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麻さんが洋さんに好きって言えない訳

 洋さんが、香菜さんの店に来た次の日は、土曜日だった。それで香菜さんがお昼前に、麻さんの家を訪ねた。


 ひと通り麻さんの話を聞いた香菜さんが言う。

「そう言う事だったんだ。急に洋さんが引っ越すって聞いて、おかしいと思ったんだよ。だからスクリーンショット撮って、洋さんの乗る新幹線の情報を、麻さんのラインに送ったんだよ」


 香菜さんが麻さんの携帯画面を見ながら、香菜さんの携帯で、洋さんの乗る新幹線の空席状況を確認した。

「洋さんの隣の席がまだ空いてるよ。取ってあげようか? 一緒に東京に行けば良いじゃん」


 麻さんが焦って言う。

「香菜さん、何言っているの?そんな事出来ないよ」

 香菜さんが携帯画面を見ながら言う。

「別にそのまま東京で暮らせって言っているわけじゃ無いよ。大事な事だから、ちゃんと二人で時間をかけて話し合って来て欲しいんだ。麻さんは、有給余ってるんでしょ?」

「そんなの、洋さんに迷惑だよ」

「じゃせめて、今から洋さんを呼び出して、少しでも話ししなよ。このまま別れて、東京で彼女が出来たら、もう終わるかもしれないのに」

 

 麻さんは乗り気じゃない。

「明日引っ越すのに、今日呼び出すなんて出来ないよ。前日だし、洋さんも色々忙しいと思う」

 香菜さんが険しい顔で言う。

「そんな事ばかり言って……。麻さんは洋さんが好きなんでしょう?」

 麻さんが頷く。

 それで、香菜さんが更に聞いた。

「じゃなんで猫さんを探している時に、洋さんに麻さんも好きだって伝えなかったの?」

 麻さんはダンマリだ。

 

 仕方なく、香菜さんが続けて喋る。

「洋さんが東京明日行く前に、今後どうするかはっきりさせないと。このままじゃ関係は終わるよ。洋さんの気持ち、もう分かっているんだから、あとは麻さん次第なのに。このままだと洋さんは麻さんのにフラれたって思ちゃうよ」


 麻さんはまたダンマリだ。


 また仕方なく、香菜さんが喋る。

 「まぁ、麻さんが好きじゃないなら仕方ないけどさ」


 ようやく麻さんが口を開いた。

 「好きじゃないなんて、そんな、好きだけど……。それに私とつり合わないもの」

 

 香菜さんが理由を聞いた。

 「つり合わないって?どっちがつり合わないの?」

 

 もはや香菜さんの中では、洋さんは単なる変態男でしかない。しかし、麻さんの洋さんに対する清いイメージを、香菜さんが壊してはならない。

 

 麻さんが思い詰めたように言う。

 「洋さんちは、うちなんかよりちゃんとした家だし。みんな頭いいじゃん。洋さんのママは自宅でピアノの先生していて、私たち教わりに行ったし……。だから洋さんのママを見ると、未だ先生に見えるし」

 

 香菜さんがそこそこ同意した。

 「確かにね。親兄弟、みんな優秀だよね。洋さんのママは、いつもは優しいけど、ピアノの事になると厳しいからね」

 麻さんが悲しげに言う。

 「うちなんか、親は離婚して。ママはあんなだし、兄は30過ぎてあんな事になってるし」

 

 香菜さんが愛おしそうに、麻さんを見て言う。

 「でもぉ。麻さんは可愛いよ」

 麻さんは思い詰めたように言う。

 「香菜さんだけだよ。そんな事思うの。私は出来損ないで、取り柄1つないんだよ。可愛くもないし、賢くもない」

 

 香菜さんが必死に説得する。

 「麻さんは、いい子だよ。私は麻さんがいなかったら、今頃どうなっていたかわかんないもん。私と違って、勉強だって出来たし。麻さんの事好きな男子も結構いたよ。小柄で地味目だけど、顔も整って、体型だって良い方だし。綺麗な方だと思う。麻さんは何時も人のこと想ってさ。優しいし。料理上手だし」

 「ありがとう。そう言ってくれて」

 「だからさ、せめて東京行く前に、会って話しなよ」

 

 麻さんはつり合わない理由をあげていく。

 「私、自分に自信がないんだよ。洋さんは、私なんかとはつり合わないんだ。洋さんは容姿だって良いし。性格も穏やかで優しいし。運動も得意だし。中学や高校でも女子に人気あったし。だからもっといい人いっぱいいるよ。洋さんに相応しい人がさ。だから正直洋さんが私を好きだって知ってびっくりした。大好きな洋さんに好きだって思われていたのは嬉しかったけど、それ以上にびっくりして、私思考停止しちゃって……。」

 香菜さんが困った顔して言う。

「そこで、どうして思考停止するの?」

 

 麻さんは自分の素直な気持ちを言う。

 「洋さんに、好きだってずっと言われたかった。トモダチなんて言われたくなかった。でもいざ好きって言われたらもうどしていいか、何を言ったら良いか、分かんなくなって。実際今も分かんないんだよ」

 

 香菜さんが呆れ顔で言う。

 「私も好きって言えば、いいだけじゃん?」

 麻さんの表情は暗い。

 「言えないよ。私なんかが、洋さんに言って良い言葉じゃない気がしたんだよ。洋さんに私は相応しくないもの。私、自分に自信がないんだよ。香菜さんがケリーバッグ持てば納得だけど、私が持ったら本物でも偽物に思われてしまうでしょう? そんな感じだよ。私の身の丈に、洋さんは合わないんだ」

 香菜さんが笑う。

 「それ、どんな例えよ?」

 麻さんが聞く。

 「変だった?」

 

 香菜さんは頷いて、不思議に思っていた点を聞いてみる。

「でもさ、本当に気が付かなかったの?洋さんの気持ち。あれを分からないでスルーするの、なかなか難しいと思う。いくらトモダチだって連発されていたとしても、洋さんの行動は麻さんが好きって、丸わかりだったよ」

 

 麻さんが思い詰めた顔をする。

 「多分、洋さんが私を女として好きになるなんて、絶対ないって思っていたからだと思う。思い込んでいたから。友達だって。洋さんは私には勿体無い人だと思う。あんな良い人、私には……」

 

 香菜さんは、気の毒そうに麻さんを見て言う。

 「思い込みかぁ。思い込みって怖いね」

 香菜さんの頭には、既に変態の洋さんしかいない。


 だから、香菜さんの思う思い込みは《麻さんは、洋さんを必要以上に素敵な人だって思い込んでいると。そして麻さんは必要以上に自分をダメだと思い込んでいると》だった。


 それで香菜さんは、思い込みって怖いと言ったのだが。


 しかし麻さんは違う受け取り方をした。


 麻さんの思い込みは《洋さんにトモダチとしかみられていない》思い込みだった。



 そのように、香菜さんと麻さんの思う、思い込みは、違っていたのだが。


 でも麻さんが「うん」と言い。話は繋がり、続いていく。


 香菜さんは、説得もこの辺で限界だろうと思いつつ、粘って言う。

 「それでも、このまま会わないで終わりにしたら、後悔すると思うよ。会って話をしたほうが、やっぱり良いと思うよ」

 

 麻さんは頑なに言う。

 「会えない……」

 香菜さんは粘ってもう1回、麻さんを押した。

 「つり合わないなんて事ないよ。会いなよ」

 

 麻さんが辛そうな顔で言う。

 「無価値な私に、洋さんを好きだって言う資格がないんだよ。それに洋さんがせっかく新しい生活を始めるのに、邪魔できないもん。私のせいで今まで東京に行けなかったんだよ。洋さんに申し訳ないよ。洋さんの好きにさせてあげたい。洋さんの邪魔する権利は、私にはないんだよ」

 

 香菜さんが悲しげな顔で言う。

「麻さん、あんたって、もう……。でもそれが麻さんだもんね」

 

 とうとう、麻さんが話をぶった切った。

「もうこの話はおしまい。お昼食べていく?」

 香菜さんももう説得は諦めた。

「良いの?」

 空元気の麻さんが言う。

「その代わり一緒に作るのだよ」

 麻さんが、お気に入りのリネンエプロンを香菜さんに渡した。香菜さんが嬉しそうにエプロンを眺める。

「可愛いね。このエプロン。テンションめちゃ上がる」

「でしょう?実家だとママにデスられるから、使えなかったんだ」

「麻さんとママは、趣味違うもんね」

 麻さんが頷く。

 

 香菜さんが台所に立って言う。

 「あ――、このホーロー鍋もメチ可愛!」

 そして、2人は並んで料理をし始めた。

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