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リモート  作者: 飛鳥 友
第3章 またまた超人見知りの少年は、窮地を脱出できるのだろうか……
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脱出

27.脱出


 馬車が停車するとほぼ同時に馬車屋根の幌に幾つもの穴が開き、炎が上がった。


「火矢を射かけられた……急いで逃げ……ちいっ……御者はとっくに逃げちまったか。金を握らされていたのか?わざと裏通りを通って裁判所へ向かったな……」


 ジャックがのぞき窓から御者席を確認して舌打ちをする。不燃布で作られた幌は、燃え広がることはなく黒い煙を上げながら、くすぶり始める。それでも火矢には油が染み込ませてあるのか、火が消えることはなく火の粉が天井から降って来た。


「この世界のあらゆるものに……」

(火を消そうとして雨を降らせるつもりなら、今は緊急事態だから初級の水流魔法でいいからすぐに唱えろ!)


「母なる海を司る水の神よ、我にその力を貸し与え敵を水の底に沈めよ……水流!」

 美都夫の手のひらから水がほとばしり出て天井の幌へかかり、すぐに炎を鎮火することが出来た。


(消してから長い呪文を唱えて雨を降らせろ!)


「この世界のあらゆるものに恵みを与える天の神よ、その大いなる…………」

 美都夫が唱えると、今度は1回で雨が降り始めた。その間も火矢が何発も幌に突き刺さってくる。


「こっちを警戒して、まずは火矢であぶりだそうとしたようだな……直接襲わずに遠巻きから攻撃を仕掛けるつもりのようだ。腕がいいな……4,5百mは向こうから撃ってきていやがる。これくらいの距離だと、さすがの美都夫でも反撃は無理だろ?」


 客車最後部の窓から裏通りを覗いているジャックが、振り返って問いかける。


「無理だよ……初級の炎系魔法じゃ、せいぜい20m位までだよ、まともにあたるのは……届くだけだって百mは厳しいんじゃないかな……」

 美都夫が残念そうに答える。


「おいおい……それじゃあ早く逃げだしたほうがいいんじゃないのか?こんな幌……いくら分厚くても所詮は布だ。いずれ破れて大きな穴が開いて直接矢が突き刺さっちまう。逃げるなら今のうちだろ?」

 密売人の元締めが、客車のドアに手を伸ばす。


「馬鹿野郎!この状態で逃げだそうとしたら、すぐにハチの巣だぞ。通りの角までまだ50mはあるから、走り出す間もなく簡単に狙い撃ちされてしまう。袈裟の下に鎖帷子を着せてはいるが、矢じりの先に毒でも塗られていたならイチコロだ。それくらいやってくる連中だからな。火矢を放ってきているうちはまだましなんだ。」


 ジャックがすぐさま押しとどめると、男は反射的にドアノブから手を放し、飛びのくように座席へ戻った。


(だが参ったな……このままだとじり貧だ。さっきの男が言ったように、客車の幌程度だとそれほど持たないぞ。いずれ破れて矢の餌食になるのが見えている。


 敵はジャックの凄腕を認識しているのだろう。だから決して力押ししてこない。遠くから矢だけで攻撃して、射止めるつもりのようだ。かなり腕のいいスナイパーを雇ったようだな……。)


 雨を降らせ続けているので火の手は上がらないが、矢は幌に穴をあけ続け、客車内も雨降り状態となって来た。座席のシートも濡れ、乾いた場所はどこにもなくなっていた。


”ヒューーーーパンッ”沈黙と絶望感がひしめく中、打ち上げ花火の飛翔音のような音が路地中に響き渡り、破裂音とともに屋根に開いた穴から黄色い光が差し込む。


「ちぃっ……悔しいが仕方がないか。」


 突然ジャックがつぶやくと、腰にぶら下げた袋に右手を突っ込み探った後、一本の竹筒を取り出した。屋根に刺さっている矢を数本押し出し、開けられた穴に筒の先端を差し込む。筒の根元から出ている紐を引っ張ると小さな破裂音と火薬のにおいが漂い、甲高い飛翔音が鳴り響いた後、客車内が青白い光に照らされた。


「ようし……援軍が加わったぞ。」


 客車の後部窓から路地を覗き込むジャックがつぶやく。美都夫も覗き込むと右手のビルの屋根の上から無数の矢が放たれ遥か路地奥を攻撃していた。同時に先ほどまで途切れることなく届いていた火矢攻撃が治まる。


(なんだか知らないが、本当に援軍到着のようだな。火矢を放っていたやつらを、ビルの上から矢攻撃を仕掛けて後退させたんだろう。発射地点は上から見たら丸わかりだっただろうから、直接当たらなくても攻撃を止めさせることは可能だ。矢を避けながら照準を合わせるなんてこと不可能だからな。)


「よしっ、今のうちだ。馬車は……動かせなさそうだから、ここから走るぞ。なあに……路地を出てさえしまえば、攻撃できないはずだ。さすがに表通りでドンパチは……しないと……思う……。」

 最後はちょっと自信なさそうだったが、ジャックが客車のドアノブに手をかけて脱出を指示する。


「路地を出てすぐに右手の建物なんだな?そこへ逃げ込めれば助かるんだな?」

 すぐに元締めたちがジャックに行き先を再確認する。何よりも命が惜しいから、危険を承知して付いてきたわけだ。身の安全最優先だろう。


「そうだ……裁判官にはすでに話を付けてある。もし仮に俺がいけなくても、麻薬密売組織の黒幕の証人だと受付でいえば、すぐに保護してくれる手筈だ。安心しろ。


 いいか……馬車を飛び出たら、後ろを振り向かずにダッシュで行けよ!分かったな?美都夫……悪いが先導してくれ。滑ると困るから、雨は止ませてくれ。」

 ジャックは美都夫に先導を命じ、降り続かせていた雨をやませるように指示した。


「分った。」

 先ほどから繰り返し唱えていた呪文を取りやめると、すぐに雨は止んだ。


「よしっ、走っていけ!」

 ジャックが一旦客車の外に出て、ドアを開けるよう保持したまま美都夫たちを急かせる。


(ようし……転ぶなよ。)

(うん、気を付けるよ。)


 すぐに美都夫が客車を飛び出て、大通方面に向かって走り出す。後続の足音が聞こえてきて、振り向かずとも証人たちも駆けだしたことが分かった。右手の御者席を見ると、ハリネズミ状態に先が焦げた矢が突き刺さっていて、更に馬車を引いていた馬たちも矢まみれになって、横たわっていて動かない。


 御者が速攻で逃げだしていたことに、なんだかほっとする気持ちであった。


 薄暗い路地から明るい表通りへ出ると、先ほどまでの惨劇など露知らずといった感じで、歩道には人があふれ車道には多くの馬車が行きかっていた。


 ずぶ濡れの僧兵と虚無僧が飛び出すと、瞬間的に人の流れがひき空間が出来た。おかげで今いる場所が分かりやすくなったといえる。


(右手の5段ほど石でできた階段を上がったところに入り口がある。そこが裁判所なのだろ?ジャックが言っていた……石造りの大きな建物だ。)


(多分そうだよ、行ってみよう。)

 階段を3段2段とまたぎ越して駆け上がり、回転ドアに手をかける。そのまま体重をかけてドアをまわして中へ入ると、2人の虚無僧たちが続いて来た。


(急いで受付に行って、証人を連れてきたと申し出るんだ。)


(分った)

 すぐに正面の受付カウンターに行くと、髪の長い美人受付嬢が笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、当法廷へどのようなご用件でしょうか?」


(おお……裁判所で間違いないだろう。麻薬密売組織の黒幕を知る証人2人を連れてきたというんだ。)


「は……はい……麻薬密売組織の……」

 受付嬢が電話でどこかに連絡すると、すぐさま武装した警護が十人ほどやってきて、2人の証人を連れて行ってくれた。


「どうやら無事、大役を果たしたようだな。よくやってくれた……美都夫のおかげだ。」

 証人たちの後姿を見送っているとようやくジャックが到着したようで、息も荒くよろよろと歩きながら近寄って来た。見ると肩やひじ、太ももなどに裂傷があり、出血しているようだ。慌てて転んだのだろうか……


(おい……ジャックが怪我をしているようだ。しかもすごく息が荒くて、立っているのもやっとといった感じだぞ!すぐに治癒魔法をかけてやれ。)


(う……うん……分かった。)

「ジャック、すぐに治療するね……いつの間に怪我をしたんだい?

 生きとし生けるもの全てを御霊う癒しの神よ……」


 美都夫がジャックの肩やひじなどに右手を掲げ、治癒魔法を唱えるとみるみる傷口がふさがって行った。


「ご苦労様ね……別に裏切り者の始末をつけなくても、すぐに御用となってお縄にかかるはずなのに……。」

 裁判所のロビーの真ん中を陣取って回復魔法をかけていたら、背後から声をかけられた。


「十和か……やっぱりな、お前だと思ったよ。助かったありがとう。」

 血止めが終わったジャックが立ち上がって振り向いて、背後の女性に親しげに声をかける。


「礼には及ばないわ、分け前はきっちりいただくつもりだから。」


「ああ……仕方がない。しかし、良く俺たちが襲われる場所が分かったな?十和も右大臣派からお誘いがあった口か?」


「まさか……私の権力者嫌いは知っているでしょ?もし誘われても絶対断るから、最初から声なんかかからないわよ。そうじゃなくて……ジャックが突然消えたでしょ?ほぼ同時に八幡兄弟が旅支度を始めたのよ。


 彼らが裏社会とつながっているという噂は前から聞いていたから、ジャックが姿を消したことと関係があると推理して調べていくと、ジャックが新人冒険者と組んで捕り物をしていたっていう情報を掴んだの。


 これはお金になりそうと思って、急いで八幡兄弟の後を追ったのよ。案の定、火矢用の木製矢を大量購入して王都迄来てから、あらゆる場所の馬車ターミナルを回っていたわ。御者に金を掴ませて抱き込んでいたのね、百人以上の御者に買収を行っていたみたい。相当なお金が動いていると分かり、心が踊ったわ。


 こっちもお金を掴ませて探ってみたら、ジャックの顔写真を見せて、馬車を貸切るはずだから客として来たら連絡するよう言っていたようね。あの2人のスナイパーに狙われて、無事生還したものはないといわれているし、私の助けが絶対に必要になるはずと踏んだわけよ。


 今朝がたからさっきの路地裏で身を潜めていたから、いずれ的がやってくるんだろうと予想して、屋根の上から高みの見物していたのよ。襲われるのが分かっていたけど、下手に教えるよりも窮地を救ったほうがいいものね。感謝されるよりも現金収入よ、これまでに結構な出費があったんですからね。


 それでもすぐに救援が必要かと思っていたんだけど、意外と我慢したわよね……頑張ってたようだけどさすがに動けなかったでしょ?ちょっと自信はなかったけど様子伺いしたら、やっぱり救援要請してきたから報われたわ。


 でも……いくら悪党でも、殺すことなかったんじゃあないの?」


 十和と呼ばれた女性は、長い髪をさらりと右手で撫でた。年のころなら20代後半、面長で目鼻立ちがはっきりとした、かなりの美女だ。しかしその手には可憐さにそぐわない、大きな弓が握られていた。


(彼女の射撃に助けられたということのようだな……彼女が屋根の上から弓を射かけて、火矢を放っていた八幡兄弟とやらを後退させたのだろうな。もしかすると、のろしのように上がった花火が、救援の合図だったのかもしれない。ジャックもそれに答えたのだろうな。そうでなければ、あまりにもタイミングが良すぎる。)


(きっとそうだよ。でも……おかげで助かったんだね……感謝。)


「悪の黒幕に使われるなんて、冒険者の風上にも置けないやつらだ。殺すつもりはなくて、逃げられるとまた襲ってくる危険性があったから捕まえるつもりだったんだが、予想外に抵抗されて……仕方なかった。あれは……一体何だったんだ?」


「ああ……そうだったね……あれは……別の奴がまだいたと、あたしは思っているけれどね。多分これ以上の深追いは禁物と判断して、そいつは逃げ出したんだよ。」


「そうか……やはりな……まだ残党が残って居やがるか……油断できないな。まあでも……八幡兄弟は右大臣が有罪になれば、間違いなく死刑になるはずだったから、構わんだろう。


 右大臣に雇われて冒険者のくせに密告屋と殺し屋を続けていたわけだからな……思わぬ反撃を食らってしまったがな……ほんのかすり傷さ……甲冑着てるしダンジョン内には毒を持つ魔物も多いから、俺は大抵の毒には免疫があるから毒矢攻撃も平気だ。」

 ジャックが不機嫌そうに、顔をしかめながら十和の問いかけに答える。


(うん?殺したのは彼女ではないのか?ジャックに頼まれて……と聞こえたがジャックが殺した?怪我していたのは、襲ってきていた八幡兄弟とやらを片付けて来たからだというのか?確かにジャックは少し遅れて裁判所に入ってきたのだが……でもせいぜい十数分くらいしか経ってはいなかったぞ。


 後ろの様子を注意しながら、美都夫たちが襲われないようガードしていたのだと思っていたのだが……美都夫、確認してみろ!馬車から降りて、八幡兄弟と一戦やらかしてきたのか?とな……)


「じゃ……ジャック……その……八幡兄弟って言う人たちと戦ってきたの?それで怪我していたの?」

「ああ、もちろんそうだよ。まさか俺が逃げる時に慌てて転んでけがしたなんて、思っていなかっただろ?」

 ジャックは平然と答え、カウンターへ向かって歩き出した。


(なんと……4,5百mは向こうから射撃していたんだぞ!屋根から矢を射かけられて一旦後退して、それでも俺たちが逃げ出したと同時に、ダッシュで駆け寄ってきたはずだ。それだって2,3百mはあっただろう。


 それを十数分で駆けて行って、矢の攻撃を避けながら……というか多少当たったみたいだが……それでも間を詰めて、2人倒して戻ってきたというのか?恐らく十和が加勢したのだろうが……どんだけ凄腕なんだよ、こいつらは……)


(ああそれで……怪我していたし、裁判所へ着いたばかりの時にはジャックが、息も絶え絶えって感じでいたわけだね?ほんの数十m全速力で掛けただけで息切れするだなんて……そりゃあ重い甲冑を身につけてはいるけど、運動不足だねって指摘しなくてよかったぁー……怪我していたからかわいそうと思って口に出せなくて正解。)


(ああ……本当にそうだな……)


「ジャックだ……先ほど引き渡した麻薬密売組織の黒幕に関する証人たちの、引き渡し証だ。」

 ジャックが先ほどの美人受付嬢がいる受付カウンターへ行き、書類を提出する。


「冒険者ジャック様ですね。証人保護と護送のクエストは終了いたしました。これが報奨金です。こちらにクエストの参加メンバーの記載と……」

 受付嬢は書類と引き換えに、大きな布袋と紙片をジャックに差し出した。


(そうだ……十和とかいう冒険者、ジャックの知り合いのようだからちょっと聞いておけ。ジャックが時々口にするだろ?仲間の冒険者を全滅させてしまったって……その報いのために奉仕活動をしているって。どういうことか気になっていたんだ……本人には聞きづらいし……ちょっと聞いてみな?)


「あ……あの……ジャックの知り合いの方ですか?そ……その……ジャックのことで……」


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