畿東国人買い部門支部
25.畿東国人買い部門支部
「ああ……お忙しいところすまない。蝦夷国の首都から来た逸樹だ。
殺し部門の首領である親父殿と総元締めだった道三が突然亡くなったのは、知っておられるだろうか?」
逸樹の正面の床の間側の大きな座布団に正座した男に、会釈しながら問いかける。
「ああ……はい……突然の訃報に……すごく驚きました……事故か何かでしょうか?」
「いや……俺も現場に居合わせたわけではなく、後で伝えられただけだから詳しい状況は知らない。向こうはすごく混乱していて、情報伝達機能もマヒしているため、殺し部門が全く活動できていない。
何せトップの2人が亡くなったために、新規案件を受けられないばかりか、依頼済みの案件すらわからなくなってしまったのだ。仕方なく俺が直接組織内の支部を回って、停滞案件がないか確認して回っている。
しかし俺は現場で殺しを担当していただけで組織のことは何一つ知らないから、各支部を回るにしてもそれらしいところを手あたり次第回っては確認するしかなく、ここまでたどり着くのに半年以上もかかってしまった。ご迷惑をおかけした……大変申し訳ない。」
逸樹は早口で用件を告げ、頭を下げる。
「おやおや……そのようなご事情が……それは大変でしたね。
そうですか……逸樹殿は……組織のナンバー2と言われていた凄腕の殺し屋……と伺っております。
ご存知の通り人買い部門は半年ほど前に、畿南国高松町の本部が摘発されて大きな打撃を受けました。現状は各支部共に活動を休止しているところです。畿南国の総元締めを辿って黒幕である大臣迄逮捕されるに至り、下手に動くとこちら迄摘発される恐れがあるということで、活動は自粛中です。
人買いに関しましては、うちの組織以外で活動できるような組織は存在しておらず……なにせ連邦中を回って子供たちの品評会を開くような地下活動は、大きな権力の後ろ盾がなければ不可能なのです。対立組織も今はありませんから、殺し部門のお世話になるようなことは、ここ数年ありませんでしたのでご安心ください。
ですが時を同じくして半年前に、人買い部門と殺し部門が大打撃を受けたということは、何か理由があるのかもしれませんね。連邦最大の暁連合を陥れようとする何かが動いているということでしょうか……つい先日、畿南国高松町の麻薬密売部門の支部も摘発を受けたようですしね。
さらにこちらも黒幕の右大臣までが逮捕されたようで……裁判は来週の月曜から始まるそうですよ。恐らくは、うまく証拠を隠滅して……いつものように罪を免れるのではないかと考えておりますが……それまでは活動を控えなさるのがよろしいかと……。
申し遅れました……私は畿東国人買い部門の総元締めをしている鬼頭と申します。」
歌舞伎の女形を思わせる細面で長身の男は、正座の姿勢でその細長い体を折って頭を下げた。鼠色の着物に濃紺の羽織を羽織り、手には扇子を持っている。噺家と言われてもそのまま通じそうな出で立ちだ。
「おお……そうですか……少なくとも裁判が終わるまではおとなしくしているのが無難と言うことか……いや……ようやく畿東国で組織の支部に辿り着けたので、なんとか紹介いただいて各国の支部を回って停滞案件の確認をしようかと考えていたところなのだが……どこも活動を自粛しているというのであれば、下手に動かないほうがよろしいのでしょうな……。」
「もちろんですよ……今回の麻薬密売部門の畿南国支部の摘発を受けて、麻薬密売部門も活動を自粛するはずです。今は組織中が自粛期間ですから、下手に動き回らないほうがいいと思いますよ。」
人買い部門総元締めの鬼頭は、柔らかい笑顔を見せる。誰もが心を惹かれる、人懐っこい笑顔だ。
(こんな優しそうなやつが、非道な人買いの総元締めなのか?とても信じられないな……)
(子供相手の商売だからな……外見は……取り繕っているのだろう。)
(こいつだったらきっと子供を大事に扱ってくれる……とか勘違いして、親も泣く泣く子供を預けたりするのだろうな……残った家族を養うために……)
(人買いだからと言って……必ずしも悪とは限らないぞ!食い詰めた親に金を渡して、子供が欲しい金持ちに子供を斡旋する……基本的にはそう言った商売だからな……。)
(お前は……組織の人間だからな……しかもその中でも特に人の道を外した……殺し部門の……だからそう思うのも分からないでもない……が……悪は悪だ。お前の場合は対立組織のボスとか、相手が悪党でなければ手をかけないと言った仁義があったが、こっちはただの子供を商売にしているんだからな。
子供ができない事情がある家庭への養子縁組とかは、公的機関がきちんと法に則って、やってくれているはずだ。この世界だってそうだろ?いい訳なんかできないさ……完全な悪だ!
まあいい……それよりも、組織のことを聞いておこう。他部門のことは分からないかも知れないが、人買い部門であれば、他国のも分かるはずだろ?信用は勝ち取ったはずだから、聞き出そうぜ!この際だ、畿南国はいいとして……蝦夷国と畿西国の支部の場所と構成員くらい聞いておこう。後で摘発できるようにな……)
「それでその……お恥ずかしい話だが、これまで確認できた組織の支部は……畿東国と畿南国の麻薬密売部門とここ……それだけで畿西国と蝦夷国が出来ていない。
今後回って行くために、支部の場所を教えてはいただけないだろうか?麻薬密売部門に関しては、こけし工場へ戻って確認するとして……人買い部門だけでいいので、お願いしたい……。」
胡坐をかいていた逸樹が正座に直し、深々と頭を下げる。
「ああ……よろしいですよ……鬼頭殿からのご紹介ですからね……しかも殺し部門のナンバー2と言われていた逸樹殿のご要望であれば……事情が事情……というのは理解できましたから……。
殺し部門は蝦夷国が首領のいる本部で、麻薬密売部門は畿東国に首領がいて畿南国に精製工場があります。どちらも本部扱いであり人買い部門は畿南国に本部があり、ここ畿東国にはオークション会場があります。蝦夷国と畿西国の人買い部門と麻薬密売部門は支部が小さくて、同じ施設に支部を構えています。
他国の人買い部門支部の住所と取次方法を書いたメモを、後でお渡しいたしましょう。おーい……」
鬼頭は廊下側の障子に向かって両手をポンポンと叩き声をかけると、障子が開き若い男が入って来た。
「お客人にお茶を……それと……。」
鬼頭が横に来て膝立ちをしている若い男に耳打ちをする。
「へいっ……かしこまりました、直ちに……。」
男は軽く会釈するとすぐに立ち上がり、障子の向こうへと消えて行った。
「粗茶ですが……。」
男と入れ違いに、お盆に湯飲みを乗せた髭面の男が入ってきて、逸樹の前と鬼頭の前に湯飲みを置いた。客の応対が分からないので、廊下で待っていたのだろう。挨拶だけで帰って行く客も、多いのかもしれない。
(ついでに……この屋敷の中も見学させてもらおうぜ。かなり広いお屋敷のようだからな……摘発するにも子供の監禁場所とか、分かっていないと困るから……その辺の部屋に住まわせているはずもないからな。)
「その……お願いついでに……大変申し訳ないのだが……他部門のことを全く知らないので……麻薬密売部門に関しては、石鹸工場やこけし工場など見学させていただいたが、人買い部門はまだなので……ご迷惑かもしれないが……その……拝見させていただけないだろうか?」
逸樹が少し自信なさそうに切り出す……部門間は完全独立採算制で、更に機密保持のため他部門に内情を明かすことなど……これまで行われたことなどないはずなのだ。変に怪しまれはしないだろうか……心臓の鼓動が早くなっていくのが自分でもわかる……。
「ああ……せっかくおいでになったのですからね……よろしいですよ。」
処が人買い部門の総元締めは、意外にあっさりと了承してくれた。
「ほかならぬ……殺し部門の方ですからね……今後……お世話になることがあるでしょうから、特に対立組織との抗争でお願いすることでしょうから、内情を知っておいていただくことは決して損にはならないはずです。どうぞ……隅々までご覧になって行ってください。
では……こちらへ……。」
鬼頭は物腰柔らかく、正座からすっくと立ちあがった。
「有難い……。」
逸樹も焦って立ち上がる。
「ここが、若い者たちの待機所ですね。普段は国中を回って目星をつけた貧しい家庭など訪問しているために、ガラガラなのですけど……今は活動自粛中なもので……暇を持て余しておる次第でして……。」
「ポンッ」「リーチ一発!」「猪鹿蝶で5文だっ!」
キセルや紙巻きたばこの煙で霞んでいる部屋の中には、数台のマージャン卓と花札テーブルがあり、それぞれ4人ずつの若い衆が賭け事に興じていた。それぞれの席脇には、チップではなくお札が何枚も積まれているようだ。
「うちの配下には現在30人ほど若いものがいますがね……子供の買い付けや配送を行うので、これくらいは必要なのですが……自粛期間中はこいつらをおとなしくさせておくのも大変な状況で……先日も酒飲んで暴れて、あわや官憲の手にかかりそうになったやつが……頭が痛いです。
こっちが奴らの寝所です。」
さらに隣の部屋は、広い板の間に木製の2段ベッドが何列にも並べられていた。いわゆる雑居部屋だ。
「こちらが、若頭たちの部屋です。」
若い衆をまとめる若頭の部屋は個室のようで、壁際に机が置いてあり、押し入れがある部屋が3部屋並んでいた。他には何も置いてなく殺風景な部屋ばかりだった。
「ここが食堂とその先が調理場ですね。若い者たちで交代制で掃除当番や炊事当番をさせております。そのほうが独立してからも、困らなくて済みますからね。」
20畳ほどのテーブルと椅子が並ぶ大部屋の奥には、フライパンや鍋などが並ぶ調理場が見える。食堂の女中を雇うことなく交代制で自炊させているようだ。
「この先は……うちの家族の住まいでして……こちらはよろしいでしょうな。
さて……この廊下の床板を外すと……隠し階段が出てくるのです。地下へ通じているのですね。」
若頭の部屋の先は渡り廊下となっていて、離れへと通じているようだが、そちらは鬼頭の住まいのようだ。
渡り廊下の手前の縁台となっている廊下の床を鬼頭が拳で軽く叩くと床板が少し浮き上がり、そこに指をひっかけて持ち上げると地下へ続く階段が現れた。
階段を下りた先は、薄暗くじめじめと湿った空間だった。
(かなり用心深い造りになっているようだな……屋敷に入ってから応接間があり、次が若い衆の待機所があって食堂があって……その奥に隠し扉みたいにして地下へ通じている。普通に入って来ただけでは、若い書生を何人も養っている金持ちのお屋敷にしか見えない。
若い衆たちの身の回りの世話すらも、自分たちでやらせているからな。ここの本当の姿を知っていない限り、摘発などもされないだろうな……せいぜいやくざ者……くらいにしか見えないし、抗争用の武器を置いているわけでもないから、警察も手が出せないだろう。)
「この先は子供たちを1時的に収容しておくところです。突然活動自粛となってしまったもので……今でも数人子供がおります。まさか始末……なんてかわいそうなことは出来ませんからね。早いところほとぼりが冷めることを、子供たちともども祈っております。」
いつの間にか鬼頭の手には火がついたランタンがあり行く手を照らすと、土間の通路の両脇は太い角材で格子に組まれた座敷牢となっているようだ。それぞれ2畳ほどの広さに区切られていて、中には寝そべっている子供がいる牢もあった。しかし明りで照らしても、背を向けたままで子供は動こうともしない……。
「別に死んでいるわけではございません……太り過ぎると買い手がつかない場合があるものですから……自粛期間中は特に食事を制限しておりましてね……このような狭い場所では運動もろくにできませんから、食っちゃ寝……と言う生活は、不健康に太りますからね。
ギリギリ1日過ごせる程度に絞っている為……子供たちが動くのは日に一度の食事時だけですね。
自粛期間が終わることを願っているのは、子供たちの気持ちの方が強いかもしれません……。」
動かない子供たちの背を眺めながら、鬼頭は眉をひそめた。あたかも自粛を続けなければいけない現状が、子供たちのためになっていないとでも言いたげな様子で……。
延々と続く座敷牢は、20を数えた。そのうち子供がいる牢は7つで、7人の子供が囚われているようだ。
「かきいれ時には、一部屋に3人から4人の子供を1時的に入れますから……それはもう騒がしいのですよ。
ここがこんなに静かなのは……私の代になってからなかったことです。嘆かわしい事です。」
座敷牢の終端迄案内した後、鬼頭が反転して戻って来た。
「いかがですか?うちの施設などこんなものです。手のかかる人様の子を扱うために若衆は大勢いますが、これと言った設備も装置も必要ありませんのでね……麻薬密売部門と違って何もなくてがっかりしましたか?」
逸樹とのすれ違いざま、鬼頭が逸樹の顔をちらりと覗き込みながら声をかけてきた。
(子供たちは、生きているぎりぎりの状態で監禁されている。逃げる気力さえ湧かないほどにな……ここでの暮らしに比べたら、売られた先での生活は天国のように感じるのかもしれんな。従順に何でも言うことを聞くのだろう。そりゃあ……お客は喜ぶはずだ。
連邦中を網羅するほどの巨大組織になり上がった訳は……殺し部門のおかげだけではないようだな。)
「いや……あの……その……子供たちの世話をしている場所など……大変参考になりました。やはりその場へ行ってみて見ないと分からぬもので……。」
逸樹はなるべく下心を探られないよう、感心したように何度も頷きながら答えているようだ。
「では……ご満足いただけたようで、安心いたしました。
いずれ……お手数をおかけすることになるかと思いますが、その節はよろしくお願いいたします。」
鬼頭に見送られて屋敷を後にした。
(さて……これからどうする?すぐ通報するわけにもいかないよな。)
(裁判が始まるのが月曜からと言っていただろ?明後日と言うことは……明日には証人たちが送られてくるはずだ。裁判所の手前で襲われると、この前の占いに出ていた。まずはその救出に向かおう……何もしなくても助かるのかもしれないが、何か手助けできることがあるかもしれない。)
(分った)




