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友達試験

作者: 村崎羯諦

 今年も有村くんの友達を決めるための試験、友達試験の季節がやってきた。


 試験会場になっているオフィスビルのフロアには、これから有村くんの友達の座を狙う老若男女の人間が集まっている。受付に貼られていたポスターによると、今年の友達試験の受験者数は三年前の記録を塗り替え、過去最高の638人となっているらしい。


 受付で受験番号を告げ、僕は指定された部屋へと向かい、席に着く。カバンから筆記用具を取り出しながら周囲を確認すると、周りの人たちはほとんど全員が過去問や参考書を開いていて、ギリギリまで友達試験のための知識を埋め込んでいた。僕はその様子を見て少しだけ焦ったけれど、今日までに費やしてきた勉強時間を思い返し、きっと大丈夫だと自分で自分を落ち着かせた。


 試験開始五分前になると試験監督が現れる。そわそわと周囲と時計を見渡しながら、時間が来たタイミングでアナウンスを始める。携帯の電源を切るようにと言った試験でよくある注意事項を述べた後、複数人の試験官が一人一人の席へ試験用紙を配り始める。


 用紙が配り終わり、あとは試験開始の合図を待つだけとなり、部屋全体が緊張感に包まれる。みんなが固唾を飲んで、正面にかけられた時計を凝視しているのがわかる。そして、時計の針が試験開始時刻と重なったタイミングで試験監督が開始の合図を行い、受験者が一斉に試験用紙の一ページ目を開いた。


『第一問 有村くんのフルネームを答えなさい』


 過去問に出てきた問題と一緒だ。僕はその事実に少しだけ喜びを噛み締めながら、答案用紙に有村くんのフルネームを記載する。だけど、これは基本中の基本だし、ここで他の受験者と差がつくわけではないだろう。僕は自分の気を引き締め、次の問題に取り掛かる。


『第二問 中学時代の有村くんに関する次のエピソードのうち、誤っているものを一つ選びなさい。

A.友達の佐伯涼介くんと自転車で近所のゲームセンターへ向かう途中、駐車場から飛び出してきた軽自動車と接触事故を起こしたが、その軽自動車の運転手が小学校時代の担任である早川誠先生だった

B.父親の会社で開かれたバーベキューに参加した際、酔っ払った父親の後輩が嘔吐し、新品だったスニーカーを汚されてしまった

C.十五年以上有村家で飼っていた飼い猫の「琥珀」が老衰で亡くなった

D.野球部の練習試合で補欠としてベンチで待機していた際、どうせ出番がないだろうと思い込み、試合中に他の部員と共に部室で涼んでいると、急遽代打指名を受けたことでベンチに待機していないことがバレてしまい、試合後に二時間ほど説教を受けることになった』


 答えはAだ。僕は選択肢を全て読み終えた後で、自信満々でそう決断を下す。Aに書かれている佐伯涼介くんというのは、有村くんの高校時代の友達であり、中学時代という問題の条件と明らかに矛盾している。佐伯涼介という友達の名前だけ覚え、それが中学時代の友達なのか高校時代の友達なのかをきちんと理解していない人を振り落とす、ある意味よくできた問題であるように思えた。


『第六問 有村くんが現在勤める岡山商事には、有村くんの同期入社した社員が12名存在している。その同期入社組の中で、有村くんが入社三年目から入社四年目の間に交際を行っていた、岡山県岡山市出身の女性の名前を答えなさい』


 僕は少しだけ考えてみたが、答えは思い浮かばず、潔くその問題は捨てることにした。有村くんはそれほど恋愛経験が豊富ではないため、恋愛関連の問題はあまり出題されない傾向にある。だから僕も優先度を落とし、対策をあまりしきれていなかった。だが、それは他の受験者も同じはずだと信じ、気持ちをリセットして次の問題へ進んだ。


『第十問 有村くんが自宅から3.5km離れた近所の映画館へ向かった。初めは平均時速3km/時で歩いていたが、途中で自転車に乗り換え、平均時速8km/時で走ったところ、映画館へ到着するまでに45分かかった。この時有村くんが自転車に乗っていた時間が何分か答えなさい』


 簡単な算数の問題。これも過去問で同じような問題を繰り返し解いてきたし、過去の問題と比べてもかなり易しい分類だったので、僕は特に詰まることなく計算を行い、答えを記入した。そのタイミングで僕はちらりと試験会場の時計を確認する。予定していた時間配分よりも早めに問題を解くことができている。しかし、ここで油断をしていては足元を掬われる。僕は自分の気持ちをぐっと引き締め、問題に集中する。


 それから僕は粛々と問題を解き進め、ついに最後の問題へと辿り着く。最後の問題は過去の傾向と同じく、自由記述の小論文で、以下のようなテーマで出題されていた。


『第四十五問 あなたが有村くんの友達となることでもたらされる、有村くん側のメリットについて、地球温暖化に伴う海面上昇問題を絡めた上で、1000文字以内で述べなさい』


 毎年出題されるこの最終問題は、難易度および配点が高いことで知られている。まさに、友達試験のラスボス的存在であり、ここの回答の出来が合否を左右すると言っても過言ではなかった。だけど、そのことは友達試験の受験者にとっては常識だったし、僕自身もあらゆる準備や対策を行ってきた。論文添削サービスを受けて、過去問を採点してもらったり、模擬試験によって時間内に記述を行うためのシミュレーションを行った。地球温暖化に伴い海面上昇というテーマは確かに意表をつく出題だが、それでも、このレベルの問題が出題されることは重々承知していた。


 僕を深呼吸をし、自分の気持ちを落ち着かせる。大丈夫。まだ時間はあり、頭はいつもよりも冴えている。僕はペンを握りしめ、問題に対する答えを回答用紙へと書き込んでいった。



*****



 有村くんの友達試験の廃止が発表されたのは、友達試験の合格発表が行われるちょうど一ヶ月前のことだった。


 突然の発表に対し、SNS上は有村くんの友達試験受験者の悲痛な叫びで溢れかえった。また廃止の理由が明確にされていないということもあって炎上騒動にまで発展し、一時はネットニュースにまで取り上げられた。SNSの声に押される形で、二週間後に友達試験が廃止に至った経緯が公式サイトに掲載され、そこには有村くんからのコメントも記載されていた。


『さすがにもう限界です。そっとしておいてください』


 しかし、その後もしばらくは有村くんを自分勝手だと批判する声は止まず、中には有村くんの顔を印刷した紙を燃やす動画を投稿する過激派まで現れたりした。僕自身も彼らと同じ意見だったため、そういうSNS上の投稿にいいねを押して賛同の意を示したり、友達試験の廃止撤回を訴える署名活動に署名を行ったりした。


 実際、僕は彼らの気持ちが痛いほどよくわかったし、あれだけ情熱を注いでいた友達試験が突然廃止されることに対しては怒りを通り越して、悲しみの気持ちでいっぱいだった。友達試験は僕のように友達がいない人たちが、誰でも努力すれば友達を作ることができるという、素晴らしい仕組みだ。もちろん本人の同意を得ていないとか、プライバシーだとか、色んな問題があるのは知っている。でも、僕たち友達受験者が今まで、友達試験を合格するためにどれだけの苦労や努力をしてきたのか、有村くんはちゃんと理解しているのだろうか?


 有村くんの地元で情報収集をする人、有村くんの会社に直接出向き有村くんに関する最新の情報を収集する人、そして有村くんの家を訪れ、有村くんから直接情報を引き出そうとする人。いろんな人が有村くんの友達試験に合格するために、お金と時間を費やしてきた。そんな僕たちの気持ちや頑張りを無視し、勝手に廃止するのは、果たして許されることなのだろうか?


 それでも、時間が経てばみんなの怒りも収まっていき、有村くんへの批判は少しずつ減っていった。それと入れ替わるように、有村くんに代わって、次は誰の友達試験が開催されるのかということにみんなの関心が移っていく。情熱の行き先を見失っていた僕を含む多くの人たちは、友達試験を主催する運営会社の発表を今かいまかと待ち続けた。


 そして、有村くんの友達試験が終わってちょうど三ヶ月後。運営会社から、次の友達試験の開催アナウンスが行われた。運営会社のサイトへ飛ぼうとするが、アクセスが集中しているせいか、なかなかサイトに繋がらない。そして、数十分たってようやく友達試験の公式サイトを開くことができた。


 また友達試験を受けられる。僕ははやる気持ちを抑えながら、期待を胸にページをスクロールしていく。


 そして、サイト下に記載されていた友達試験の概要に辿り着き、僕は手の動きを止めた。僕は念のため自分の目を擦り、そこに書かれている情報が錯覚ではないことを確認した。そして、それが決して錯覚ではないことを自覚した後で、僕は無意識のうちに低い呻き声をあげてしまう。


 なぜなら、有村くんの名前と住所の代わりにそこに書かれていたのは、僕の名前と僕の住所だったから。

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