兄の退院
兄が退院すると言うので、麻さんが朝から、病室に来ていた。
すると看護師が2人やって来て言う。
「良ちゃん、退院だって?」
兄が言う。
「そうなんですよ」
「寂しくなるね」
そこに医師が入ってくる。
「良ちゃん、退院だって?」
「そうなんですよ」
先生がポケットから自分の携帯を出して言う。
「それで、ライン交換してよ。今度フットサル呼んでくれるんだろう?」
「先生は忙しいのに、本当に来るんですか?」
「行くよ。絶対行くから。後先生って呼ぶのはやめて。後吉井先生にも、良ちゃんのライン教えて良い? ジムに良ちゃんと一緒に行きたいんだってさ」
「え? 先生ずるい。私も交換したい」
それでライン交換会が始まった。
終わると、看護師と医師は忙しげに去っていく。
「お兄ちゃんは、先生や看護師さんまで友だちになったの?」
「え? 友達? そうなのかな? まだ友達でもないけどな」
「もう、むこうはもう友達だって思っているよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
そこに香菜さんがやって来た。
「おはよー」
兄が麻さんを見る。
「麻さん、香菜さんに退院日を教えたのか?」
「あ、ごめん。香菜さんに教えちゃ駄目だった?」
「駄目じゃないけど……」
退院日を教えて貰えなかった香菜さんは、むくれていた。
「秘密にしないでください」
麻さんが、この場の雰囲気に耐えられずに言う。
「私、会計でお金払ってくるよ」
兄がカードを渡した。
すると香菜さんが言う。
「ああ。私が払うから」
香菜さんが会計に行こうとして動き始めた。その香菜さんの腕を、兄が思わず掴んだ。
「やめてよ。払うんなんて。麻さん行って!」
麻さんが頷いて、急いで病室を出ていく。
香菜さんが麻さんの後を追おうとしたので、兄はよりキツく香菜さんの腕を掴む。
「もう、いいから。払わなくて良いから」
香菜さんは掴まれた腕を、兄の体に押し当てた。
「だって、兄さんが怪我したの、私のせいだから」
香菜さんは、腕を兄にあてて、そのまま香菜さんの体も押し当てていく。
「治療費は私が払うのが筋だって思って」
香菜さんは、兄に寄りかかってしまった。
「払いたかったんだもん」
そう言うと、香菜さんは兄を見つめた。
もたれ掛かられて、見つめられて、兄はあたふたする。
「香菜さん、近い。近いよ」
兄が香菜さんを自分から離した。
「だめだよ。商売柄、スキンシップはそんなに、香菜さんにとって特別じゃないんだろうけど……。ここは店じゃないんだから」
香菜さんが悲しげに言う。
「兄さんまでそんな事言うの?」
兄が悲しげな顔をした香菜さんを見る。
「私は、店だって、客とスキンシップなんかしない!」
香菜さんは、くるりと背を向けた。
そして無言で病室を出て行ってしまった。




