記憶喪失の僕と謎の家と
「もう、エオラってば!!七福神の中にサンタクロースはいないんだってば。なんでソコ、ごっちゃになるの?」
「四季、サンタと寿老人の違い、むずかしいです。」
「まぁ、確かにエオラには難しいかもね!!アハハ。」
僕とエオラは三度目の年末を過ごしている。そう、僕が僕という自我を持ち、エオラとこの家で生活して二年半が経っていた。
エオラいわく、最初の見立てでは四季を一周することもできるかどうかというくらいには僕の心臓がいつ止まるのかわからないとのことだった。僕を息子として愛してくれているから、エオラはそれを僕に伝えるとき、申し訳なさそうに、そしてとても悲しそうな顔をしていた。僕は自分の期限が短いことを何となく察していたし覚悟をしていたから、そんなエオラを優しく抱きしめて宥めたのを今でも鮮明に思い出せる。
結局、エオラの告白から二年以上が経ったわけだが、不調は一切なく、いや、身長も体重もほぼ変わることのない子供の身体で全く問題ないとはいいがたいのだが、でも、僕は四季として今も生きている。それはとても幸せなことで、ずっとこのままが続けばいいのにと思っていた。
「エオラ、いるか?」
平穏というのは突然壊されるものだ。焦るオーラヌの訪れに何だか嫌な予感がした。
「オーロヌ、どうしたのです?」
「ゴノイのやつが人間をつくったって。それだけならよかったんだが、エオラの出来損ないとは違うと言いふらしているらしい。」
「四季は出来損ないなんかじゃない!!」
「分かっている。俺はちゃんと理解している。ただ、ゴノイがそのつくった人間を連れて四季にあわせようとしているみたいな話をしているらしかったから急いできた。」
オーロヌからの情報に明らか不機嫌そうな様子のエオラ。僕はツンツンとエオラの頬をつっついた。
「そんな奴らは無視しようよ、エオラ。だって、今、年越しの準備で忙しいし!」
「そう……ですね!四季。アポイントなしで来るゴノイが悪いんですから!!」
一瞬思考を巡らせたようだったが、エオラはクスクスと僕に笑いかけそう言うと、年越しの準備の再開し始めた。
「もう、そんな簡単な話じゃないからこうやって来たんだ、ってか、エオラはまた新しい言葉を……、あぁ、分かった。俺が何とかココに来る前にあいつ等を追い返すように働こう。エオラと四季にはいつも飯を分けてもらっているしな、それに今年もソバを食べたい。」
オーロヌは地球の食べ物が気に入っているようで、度々僕らのところに訪れては何かしら食べて帰っていっていたのだが、特に麺類が好物らしい。確かにエオラのつくる麺はおいしい。おいしんだけど、本格的過ぎて、たまにはカップ麺みたいなチープなものが食べたいという気持ちに陥るのは秘密だ。
ふと、そのゴノイというのがつくった人がどんな人なのか気になった。男性だろうか、女性だろうか。僕とおんなじ黒髪黒目なのだろうか。うっすら昔の地球の記憶を持っていたりするのだろうか。その人は今、幸せだろうか……。
「四季、どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ。そうだ、今日は味噌煮込みうどんが食べたい!!あったかいもの、食べたくない?」
「いいなぁ、俺も食べたい!!」
「分かりました。三人分、用意します。」
「いや、四人分用意してほしいな。」
知らない声の主の方を見れば、自分より少し年が下であろう茶髪の少年がそこにいた。エオラやオーロヌとは違う、僕に近い見た目の少年。
「やぁ、はじめまして。俺は『カイ』。『解』であり、『怪』であり、『壊』なのかもしれないけど、まぁ、ここは気にしないでくれ。あぁ、なぜここに来たかといえば、ゴノイは栄養サプリメントしか与えてくれなくてね。で、前にエオラさんのレポートを読んだ際にちゃんと食育をしているみたいだったからね、美味しい食事を求めて来ちゃった☆」
そう、彼『カイ』は突然やってきた。ゴノイを『壊して』、この家にやってきたのだった。
「エオラさん、もうお餅は飽きました。他の何かが食べたんですが。」
「それならここから出たら?元いた場所に戻ればいいじゃないか!!」
「四季、そんなつめたいこと言っちゃダメだよ。『カイ』もココにはココのルールがあるから、守れないようならオーロヌの所に行ってもらう。」
「そ、それは嫌!俺、餅でもいいです!!すみませんでした!!」
あの日からこんな会話をずっと続けている。最初は僕以外の人間だと『カイ』を受け入れていたが、だんだん日々を過ごしていく中で一緒に居続けてはいけないとなんだか嫌な胸騒ぎを感じるようになっていった。まだ証拠も何もないが、ゴノイを息をすることしかできなくない廃人のようにしたのは『カイ』のような気がしてならない。もし、エオラもゴノイと同じような状態にされてしまったらと僕は不安で仕方なかった。だから、今すぐにでも彼をココから追い出したかった。
「四季、君はなんでそんなにも俺を毛嫌いするんだい?最初は仲良くしようと努力してくれたじゃないか。」
突然『カイ』が二人きりで話したいなんて言ってきたから何かと思えば、くだらないことだった。
「だって、『カイ』はエオラを困らせようとするじゃないか。」
「困らせようとはしてないよ。ただ、子どもらしく少し我儘を言っただけさ。君だって言うだろう?それに無理なようなら引くようにしているじゃないか。なんの問題があるのさ。」
「『カイ』、君は何を企んでいるの?」
『カイ』はニヤリと笑った。
「あぁ、一応脳は機能しているんだ。でもさ、君みたいな出来損ないは何も考えずに死を待ってればいいんだよ。俺は君とは違って完璧に作られた人間だ!!ちゃんと成長も出来ている、細胞分裂もされてるみたいだしね。君みたいに成長も何も出来ないお人形さんみたいな存在とは違うんだ!!それなのに、俺よりも優遇された環境にいる。おかしくないか?失敗作なら失敗作なりに大人しく死ねばいいものをなんで生きてんだよ!!!俺にそのポディションを譲れ!!俺が、この新しい地球の始祖となり、この地球を復興させるんだ!!」
そう言い切ったかと思うと彼は小さくも力強い手で僕の首を絞めようとした。
「いつ死ぬかと待ってたけど、もう待てない!!邪魔者はとっとと消えろ!!」
「邪魔者は『カイ』、お前だ。」
僕の首が締められる前に、オーロヌが『カイ』の腕を掴み制止してくれた。
「確かにプロトタイプである四季の後につくられた『カイ』は四季より性能の優れた地球人かもしれないが、お前は完璧ではない。現になんの罪のない人に危害を加えようとした。これじゃいけない。それに、お前が飲み合わせの悪いサプリメントでゴノイをあのような状態に陥れた証拠がやっと見つかった。お前は処分こそされないが、それ相応の罰を受けてもらうこととなった。」
『カイ』はキッとオーロヌを睨みつける。
「そんな!!お前たちみたいな獣風情に証拠を見つけられるはずがない!!」
「『カイ』、いや、『芥』。お前は自分の都合のいいようにしか世界が見れないから、ゴノイに捨てられたんだよ。」
「違う!!俺についてこれないからアイツは俺に構ってもらうのを諦めたんだ!」
「……もういい。もう黙れ。」
オーロヌは芥の腕を掴んでいない、もう一つの右手で彼の口を塞いだ。
「四季、二人きりになるとの連絡、ありがとうな。おかげでこうして新たな証拠も手に入れられた。」
「ううん、エオラとオーロヌが僕の意見をちゃんときいてくれたからだよ。」
「じゃあ、あとはエオラと仲良くな。コレはキチンと俺の方でどうにかする。」
僕は思った。『カイ』はこの時代の地球につくられてしまってかわいそうだと。
「四季、今回はちゃんとガトーショコラつくりましたよ!!」
「昔の人が残したガトーショコラ風の何かじゃない、ちゃんとしたレシピを見つけてくれたんだね!!」
「えぇ!『老舗洋菓子店直伝のガトーショコラ』とレシピに書いてありましたから、多分大丈夫です。」
こうして、僕達の日常は戻った。これは後からわかったことなのだが、地球人のプロトタイプとしてつくられた僕の生い立ちの記録が記されたエオラの研究書はかなり人気らしく、ゴノイはそんなエオラに嫉妬して『カイ』がつくられたそうだった。そう考えると、今後、ゴノイのように人間をつくる研究者が出てこないことが全くないとは言えなくなってしまったし、エオラ自身まだ新しい人間をつくる予定をしているみたいだ。ただ、今回の『カイ』のような過ちを二度と起きないよう、研究者たちは改めて感情というものも同時に知ろうとするようになった。
『それにしても、あの優秀なゴノイがエオラに嫉妬するなんて思いもよらなかったな。』
四季がぐっすりと寝た真夜中、エオラとオーロヌは酒を酌み交わしながらゆったりと会話していた。
『あぁ、私もびっくりした。ただ、私を見返してやろうという気持ちが強すぎたのか、芥にも強くあらわれてましたね。』
『芥自身は自分は成功作で完璧だと言っていたが、ゴノイの名付けをみるに……、いや、それよりもこの星を研究し始めてから感情というものが強く出るようになったものが多く見られるようになった気がする。』
『確かに。私の研究書は昔ならこんなに評価されることはなかったと思いますし、みんなの中で何か変化が起きたのかもしれませんね。』
『あぁ、そうだな……。良くも悪くも変化はつきものなのかもしれないな。さて、俺はそろそろ帰るよ。たまに芥が夜中起きちゃうことがあるからな。』
オーロヌはグイッと酒を飲み干すとシンクにグラスを置き、帰る準備をし始めた。
『なぁ、オーロヌ。芥をそのままオーロヌが育てるのか?本当に大丈夫なのか?』
『あぁ、俺は他の奴らみたいに見捨てたりしたくはないんだ。ちゃんと彼と向き合おうと思う。まぁ、困った時はエオラ、助けてくれ。』
『もちろんだよ!困ったらいつでも呼んでくれ!』
いつまでこの生活が続くかわからないけど、今日も僕達は生きている。