待ちに待った婚約破棄
「アデライン!お前との婚約は解消する!」
とうとうこのときがきたのね!
「わかりました」
私はすぐに頷いた。
すると、横から執事のバートランドが、
「それでは、こちらの書類にご署名を」
と書類を差し出したので、私は躊躇いなく署名する。
「ブラッド様も」
「気がきくな」
ご満悦な様子で今まさに婚約の解消を告げてきたブラッドもさっさと署名している。
続けて、バートランドは、
「カーティス様はこちらにご署名を」
私の父親であるソーンダーズ伯爵にも署名をさせている。あれは私のソーンダーズ伯爵家からの籍からの離脱の書類だろう。
「準備がいいな」
きちんと確認することもなく私の父親は署名している。その間に私はほんの一瞬バートランドとアイコンタクトを交わした。本当にバートランドは準備がいい。
「これでブラッド殿の婚約者はジョハンナになった。そしてこの家の跡取りはジョハンナだ!」
そうはならないでしょうけれど。
「そうよ、そしてお姉さまは、アドラム子爵の後妻になるのよ!」
アドラム子爵?あのあまりに評判の悪いお爺さん。さすが我が妹の考えそうな意地の悪い縁談だ。まあ、そうもならないけれど。
それにしても王のお声がかりの政略結婚をした私の実母が亡くなったとたんに、愛人を後妻として迎え、私と数か月しか変わらない異母妹と共に屋敷に迎え入れるとか、私を冷遇して離れに押し込めるとか、前世の記憶がある私は、何かネットで読んだ小説みたいだなと思ったものだったけど、さらにベタベタコミュニケーションを取る異母妹に略奪される婚約者なんてね。まさに前世で読みふけったネット小説の展開みたいね。
とはいえ、ブラッドの実家は私とでなくジョハンナと結婚することに賛成するとは思えないけど。でもまあ、知ったことではない。さっさと立ち去ってしまおう。
「それでは、失礼いたします」
永遠に。
最後の言葉は心の中にしまった私は、彼らにはもったいないカーテシーをして、さっさと部屋を後にする。後ろで元家族達が何か言い募っていたが、
「カーティス様。こちらの書類を早く提出なさったほうが」
バートランドが気をそらしている。
その隙に私はこの屋敷を駆け抜ける。どうせここに私の不作法を見咎める者はいないし、ここにいる者にどう思われてもかまわない。そのままの勢いで私は、母の死後父親が私を押し込めたと思い込んでいる離れに駆け込んだ。
「ハンナ!」
「アデライン様。はしたのうございますよ」
おじい様が送り込んでくれたハンナは、そう私を叱ってくれるけど、今日だけは許してほしい。だって。
「やっとよ!やっと自由になったのよ!」
「まあ!やっと!ようございました」
ハンナも笑顔になって、それ以上叱られずに済んだ。
「では、すぐにでもここを立ち去りませんと」
「ええ、そうね」
バートランドが気をそらしてくれているが、気が変わってこちらにダメ押しで嫌がらせをしに来ようと思わないとも限らない。幸い持ち出したいものなどはない。身一つでいつものように転移してしまえばいい。
急いで転移しようとして、ふと気が付いた。
「転移の魔法具はどうしたら」
「バートランドが処理するでしょう」
ハンナがあっさりと請け合ってくれて、確かにバートランドなら手抜かりはないだろうと私も納得する。
「じゃあ、行きましょう」
私は、ハンナと魔法陣に入って、すると魔法陣が発動しいつものように転移した。いつもと同じように、でも二度と戻ることはない場所から転移した。
転移した先は、私の部屋だ。ただし、母方のお祖父さまであるガーフィールド伯爵の屋敷に用意してもらった部屋だ。
「早速お祖父さまにご報告したいわ」
ハンナに先触れをしてもらうと、お祖父さまはすぐに時間を作ってくれた。今日あの家に呼ばれていることはご存じだったから、気にしていてくださったのかもしれない。
「それで何だったのだ」
お祖父さまの執務室に入ったとたん、待ちかねたようにお祖父さまに尋ねられた。
「婚約破棄と後継者交代よ、お祖父さま。とうとう自由になったの!」
「そうか、とうとう!」
心配そうだったお祖父さまの表情から憂いが晴れた。
「バートランドがブラッドと父親に署名させていましたわ」
「では、今日中には処理されるだろう」
お祖父さまは、すっかり明るい表情になった。
「処理までされるでしょうか」
バートランドのことだから、ブラッドと父親がその気になっている間に素早く提出してくれたと思うけれど、処理までされるだろうか。
首をかしげた私に、お祖父さまは、
「何、大丈夫だ。根回しはしてある」
自信満々に言い切った。
「根回し?」
「ああ。陛下にもお願いしてある」
それは既に根回しの域を超えているのではないだろうか。
「陛下もお前の研究には期待しているのだよ」
そうだ、研究!前世の記憶がある私がそれを生かして行ってきた魔道具の研究は、お祖父さまのおかげで密かに我が国の最高魔法研究機関であるタワーに伝わって、私はタワーの研究者と一緒に、父親にばれないようにしつつも共同研究をしてきたのだ。
「これで私は、すぐにでもタワーに公式に所属できますわ!」
勢い込んで私が言うと、おじい様は苦笑した。
「まあ、そう焦らずにしばらくは私の庇護する娘でいておくれ」
今までだって、父親が私を押し込めたつもりの離れではなく、亡くなる前のお母様が備えてくれた手筈のとおり、ほとんどこのお祖父さまの屋敷で過ごしてきた。だから、実質的にはお祖父さまが育てくれたようなものだけど。
今日バートランドが提出してくれているはずの書類が通れば、形式的対外的にも私の保護者はお祖父さまになる。
「はい、お祖父さま!」
優しく嬉しそうに頷いてくれたお祖父さまに、今は少しだけお祖父さまに甘えさせてもらおうと思った。
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