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リモート  作者: 飛鳥 友
第4章 今回は孤独な殺し屋……はたして彼は死地を乗り越えることが出来るのか?
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任務失敗でも……

24.任務失敗でも……

「ああっと……おいっ……馬車を見失っちまうぞ!もっと急げ!」

 同行している若者が、客車の中から御者へ大声で指示を出す。


「待て待てっ駄目だ!……すぐ後ろをついて行ったら、如何にも尾行していますと相手に丸分りだろ?常に2,3台間に馬車を置いて……目立たないよう追うんだ……いいか?」


「へっ……へい……分かりやした。」

 貸し切りではなく支部で持っている自家用馬車を借り、ジャックたちの乗る貸し切り馬車を尾行する。用心深く何度も同じ通りをぐるぐると回りながら、次第に郊外へと馬車は移動し、やがて山の方へ向かった。


「ううむ……またもや失敗か……。」

 馬車の窓から変わって来た風景を見ながら、男たちがうなだれる。


「うん?失敗とはどういうことだ?」


「へいっ……総元締めたちはあの冒険者に捕まって、どこかで拘束されているはずです。そこは警察署ではないようですが、牢がある場所と想定しておりやす……頑丈な牢でなければ総元締めたちは簡単に逃げ出せますからね……ですから街中かせいぜい郊外のはずです。こんな山へ向かうのは、俺たちの尾行をまくためで……」


「ほお……そう考えて、これまで途中であきらめてきたのだな?だが分からんぞ……この山の向こうに牢があるかもしれない……別にちゃんとした施設でなくてもいいだろ?逃げないような工夫さえされていればね。」


「はあ……でも……親方からは……」


「元締め代行の喜八さんに言われているのか?確かにそうも考えられるのだが……あまり先入観を抱きすぎるのは、良くないと思うぞ。とりあえず、今日はしつこく尾行してみよう……いいかい?」


「へ?へいっ……そうですか……無駄足とは思いますけれどね……分かりやした。」

 逸樹に促され、一度はあきらめかけた尾行を再開する。



「じゃあ、ここからは歩くぞ……。」

『ええーっ……歩き……ですかい?』


 ジャックたちの乗る馬車は高松町郊外の山脈の中へ分け入り、そこからジャックたちは大きなリュックを背負って歩き始めたので、徒歩で追跡するというと、同行する若者たちは途端に不満顔を見せた。

 何せ登山どころか、街中ですら長距離は歩けそうもない軽装なのだ。


「じゃあどうする?今日はあきらめて街へ戻って明日出直すか?」

「はあ……そのほうがよろしいかと……。」

(だめだこりゃ……)


「分った……、じゃあ明日は登山できるような支度をしてくるんだぞ。」

「はあ……分かりやした……でも……どうせ無駄足ですよ……ここへ来る途中のどこかに隠れ家に通じる道があるのでしょうがね……尾行に気付かれて山の中へ逃げ込んだだけでしょう。」

 折角途中まで尾行できたのだが、山道の入り口であきらめて帰路につくことになってしまった。



「ひえー……ちょ……ちょっと一服……させてください……。」

 翌日は厚手のわらじを履いて、水と携帯食を風呂敷包みで持ってきた若者たちと一緒に山道を歩きだしたが、30分も経たないうちに皆グロッキー状態で、休憩を要求したと思ったら勝手にキセルに火をつけだす。


「どうせ今日も、総元締めたちを拘束している牢には行かないと思いますよ。途中から俺たちの尾行に気づいて、行くのをやめたのでしょう。」


「まあ、そうとも考えられるし、どうせ毎日行く必要性はないのだから……尾行を混乱させるために普段はただ単に山歩きだけをしているのかもしれない。」


「ひっひえー……だったら……完全に無駄足って事じゃあないですか……」


「だから……そのうちに総元締めたちのところに向かうはずだ……このところ毎日山へ向かっているというのであれば、恐らく監禁場所はこちらの方向で間違いはないと思うぞ。」


「ですから……頑丈な牢がある場所でなければ、総元締めたちを拘束して置けるはずはないわけで……まさか両手両足を拘束して転がしておくような真似は……流石に人道上していないと思っておりますからね。恐らくすぐに尾行に気づいて、反対方向の山へ向かったのでしょう。行っても無駄ですよ。」


 どうにも組織の連中は、街中の牢獄以外捜索するつもりはない様子で、山のどこかに拘束場所があると推測する逸樹とは真逆の考えだ。おかげでまじめに尾行しようとせず、すぐに疲れたと休憩ばかり要求するため、ジャックたちを見失ってしまい帰路につく羽目に陥る。


 さらに長距離歩いた翌日は筋肉痛とかで若者たちはやって来ず、逸樹一人だけでは自家用馬車も使えない有様で1日待機せざるを得ず、来たとしてもすぐに音を上げる若者たちのおかげで、ジャックたちの向かう隠れ家へ辿り着けないでいた。



「ジャックたちは総元締めたちを拘束している牢屋へは、一切出向かないよう注意しているのでしょうな……恐らく1ヶ月分の滞在に十分な携帯食など、備蓄してあったのでしょう。折角応援いただいて尾行しても、全くの徒労に終わりましたな……もう、この辺でお開きということにいたしましょう。」


 同行する若者たちのあまりにもふがいなさに、文句をつけようと石鹸屋へやってきて元締め代行に苦情を言おうとしたら、これ以上の尾行は無駄だと言われてしまった。


「いや……それは分からないだろ?数人いる証人たちの1ヶ月分となると、食料だけだって大変な量だ。定期的に運んでやらないと、とても持たないと思うのだが……?」


「ですが……奴らは一向に拘束場所へ向かおうとしなかったでしょ?大きなリュックを背負って山歩きしているだけですからね。尾行をまいた後の帰りに寄っているのかと考え、何回かは貸し切り馬車の近くに待ち伏せして帰りも尾行して頂いたそうですが、そのまま家へ帰るだけとの報告を受けました……。


 山奥に拘留施設など作れるはずもありませんからね……突貫工事で大勢の職人を雇って施工していたら、丸分りですからね……もうあきらめて、証人たちを護送するときを狙うことにいたしましょう。長い間ご苦労様でした。」


 石鹸屋地下の応接で、元締め代行が頭を下げる。彼が座るソファの後ろには、一緒に山道を歩いていた若い奴らが並んで立っていて、満面の笑みを浮かべながら元締め代行と一緒に頭を下げた。


「裁判は1ヶ月後と聞いていたが、まだ3週間しか経っていない。もうあきらめるのかい?」


「いや……あの……その……」

 逸樹の問いかけに戸惑う元締め代行の態度に対し、若い奴らが顔を上げ元締め代行を睨みつけるようにしながら大きくうなずく。


「はあ……もう十分です。ありがとうございました。これは……これまでお助けいただいた、お礼です。」

 背後の気配を察した代行はそういって、茶封筒を差し出した。


「いや……報酬は成功報酬と聞いている……尾行に失敗して救出することが出来なかったわけだからね。これはいただけない。」

 逸樹はその封筒をそのまま付き返した。


「ですが……何も支払わないわけには……」

「いや……宿代を持っていただけただけで十分だ。尾行はあきらめるなら、これで失礼させていただく。」


「そうですか……なにか……申し訳ありませんでしたね。こちらとしても何もせずにただ見守っているわけにもいかず……でもありがたい助っ人様に来ていただき、努力しているという形だけは周りに見せることが出来ました。ありがとうございました。これは……首領へお礼の言葉をしたためた手紙です……。」


 元締め代行は麻薬密売の首領への礼状を手渡してくれたので、急いで宿へ戻り引き払って、畿東国へ戻ることにした。


(いやあ……尾行の邪魔をするつもりでやって来たのに、ふがいない若者たちのおかげで、何もせずとも尾行は失敗だった。わざと尾行を失敗させて怪しまれないで済んだから助かったな。礼状を頂けたから、これで首領もお前のことを信用してくれるだろう。戻ったら早速人買い組織のことを教えてもらうとしようや。)


(ああ……だが……彼らの期待に応えられなかったのは……残念だ……)


(おいおい……麻薬密売の総元締めたちを逃がす手伝いをしたかったということか?それは間違っているぞ!そりゃあ……悪い奴らは奴らなりに連帯感があり仲間意識を持っているし、仲間が捕まれば救出したいと考えるだろう。だが……もとはと言えば自分達が悪いことをしているから捕まったんだ。


 正式に裁判にかけられて罰が決まり、服役して刑に服さなければ禊が終わったとは言えない。脱獄させるなんて持ってのほかだぞ!首領の奴なんか、逃がすことが出来なければ始末しろ……なんて言っていただろ?そんな奴らに協力することはない。これでよかったんだよ!)


(ああ……そうなんだだろうな……)



「大変ご苦労でした……高松町の連中も、逸樹殿の頑張りを大変誉めておりました。なにせ、尾行を混乱させるために総元締めたちの拘束場所へ一切向かわず、ただ山歩きだけしているにも拘らず、必ずいつかは向かうはずだと山道を追い続けた……とお聞きしましたよ……。


 おかげで若いものたちも、あきらめずに地道な努力の積み重ねを厭わない姿勢があるからこそ、凄腕の殺し屋になれたのだと理解できたようですし、何より若いものたちの体力が上がったと喜んでおりました。


 ただ頑張ればいいと言う訳ではないのですが……高松町の奴らが毎日山歩きして拘束場所を捜索していたということは、すでに組織中に伝わっておりますし、残された者の顔もたったと喜んでおりました。」


 またまた3日かけて畿東国の王都へ戻ってきて、こけし工場へ報告に来たら、散々な結果だったというのに予想外に感謝されてしまった。


(ううむ……石鹸工場の奴らは慣れない山歩きが本当に大変で、それでも逸樹が頑張るから付き合わざるを得ず、毎日筋肉痛でそこから逃れたいので、体のいいこと言って逸樹を追い払ったのだと思っていたのだが、違ったのか……奴らはあの程度の捜索で満足していたということか。


 とりあえず礼状はもらえたから信用は勝ち取れたと思ってはいたんだが……こうまで感謝されるとはね。)


(ああ……ジャックとかいう冒険者が、うまく証人の総元締めたちを隠し切ったということだろうな……普通は想像だにしない……恐らく山の中に隠れがあるはずと俺は考えているのだが……)


(ああ……さすが逸樹だな……正解だ……)

(うん?お前は……隠れ家の場所を知っていたのか?)


(いっ……いや……まさか……この間占った時に……証人たちを連れて行くのに山の方へ向かった映像がちらっと見えていただけだ……まさか……と思ったから口には出さなかったけれどもな……)


(ああそうか……だったらそう言ってくれていれば……俺としてももっと強く奴らに山道での尾行を提案できたはずなのに……)


(いや……だから……尾行がうまくいって、拘束場所が分かってしまうと駄目なわけだろ?証人たちを逃がすことも始末することもしたくなかったわけだからな……だから……これでよかったんだよ。

 組織も喜んでいるし……いいじゃないか……これで他部門のことも聞けるだろ?)


(ああ……そうだったな……)


「それでその……畿東国の人買い組織の事なんだが……教えていただけるのだろうか?今からでも停滞案件の確認をしておきたいのだが……。」


「ああ……そうでしたね……では兄のところへ参りましょう。」

 元締めとともに事務所から工場へ降りて、中央通路脇の旋盤のところへ歩いていく。



「人買い部門の支部は、王都の外れの方にある……場所は……確か……北区錦町の……大きなお屋敷だから、行けばすぐに分かるはずだ。行くのであれば電話で……ああそうか……組織内の電話連絡は禁止されていたはずだな……薬売りの熊谷からの紹介と言えば、上げてくれるはずだ。


 かなり用心深いから顔見知り以外の客は、ほぼ拒絶されるでな……。」

 今日も旋盤のところでこけしに手を加えていた首領は、親切に応対方法も教えてくれた。


「ありがとう……世話になった。」

 丁寧に礼を言って、こけし工場を後にする。

 通りへ出て乗合馬車を乗り継いで王都郊外へ向かった。



(住所から言うと……この長い塀の向こう側のお屋敷がそうなんだろうな。)

(ああ……ずいぶん儲かる商売のようだな……)


 教えてもらった住所を頼りに馬車を降り番地を辿って行くと、はるか向こうの通り迄延々と瓦屋根の塀が続いているようだ。こちら側の面には門扉が見当たらないので、広い通りの方へ歩いて行って曲がってみると、はるか向こうの方に大きな門扉が見えた。


「薬売りの熊谷爺さんの紹介できた、逸樹というものだ。元締めにお会いしたい。」

 ようやく門扉まで辿り着いて、通用門の前に立番している門番に用件を告げる。


「少々お待ちください。」

 門番が通用門のわきにある電話型のインターホンで、中に問い合わせをしてくれている。


「中へお入りください。」

 すぐに門番に促され、通用門から中へ入っていく。



「麻薬密売組織からの紹介のようですが……どのようなご用件でしたかね?」


 塀の向こう側は広大な広さの庭となっており、形よく整えられた松があちらこちらに植わっていて、池には小さな橋までかかっている。まさに庭園風景だ……。


 門番の一人に案内され置石を踏みながら母屋へ向かい、引き戸の玄関から上がり長い廊下を渡り通された先は大きな応接間であった。20畳ほどの広さの畳敷きの部屋で、掛け軸が飾られ花が生けられた床の間が見えるだけで他には何もない。ふかふかの座布団に座っていたら、背の高い中年男が襖を開けて部屋に入って来た。


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