜さんが言う。

 「本当……、バカ」

 

 そして香菜さんが立ち上がり、兄に手を差し出した。

 「タクシーを待たせているから、一緒に乗って。麻さんの家に行くんでしょう? 送るよ」

 兄が手を香菜さんに差し出そうとして、そしてやめる。

 「なんで手を掴んでくれなかったの? 私の手は嫌なの? 水商売をしている女だから不潔だって思ったの?」

 

 「違うよ。不潔なのは俺だよ」

 地面に倒れ込んで汚れてしまった手をみせる。

 汚れた手を見せられて、香菜さんが笑う。


 

 兄が言う。

 「香菜さんは不潔なんかじゃないから。香菜さんは俺にはキラキラして眩しい人だから」

 そして兄がズボンで手を拭う。

 拭った手で香菜さんの手を握る。

 香菜さんの手を借りて、兄は立ち上がった。


 兄が言う。

 「悪かったよ。俺が全部悪かった。香菜さんは、そんな人じゃないのに。悪かった」


 兄は、片手で傷口を抑えていた。

 そしてもう片手は、香菜さんと繋がれたままだ。

 香菜さんが、ちょっとだけ、兄と繋がれた手の側の腕にもたれ掛かった。

 

 香菜さんが言う。

 「悪いと思うなら。共同経営の話、のってくれる?」

 兄が、兄にもたれ掛かった香菜さんの、頭のつむじを見ながら言う。

 「それとこれとは違うだろう?」

 香菜さんが、頭をもたげて、兄を見上げた。兄の胸に、香菜さんの頭が軽くあたる。

 「違くない。お願い。わたしに恩を返させて」

 兄には、間近で上目遣いに、兄を見てくる香菜さんが、更に可愛く見えた。

 「恩なんて、もう返しただろう?」

 香菜さんが懇願する。

 「お願い」

 香菜が兄を見つめる。

 兄は少し考えて。


 「分かった」

 と言った。


 兄は、たぶん、美しい香菜さんに、負けたのだ。

 

 

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