脱出
6.脱出
「……おっ……俺たち……こここ孤児院……そそ育ち……かかかかっ家族同然……。もも元々……えええ蝦夷国……こっ孤児院……ぼぼ冒険者……てて転々と……いっ……今……きき畿東国……。
ももも……もう……こここ孤児院……もも戻れない……ももうない……なな仲間……みっ見つからない……おっ……俺……ひひ一人……だだだけど……どどど……どうして?」
「おやそうだったのか……孤児院で家族同然に育った仲間とねぇ……だとしたなら……さっき言ったことは俺の全くの勘違いだったということだなぁ……申し訳ない。あんなパーティと言ってしまったことは、訂正させてほしい……。」
サーティンはイチが孤児院育ちということを聞いたためか、突然深々と頭を下げた……一体どうして?イチは、サーティンの態度が、ますます気にかかって来た。
(なんだかなあ……イチが孤児院育ちだと、奴が思い描いていたのと異なるようだな。どうにもこいつの態度……気にかかるよなあ……。だけど助けてくれた恩もあるし……あまりしつこくもできないか……。
まあ後でお礼がてらこいつのところへ行くとするか……意外と凄腕のイチをスカウトしたくて、意味深な話をしているのかもしれないしな。
それよりも……このダンジョンを出る道をお前は知っているのか?なんだか出口も分からずにただひたすら逃げまどっていただけといった印象なんだがなあ。)
(だだダンジョン……こっ構造図……ももってない……)
(はあ……構造図ないから道は分からんって開き直られてもなあ……だったら聞けよ!今だったら聞ける相手がいるだろ?すみませんが畿東国側へ通じるルートの構造図がありませんか?ってな。見せてもらって大まかな道順さえわかれば、まあ何とかなるだろ。
それとも……右も左もわからずに、ダンジョン内をうろつくつもりじゃないだろうな!)
「ささサーティンさん……もも申し訳ない……ううウイング側……でっでる……だだダンジョン……るるルート……しっ知らないか?おお俺は……ここ構造図……もも持って……ななない……」
「ああそうか……はぐれたお仲間がこのダンジョンの構造図を書きながら先導していたんだな?とはいっても未攻略ダンジョンだからな……でもうちのチームでも探索はしたから……おい!誰か、このダンジョンの畿東国側へ繋がる構造図を持っていないか?
うちには斥候や機甲兵もいてね……まあ今回は大半が見習いの研修なんだが……何人かが斥候をやってダンジョン構造を調査していたから、途中までならわかるかもしれない。ちょっと待っていてくれ。」
サーティンはパーティメンバーに構造図を持っていないか、声をかけて見てくれた。
「念のために探索しましたから、この先の畿西国とは反対方向の構造図も作ってありますよ。でも……2階層の主要道までだけで、それより上と、細かな分岐までは記載がない図ですけど、いいですか?」
すると一人の青年が、A2版ほどの用紙を手に前に出てきた。兜は小さく頭部のみで顔は出ているが、分厚い胸部の甲冑は機甲兵と一目でわかった。
「ああ……彼はもうこのダンジョンから出るだけだから、小さな分岐は記載がなくても構わない。どうだい?2階層までで何とかなりそうかい?」
「……………………」
(おいっ、どうなんだよ!)
(たた多分……1階層目は主要道が出口まで続いていたから……何とかなる……)
(だったらそう言えよ……この構造図で十分だから、写させていただけませんか?とな!)
「こここっこの……ここ構造図で……たっ多分……だだ大丈夫……でです……」
「ああそうか……じゃあうちは畿東国側は不要だから、これをあげるから気を付けて行ってくれ。
それと……おいっ、わらじの予備があるだろ?裸足じゃあかわいそうだ。
もし仲間に再会できなかった時には、俺を訪ねてきてくれ……その時には……どうして俺があんなことを言ったのか……説明してやってもいい。だがあくまでも、俺が伝え聞いた噂レベルでしかないけれどな……。
それに……ここへ連れてきているのは見習いの巫女だ……回復系がさほど必要とは思えない、B―クラスダンジョンだからな……新人冒険者の肩慣らしさ。俺たちのチームには、恐らくお前さんの足も治せるような、上級神官もいる……チームに加わってくれるというならもちろん治療代はタダだ。
その気になったら、ぜひとも訪ねてきてくれ。
じゃあ……ここでお別れだ。俺たちは、魔物たちの毛皮と肉を採取してからここを出る。」
サーティンという騎士は、イチが裸足であることに気づきわらじ迄くれた。
「あ……あああ……。」
(よせよせ……どうやらこの場では話したくないことのようだ。お前の仲間が見つかったら、変な噂が立っているかもしれないとでも言って、自分たちの日ごろの言動を、もう一度見直してみるのがいいだろうな。
新人冒険者のくせに生意気な態度……とか陰口叩かれているのかもしれないぞ。ダンジョンの生贄にでもしてやれ……とかな……ずいぶんと若いチームなんだろ?出る杭は打たれるというからな。
とりあえず礼と住んでいる場所を教えておいてから……いずれ改めてお礼に伺います。近くへ来たなら寄ってください位は言っておくもんだ。そうして知り合いを作って親しい間柄になっていく……人と人とのつながり……だな?それと……腹が減っているだろ?食べ物も分けてもらえ!)
「そそそ……そうか……わわわ……わかった……ほっ本当に……たたた助かった。あああ……改めて……れれれ礼に伺う……ももももし来ること……あったら……よよよよって……。
ぱぱぱパーティ名……はははハッチ……ゆっ弓使い……イチ……。ききき畿東国……おおおお王都の……くっ組合で……れれれ連絡つく……おおお同じだ……ででででは……。」
腰を折って深々と頭を下げ、左足を引きずりながらサーティンたちと別れて畿東国側の出口へ向かった。
(食べ物は?)
(食べ物は大丈夫だ……何とかなる。)
(おお……さっきは大量の魔物たちに囲まれていたが……もう魔物の影すら見ないな……集魔香とやらで魔物がイチの周りにすべて集まってきていて、イチも大量に倒したが、残りはさっきのサーティンたちが倒し切ってくれたんだろうな。助かったよ……これで何とかダンジョンからは出られそうだな……
おいおいおい……どっちへ行く?また戻ってどうすんだよ……仲間か?仲間を探してから出ようと考えているのか?魔物たちはお前の周りに集まっていた訳だろ?そうして恐らくすべて倒し切ったわけだろ?だったらどうよ……仲間たちが生きていたら、町へ戻って組合で精算するだろ?
結構大きなダンジョンだから分岐がたくさんあって、ルートは山ほどあるんだろ?今通って来たのと別ルートで、とっくに出ている可能性が高い訳だろ?
そうしてイチの捜索願を出すはずだ。するとまたまた保険料が上がってしまうわけだ……そうならないようにイチは生きていますよって、少しでも早くここを出て仲間に知らせなきゃ……だろ?)
出口へ向かっていたイチが魔物の気配が消えていることに気づいて、もう一度ダンジョン奥へ向かおうとしたが、心の声に諭され出口へと向かう。
パーティメンバーの捜索願を出す都度に保険料が2割増しとなっていくためで、ゼロは節約のためと言ってパーティ名をよく変えた。新規パーティとして手続きすれば、保険料は割増のない初期価格で済むからだ。
何事もなければ保険料は最大8割引き迄年ごとに1割下がっていくので、パーティ名を変えることは通常ならば不利となるのだが、イチたちの場合は割増防止のためによく行われた。実に4度もパーティ名を変えている……。
それだけ不明者が出ているということだが、ゼロに言わせると大抵の場合は家に逃げ帰っているので、捜索費用が無駄になっただけと嘆いていたが、まあ仕方がないことだ。
(ふあーあ……腹減ったなあ……もう3日以上も何にも食ってないぞ……)
帰りは魔物もいないし寝ずに本道のみを丸1日で出て、ダンジョン外で仮眠。山道を左足を引きずりながらほとんど休憩せずに2日半かけてようやく下りて街道まで出てきたのだが、その間まともに食べていない……。
(さっき……食ったろ)
(はあ?道端に生えていた草か?生のままで苦い……まずいし腹の足しにもなってないじゃないか……こんな山の中歩いているんだから……野生動物とかいないのか?猪とか……カモとか雉とかでもいいよな。ハトだって食えるし、なんだったら雀だって食えるぞ。弓矢の名手なんだろ?そういうの射止めろよ!
食べ物はあてがあるようなことを言っていたじゃないか。)
(無理だ……山の中には野生動物いるが……人には絶対に近づいてこない。ダンジョンから飛び出した魔物もいるし……どこかに潜んでいる。ダンジョンは……エサが豊富で魔物たちの成長も早いし、人間見つけたら襲い掛かってくる……だからダンジョンへ狩りに出かける。山よりもはるかに優れた猟場だ。
ダンジョン奥の宝だけが目当てではない。魔物が捕れない時、冒険者は道端の草を食って飢えをしのぐ。)
(そういうことか……だったら……獲物全部どうぞじゃなくて……一匹だけでも持ち帰ればよかっただろ?どうしてそういうことに頭が回らなかった?)
(あれは……怪我の治療のお礼……そうしろと言った……。)
(はあ?……なんだそれ……俺のせいか?そういいたいのか?)
(しっ……)
イチは突然唇に人差し指を押し当て、そうして街道脇へそれて草むらに身を潜めた。振り向くと遠くの方から乾いた音と土ぼこりが舞い上がって近づいてくるのが見えた。
(なんだ?あれは?)
(恐らく……馬車だ……。)
(馬車?山賊の馬車か?)
(いや……恐らく違うだろう。山賊は馬には乗るが馬車は使わない。多分冒険者を乗せてきた、帰りの空馬車だと思う……)
(だったら……何で隠れるんだ?)
(いや……その……)
(ほれ……立ち上がって街道に出て、両手を上げて馬車を止めろ!)
(うん?とっ止めてどうする?)
(乗せてもらうんだよ!当たり前だろ?個人のものではない、乗り合いの馬車なんだろ?)
(か……金を持ってないぞ……多分……全然足りない……。)
(冒険者乗せてきた帰りの馬車なんだろ?いわゆる空馬車だ。ただで乗せたって損はしない……行きだけで十分な料金をふんだくっているはずだからな。交渉次第で……手持ちの金で十分乗せてもらえるさ。
ほれ……早く両手を上げて、目立つようにだぞ。馬車を止めるんだ。左足のけがで満足に歩けないんだ。食べるものもないし……こんなペースで歩いていたら、町へ着く前に野垂れ死にだぞ!)
言われてイチは渋々ながら、両手を上げた。
「おや……冒険者か?珍しいな一人だけか……どうしなすった?」
馬車は人を見かけたので、すぐに停まってくれた。
「………………………………」
(おいおいおい……ダンジョンで仲間とはぐれて、魔物たちに囲まれてようやく脱出したんだろ?足を怪我していてまともに歩けないから、助けてはいただけませんか?と、憐れみを乞うように言うんだよ!)
「………………あああ……あの……だだだ……ダンジョン……ななな仲間……はっはぐれた。まっ魔物……囲まれて……よよよようやく……ででで……でた……。あっあし……けけけ怪我……ししししている……たたた……助け……て……」
(助けていただけませんか?だろ)
「いっいいいいただけ……ままませ……んんか?」
「何だって?ダンジョン……仲間?何のことやら……足怪我……ああ怪我しているのか?馬車に乗りたいのか?そうだな……どうせ帰りの空馬車だ……安くしておくが……いくらなら払えるんだ?」
イチは腰から下げた革の巾着の口を開け、中に入っていた銀色の硬貨を左手にのせ、それを御者の目の前に差し出した。
「うん?これがお前さんの全財産というわけか?片道の馬車代の半分くらいしかないが……まあ全部もらうわけにもいきそうもないな……町へ着いてからも困るだろ?どうせ帰りの空馬車だしな……御者席でよければ、これだけで……。」
そういいながら御者は半分ほど硬貨を取った。ところがイチは頑として、伸ばした左手を御者の方へ掲げたまま引っ込めない。
「なんだ……?全部くれるというのかい?じゃあ頂いておくが……御者席は変わらないよ。」
御者は首をかしげながらイチの手のひらの上の硬貨を全て受け取ると、イチを自分の隣の席へ導いた。
「じゃあ出発だ。はいよー!」
馬車は土ぼこりを上げながら走り出した。
(ふう……助かったな。人は相見互いなんだ……助けを求めることは、恥ずかしい事じゃあないんだぞ。)
心の声にイチもこくりと頷いた。
「食べるかい?」
手綱を渡されイチが馬車を操作しながら、御者はシート下から取り出した弁当を食べていたが、半分程食べてからイチの目の前に差し出してきた。弁当から立ち上るほのかな芳香に、知らず知らずのうちに視線が向いていたのを、気づかれていたのだろう。
(やったぜ……まともな食事。おいっ、きょとんとしていないで、きちんと礼を言ってから受け取るんだ。好き嫌いがあったとしても、断ったらいけないぞ。せっかくの好意を……相手を傷つけることになるからな!)
「あああ……あり……が……とう……」
「いいってことよ……手持ちの金を全部渡してもらったわけだからな……飯ぐらいはおごらせてくれ。食べ残しで悪いが……うちの女房は料理自慢だからな……うまいだろ?」
イチよりも小柄な御者は分厚い外套のまくっていた袖を戻し、イチへ弁当を手渡す代わりに手綱を受け取り、馬車を走らせ続けた。
(ああ……うまいよな……腹が減っていると本当にうまい……だが……そんな気持ちを言ってはいかんぞ。おいしいですって……それだけ言え!)
「おおお……おいしい……ででで……す……。」
イチは半分涙ぐみながら、ようやく声を絞り出した。