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リモート  作者: 飛鳥 友
第1章 鬼畜と呼ばれたパーティにさえも見捨てられた超人見知りのこいつは、どうやって生きていくのだろうか?
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帰還

7.帰還

「ここでいいのかい?ここがお前さんの住みかというわけか……どうしてたった一人だったのかよくはわからんが、お仲間と再会できるといいな……。もしこの先お仲間と一緒にダンジョンへ向かうことがあったら、俺を呼んでくれ。お得意様割引きで安くしとくよ……じゃあな。」


 王都からダンジョンまで行きは馬車と徒歩で3日だったが、街道から馬車だと1日半で着いた。余程イチを気に入ってくれたのか、ダンジョンに向かうことがあったら自分を指名するよう、御者の連絡先を書いたカードを渡された。


(ここがお前たちが借りていたアパートか……木造の……集合住宅……ふうむ……ひっ一部屋のみか?こんな狭いところに、4人で住んでいたのか?)


 イチが戻ってきたのは、8畳くらいの一間に押し入れがついただけの、簡素な造りの部屋だった。


(ほう……トイレとキッチンは……共同か……風呂は……近所の公衆浴場か?まあ、野宿よりははるかにましだし……どうせダンジョンへ行っていれば、何日も部屋を開けておくんだものな……寝れるだけで十分ということか。4人でそれぞれ宿をとるよりも……割安ということで部屋を借りたんだな?)


 イチがこくりと頷く。


(それにしても……やっぱり仲間が帰ってきた様子はないな。出た時と、部屋の中は変わっていないようだからな……イチとはぐれたんだから……戻ってきたときのために書置き位あってもよさそうだからな。

 これからどうする?)


(冒険者組合……)


(そうか……ギルドということだな?よし……じゃあ、書置きおいてから出るぞ。イチです、無事に脱出しました。みんながいないので組合へ出かけてきます……と書いておけば、行き違いがあっても分かるだろ?)

 イチは言われるままに書置きをテーブルの上に置き、部屋を出た。



(どうした?この大きな建物が、冒険者組合の建物なんだろ?ぼーっと立っていて……自動ドアなのか?)

(じっ……自動……???)

(ああ……そんなんじゃあないんだな?だったらどうして中に入らない?)

(どどど……どう……すれば……)


 恥ずかしい話だが……組合受付でのクエスト申請や清算などすべては、チームリーダーであるゼロが執り行い、イチはその間サンたちの面倒を見ていたため立ち会ったこともなく、どうやっていたのか手順すら知らない。全てゼロ任せだったのだ。


(はあー……対人恐怖症……なんだものな……これから人と会って話すということを考えただけで、心臓が高鳴って息が荒くなってくるのが伝わってくるよ。

 そうは言っても俺だって、冒険者組合の手続きなんて知らないよ。組合員証とかないのか?)


(あっ……ある……)

(だったらそれを、受付に出してみろ。そうして名前を言うんだ。そうしなければ、仲間のことなんてまるっきり分からないぞ!頑張って、受付で聞くんだ。いいな?)


(わ……わかった……)

 通い慣れた冒険者組合入り口のドアを開けると、ドアの上に取り付けられた呼び鈴が呼応して甲高い音を立てる。イチは意を決して、これまで立ち寄ったことのない受付カウンターへと歩み寄っていった。


「あああ……あの……。」


「はっ……はい……失礼いたしました。どのようなご用件でしょうか?」

 カウンター奥の方で、伝票整理に追われている女性へ背中越しに声をかけると、女性は急いでイチの方へ寄ってきて、用件を聞いて来た。だがイチは、手にした冒険者証をカウンターに乗せたままでうつむいている。


「はい……イチ様……ですね?どういったご用件でしょうか?」

「……………………」


 ところがイチは耳たぶまで真っ赤にしてうつむいたまま。何か言おうとは思うのだが、頭が真っ白になって言葉が出てこない。


(はあ……美少女には平気で股間を見せたくせに、大人の女はだめなのか?というより、大人がダメなんだな?ごつい男だけが苦手かと思っていたが、きれいなお姉さんもダメとはな……変な応対して馬鹿にみられるのが嫌なんだな?妙に自尊心だけは高いということか……ふうむ……。


 男でも女でも……イチは精神年齢が低いから、自分より年下相手でないとまともに話せないんだろ?)


「なんでしょう……おひとり様で……クエスト申請でしょうか?それとも清算?お客様のチームの活動状況を確認させていただきますね?えーと……イチ様のチームは……ハッチですね?少々お待ちを……。」


 気の利く受付嬢のようで、何の反応もないイチの冒険者証からチーム名を検索し、チームが何をしているのかから、用件を探ろうとし始めた。


「えーと……チームハッチのイチさんですね?畿西国との国境に面した95番ゲートのダンジョンクエストを申請中で……申請後13日経過しておりますが……未だに清算は行われておりません。

 お一人で……清算にお見えになられましたか?」


 受付嬢の言葉に、イチはブンブンと音がするくらい勢い良く首を横に振った。


「クエストを取りやめるのでしょうかね?何か突然の用事が出来たとかで?

 ……そうではない……困りましたね……何かの用事で……いらっしゃったのですよね?」


 何も話さずうつむいているが、受付嬢の問いかけに首を振るという意思表示は見せるイチ。何か用件があって訪ねてきたのは分かるのだが、会話が成り立たないので困り果てていた。


「えーと……どなたか……同じチームのかたとか……いらっしゃいませんか?」

 受付嬢は少し屈みこみながら、カウンター前でうつむくイチの顔を覗き込むように尋ねてきた。


(おーい……いい加減にしろ!相手にえらい迷惑だ。困っているだろうが……仲間のことを聞くんだろ?ダンジョンで仲間とはぐれましたと正直に言うんだ。)


「だっだだだ……だれも……いない……だだダンジョンで……ははは……はぐれた……。」

 イチが聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声を、ようやく発した。


「ダンジョンで、お仲間たちとはぐれたということでしょうか?」

 受付嬢の言葉に、ようやくイチはこっくりと大きくうなずいた。


「それはお困りでしょうね……お仲間のお住まいは、ご存知ですか?お訪ねになりましたか?」

(ふう……ようやく通じたな……)

イチが何度も大きくうなずく。


「お住まいを訪ねていらしたということは……いらっしゃらなかった……そうですか……先ほど申し上げました通り、クエストの清算は行われておりません。ですので、お仲間の方たちがこちらに直接いらっしゃったということはないようです。そうなると……ご心配ですね?」


 受付の女性はカウンターの向こう側で、台帳のような分厚い見開きのページを、何度もめくっては戻しを繰り返したのち顔を上げた。よく見るとそれなりに若い……20をちょっと超えた程度だろうか。


 細面の顔は端正なつくりをしていて、鼻は高く目も大きめではあるがつんとした感じはなく、親しみを持てるかわいらしい感じがする美女だ。


(いいぞ……ほとんど話せなくても何とかなるもんだな……だが……捜索隊は、自分で願い出ないといけないぞ。なんせ保険料がかかっているんだからな。)


「そそそ……捜索……ねっ願い……おおお……お願い……しっします……。」

 イチはようやく声を絞り出した。


「捜索願いですか?そうですねえ……先ほども申し上げましたが、まだクエスト申請から13日しか経過しておりません。片道3日のダンジョンで、広さから言ってB−クラスパーティで4日で最下層到達ですと往復14日は通常かかります。最低14日、通常ですと20日くらい待ってからでないと、捜索隊は出せません。


 怪我などしてダンジョン途中でとどまっている可能性もありますから……しばらくお待ちください。」

 そういって受付嬢は頭を下げた……捜索隊が出せないだって?


(そんなルールがあるのか?だけど……別ルートからやって来たパーティも、仲間に会わなかったと言っていただろ?無事でいれば既にあの洞窟にはいないはずだ。怪我して何処かに隠れている可能性があるからと言って、すぐに捜索隊を出すように交渉しろ!保険をかけてあるんだから、そういえば何とかなるだろ?)


「だだだ……出せない?ベべべ……別……ぱぱパーティ……なっ中で……あああった……けっけど……ななな仲間……みっ見てない。すすす……すぐ……しゅ出発ししし……しないと……くっ食われちゃう。にっ2週間たって……ない……けけけけど……たたた……多分……けっ怪我してる。


 そっ……そうだ……ほほほほ保険……あああ……ある……でしょ?」

 イチは勇気を振り絞って、捜索するよう交渉した。


「えーと……大変申し上げにくいことなのですが……チームハッチの場合はですね……これまでに研修生の不明者が5組も出ていまして……都度捜索隊を派遣しておりまして……保険料が5回目以降は3倍となるという規定があるものですから……保険をかけずにクエストを行うという、異例の申請が行われております。


 そのため捜索隊費用は……有料となってしまうのですが……どの道ですね……今は主要な上級冒険者が出払っておりまして……軍隊も王宮の警護に手いっぱいの状態のようでして……お気の毒ですが、恐らくあと1ヶ月ほどは……捜索隊の派遣は無理と考えます。」


 受付嬢が言いにくい様子で、イチの顔色を窺うようにして言葉を選ぶ。


 顔を真っ赤にして興奮気味のイチがいつ怒鳴りださないか、冷や冷やなのだろう……だがしかし……保険料が未払いだって?いくら3倍になったからと言って……それだけでやめてしまうとは……トラブルなしで実績を重ねれば、どんどん値引きされていくはずだというのに……。


 アパート代の支払いや装備の修理費用に食材の購入など、チームの財務担当はニイが一手に引き受け、資材の購入などはサンとヨンが共同で行っていた。対外交渉に向いていないイチは、炊事と掃除当番だけで、その他の時間は、ただ自分の修業に明け暮れていただけだ。


 だが……ダンジョンに入ったら、後方支援に当たるはずの弓使いのイチが前衛となり、突進してくる猪系魔物たちに対しても、絶妙な狙撃の腕を見せて一蹴してきたのだ。それなりに各自の役割を果たしてきているつもりでいたのだが……。


(おいおい……お前のパーティの台所事情は……どうなっているんだ?保険もかけずにダンジョン挑戦とはな……メンバーのお前が何にも知らないのは……非常に情けないことだぞ。何の相談もなしに保険なしでダンジョンに入って……挙句の果てに全滅か?大したもんだな……


 いや待て……そうだな……やっぱりダンジョンで出会ったサーティンが言っていた言葉が気になる……奴のところへ行って、イチのチームの何を知っているのか聞いてみよう。

 どうやら奴は、こうなることを判っていたようだからな……)


「わわわ……かった……ほほほ……保険……ない……ああああきらめ……る。ばばば……莫大な……そそそ……捜索……ひっ費用は……むむむむり……。ももも……もし……めめめ……メンバー……きっ来たら……いいい……イチ……ぶぶぶ無事……伝えて……。


 おおお……お世話……ななな……なりました。」

 イチはおとなしく頭を下げて、冒険者組合を後にした。



 再度アパートに帰って自分の荷物をまとめ、リュックに入れて担いで部屋を出る。大家さんには半年分の家賃を前払いしておくから、この部屋はそのままにしてくれとお願いしておくことにする。行方不明になった仲間たちが戻ってきたときのために、ここを引き払うわけにはいかないからだ。


 その代わりに、ゼロ達の荷物の中から勝手に一つづつ抜き取らせてもらった。

(形見……ということか?)

(……………………)


(まあいいだろう……そういうのも必要だよな?家族として育った仲間だものな?それよりもどうした?自分のバッグの中をまさぐったりして……)

(いや……)

 イチが孤児院前に捨てられていた籠に一緒に入っていたという、汚いナイフがなくなっていた。


 イチの肉親に繋がる唯一の手掛かりともいえるものだったが、捨てられた当時神父さんが手をつくしたが、母親の足取りはつかめなかったと言っていた。宝飾もない白木の柄に白木の鞘の短刀は見るからに薄汚く、身に着けていたぼろとともに捨てようとも考えたそうだが、念のためにと神父さんが残したと聞いていた。


 守り刀であるならばと……ダンジョンに挑戦に行くときは必ずその刀に無事を祈ってから出発するため、出発前はあったはずのものだ。柄もボロボロで使えないのだが当時の状態を残すため、修繕にも出していない。そのため通常はダンジョンには持ち込まないのだ。


(サーティンの奴が言っていた生贄……ってのがイチのことだとすると……それこそ仲間のうち誰かが、イチの形見として持ち去ったのかもしれないな……住処には戻ることはないだろうって言っていたよな?

 まあイチが、それぞれの荷物から形見を持っていっても……おあいこだ……)


 仲間たちの季節による衣替えの服など、そのままにしてあり、もう一度戻ってくることも十分想像できたが、思い起こせばイチたちが生まれ育った蝦夷国で、チームを立ち上げ冒険者として活動していたのだが、訳合って夜逃げ同然で畿東国へ移転してきたのだ。


 その時は身に着けられる程度の荷物以外は全て置いて来た。クエスト完了後、冒険者組合へ清算のためによることもなく、夜通しかけて国境を越えたのだった。そう考えると、今回の様子もその時に似ていないこともないな……とイチの脳裏に好ましくない思い出がよみがえってきた。


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