ママが毒を吐きました 前編
そして直ぐ、元カレとの約束のクリスマスイブが来てしまった。
そのクリスマスイブの朝に、ママが麻さんに家にやって来た。
そして唐突に言う。
「麻さんのに、家に帰って来て欲しいの」
麻さんは黙りだ。
顔いっぱいに笑みをたたえて母親が言う。
「お兄ちゃんは、南央美さんと駄目になったし」
麻さんがやっとの思いで言う。
「でもお兄ちゃんは、それでも家に戻るっていってるよ」
「でも、私とあの子の二人じゃぁ……。あの子は可愛いけど、でも男だしね。だから麻さんに帰って来て欲しいの。南央美さんと子供がいないんじゃ、麻さんの部屋だってそのまま、また麻さんが使えるし」
麻さんは気にかかっていることを聞く。
「お兄ちゃんは生活費、家に入れないんでしょう?」
「そうね。あの子は店をするのにお金が必要だから。でも麻さんは、お金を使わないじゃない?」
麻さんが確認する。
「私はまた生活費も入れて、家事もするんだよね?」
「だって女の子だし、家事をして当たり前じゃない?麻さんは料理が下手だけど、大目に見ているのよ。感謝しなさい。それにそろそろ麻さんボーナスが出たでしょう?家の冷蔵庫が調子悪いのよ。新しいの欲しいの」
麻さんは思い切って言ってみる。
「ママ、私今お金ないの。引っ越しでだいぶ使って、借金もあるから」
麻さんは、そこまで言って、思い出した。
----そうだ洋さんに借金があったんだ----
すると母親が激昂した。
「だから言ったでしょう!なんで引っ越しなんかしたの。余分な金使って!」
少し声を大きくして麻さんが言う。
「だから今はママの役に立てそうにない。私は一人で暮らす。ママの期待には答えられない。前みたいに家にお金入れられないし。お兄ちゃんの分まで、家事を出来ないし」
すると母親がちゃぶ台をひっくり返した。
そして、ちゃぶ台から落ちて転がった。
麻さんのお気に入りのカップや急須を、玄関のたたきにぶつけた。
「ガシャ――ン、ガシァーン」
瀬戸物や硝子の割れる音が響いた。
麻さんはそれを止めなかった。
止めても無駄だと、麻さんは知っていたかだ。
母親は、けしてやめない。
今度は台所で鍋やフライパンを手当たり次第投げた。
たちまち台所と居間に、物が散乱した。
母親は台所で見つけたハサミで、カーテンを切ろうとした。
麻さんが思わず言ってしまった。
「カーテンだけはダメ! ママ、カーテンを切ったら、もう縁を切るよ」
麻さんにとって、それはただのカーテンじゃなかった。自分で初めて買って、洋さんに下げて貰ったカーテンだった。洋さんと楽しく過ごしたあの日、洋さんが下げてくれたカーテンだった。
母親が卑屈に笑って言う。
「縁なんか切れないわよ」
母親の手にあるハサミが光る。ハサミを見ながら麻さんが言う。
「私はママと親子の縁を切るよ。もう耐えられない」
“麻さんに変化が起こった。”
“今迄、思ったところで、麻さんは行動に移せなかった”
“それが言葉に出たのだ”
麻さんは、ずーと我慢してきて、耐えてきた。麻さんの内側にあっても、決して麻さんの外側には出なかった。でもカーテンをきっかけに、言葉として、出てしまった。
ママは笑った。
「カーテンを切って、親子は終われないわ。夫婦は終わっても、親子は終らない!そんな事は許されない!」
そしてママは幾度となく、カーテンにハサミを刺して穴を開けた。
麻さんが言う。
「ママ、やめて!カーテンだけはやめて!」
ママは、開けた穴に、ハサミを差し込んで穴を大きくする。カーテンはワカメみたいにぼろぼろになっていく。
母親がカーテンを切りながら言う。
「麻さんは出来損ないだ。出来損ないなんだから、家に帰って私の側にいなきゃダメなんだよ。なんでそんな事が分からないんだ。そんな事もわからない麻さんは、異常者だ」
「ママ本当にやめてほしい……」
麻さんは頑張って繰り返し言った。でも、麻さんの抵抗は、言葉だけで終わってしまった。
ママは興奮していた。
「出来損ないを育ててやった恩を忘れやがって、どんなに私が苦労してあんたを育てたか!本当は産みたくなかった。麻さんを産んで仕事をやめたんだ。麻さんのせいだ!お兄ちゃんだけいたら良かったんだ」
ママはカーテンを引っ張り、カーテンレールから外してしまった。カーテンフックが歪んだり、折れたりした。
麻さんは交互に、ママとカーテンを見た。麻さんはとても辛かった。
「ママ、本当にやめて欲しかったんだよ」
そんな麻さんにママは言う。
「麻さんなんか。ブスで可愛げもないから。男も寄ってこない。ブス! ブス! ブス! 気持ち悪い目付きで私を見るな!ブス! ブス! ブス!」
ママは更に興奮して、麻さんの髪を引っ張り、頭を殴った。麻さんはなされるがままだった。しかし、今日のママにはまだ理性が残っていたらしい。ママがハサミで麻さんを殴らなかったからだ。
麻さんは、自分の頭を腕で覆い守る。ママは麻さんを殴るのをやめて、蹴り飛ばした。麻さんは床に、ママに蹴飛ばされた以上に、派手に転がる。
派手に飛ばないと、ママにもっとやられるのを、麻さんは知っていたからだ。
麻さんは殴られても、蹴飛ばされも泣かない。泣いたらもっと殴られるから。
麻さんは思う。
ーー久々にママのスイッチを押してしまった。押さないように、押さないようにしてきたのに……。それでも、私はカーテンを守りたかったーー
ママにスイッチが入ってしまったら、ただ殴られ、蹴られるまま、心を凍らせて耐えるしかない。
麻さんは思う。
『これはカーテンを切られてしまった罰だ。罰として殴られよう。でもこれで最後だ』
麻さんの惨めな姿にママが笑う。
ママはカーテンを踏み潰した。
「出来ないの麻さんを、私が庇護してやっているのに、何も解ってない! 私の言う事だけ聞いてればいいんだ。悪い子の麻さん何か消えてしまえ! 消えろ! 消えろ!」
そしてママはカーテンを切って、麻さんを痛めつけて満足したのか、帰って行った。




