未払いの給料請求
13.未払いの給料請求
(ふう……良かったな……ジャックは無事だったぞ……)
(うん……良かった。)
「水系魔法だけかと思っていたが……今度は土系魔法だろ?落とし穴だな……突進してくる大型魔物相手に有効で、よく使う魔法使いを知っているから俺でもわかった。
咄嗟の判断で有効な魔法を選択……すごいな……本当に15歳なのか?歳をごまかしてはいないか?」
ジャックはしげしげと自分よりも少し大柄な子供を、不思議そうに様々な角度から眺めまわす。
「いや……あああの……その……。」
(まさか心の声に教えてもらいましたなんて言わないよな?速攻で病院送りだぞ!
だから……前にも使ったいい訳と同じく、子供のころから父親に教えてもらって、初級魔法の呪文だけは丸暗記していると言っておけ!だけど使ったことはなくて初めて唱えたというんだ。変に期待を持たせると、あとで困るからな。)
「ま……前に言った通り……父さんに教えてもらって……しょ……初級魔法はほとんど……覚えている。だけど使ったのはどの魔法も初めて……。」
「おおそうか……子供のころに覚えたことは、意外と年とっても覚えているものな。九九とか年号とか……な……使わなくても忘れない……だがそのおかげで、ずいぶんと助かっている。
ようし……小杉大臣は警察のお偉いさん方が逮捕に向かうだろうから、俺たちはここまででお役御免だ。どうせ連邦本国の王都に居るから、遠すぎて俺たちじゃあ間に合わん。今から出してやるから、市場へ行って今日こそ溜まった給料を取り返そう。
おおい……ちょっと手伝ってくれ。」
御者席側から食べ物を供給する穴を通して会話していたジャックは、周りで作業している警察官を呼び寄せ、馬車の荷台の通路を埋めた檻を取り外しにかかった。
数人がかりですぐに檻は外され、美都夫は荷台後部から降りて外へ出ることが出来た。
「じゃあ……小さな捕り物だが……4,5名俺についてきてくれ。」
ジャックはそういうと、数人の警察官とともに屋敷の門を出て市場の方へ歩き出した。
(おいっ、ボケっとしていないで、後を追うんだ。ジャックが給料取り返してくれるって言っていたからな。)
(あっ……ああ……そうだったね。)
美都夫も急いで駆け出した。
「へいっ、いらっしゃい。今日は上物がたくさん入ってますよ!」
まだ朝の早い時間なので、市場の肉屋は一般販売を始めたばかりの様子で、何人もの客がショーケースに並べられた肉の塊を眺めては、100グラム単位で注文していた。地場野菜も扱っているため、買い物で店を回る手間が省けるせいか、集客性は高いようである。
「いや、俺たちは客じゃない。主人はいるか?」
「ああ……はあ……多分……」
「多分とはどういうことだ?」
「いえ……あの……その……ご主人の奥様は……事務所にいらっしゃるのは見たのですが……。」
店先で客の呼び込みをしていた若い男は、自信なさげに頭を掻いた。
「あの野郎……使い込みがバレるのが怖くて、先週の晩から行方をくらましてやがるな?まあいいさ……事務所へ入らせてもらうよ、警察だ。」
ジャックは後ろの警察官にバッジを提示させた。
「けっ……警察?けけっ……警察が何の御用でしょうか?」
「ああ……お前たちには関係ない。この店の主人が、従業員に給料を払わずにごまかしていただけだ。更に人買いに加担していた嫌疑がかかっている。だが、対象はあくまでも店の主人だけだ。安心しろ……客の応対を続けろ……待っている客が列になっているぞ。」
ジャックの方に気を取られて3人の店員は手を止めていたため、店の前に一般客を列をなし始めていた。
「はっ……いい……いらっしゃいませ……。」
店員がようやく動き出すのを確認してから、ジャックたちは店の奥の事務所へ入って行った。
「次郎とかいう、この店の主人はいるかな?」
「次郎はもうこの店の主人でも何でもありませんわ。先週のうちに三下り半を叩きつけて、追い出しましたから。今は私が主人です。何か御用でしょうか?」
事務所の中では、一人の女が机に向かって伝票を一人繰っていた。
「その……次郎だがね……ここに居る美都夫は知っているよね?」
「ええ……3年間も家で世話をした……確かこの店に住み込みで働いていた女店員の息子でしょ?女店員が事故で亡くなった後は、子供だけを路頭に迷わせることもできないからって、うちで世話していたのよ。
まあ……美都夫は体も大きかったから働いてもらったけど……本当は法律違反だけど食べさせるにはその方法しかないじゃない?きちんと給料を払って働いてもらったわよ。
それなのに給料が安すぎるだの休みがないだのと散々文句をつけて来たらしく、だったら首にして追い出しちゃいなさいって私が指示をしたのよ。
それで?不当解雇だって訴えるつもり?それとも……小学生の時分から働かせたことを、罪に問おうというわけ?それは……人道上……どうかと思うけど?」
少々歳はいっているが目鼻立ちがはっきりとして、あごのラインがほっそりと美しい、かつては美人であったと……いや……今でもそこそこの美人がようやく顔を上げた。
「いや……子供を働かせたことをどうこう言うつもりはない。俺は別に児童保護管でも何でもないからな。だが、払ったといっている給料……一銭も美都夫には渡っていない。
だから……働いた分はきちんと支払ってもらおうと、督促に来たわけだ。」
ジャックは事務所の中へ数歩足を運び、事務机の前で現主人と対峙した。
「馬鹿な事言わないでよ、美都夫の給料は毎月きちんと支払っていて受け取りだってあるのよ。しかも働きがいいから普通の倍の給料を払っていたんですからね!それなのに安いとか休みがないとか言い出して……。」
ジャックの言葉を全く信じようとしない女は、ついでに昔を思い出したのか唇を開け歯をむき出しにして歯ぎしりをした。
「いやあ……子供とはいえ働きに応じて給料に色を付けてあげたのは立派だ……だがしかし、今の従業員の数を見てみろ!美都夫が働いていた時は美都夫以外の従業員はいなかったはずなのに、今はちゃんとした大人の男が3人もいるぞ。つまり美都夫は2人分ではなくて3人分働いていたんだ、そうだろ?」
「ああ……確かにね……だからもう一人分の賃金、3年間分払えっていうの?何を馬鹿な事を……雇用契約っていうのはそういうことではなくて、働くときに取り決めた給料を支払うのよ。
人より余計に働いたからと言って、給料を多く下さいなんてことは要求できないの。勿論残業をお願いして勤務時間終了後も働いたなら、その分割り増しして支払うけど……美都夫のタイムカードを見ても残業の記録はなかったわ。タイムカードを記録してから働いていたのかもしれないけど、悪いけど私は知らない。
だから……追加で請求されても払えないわよ。」
女は事務机の大きな椅子に腰かけたまま、後方にいる美都夫の姿を探し出して目を合わせた。
「えっ……いや……その……」
(ふう、お前の人嫌いも困りもんだな……俺は一銭も給料をもらっていませんって叫ぶところじゃないのか?)
(だだ……だって……)
「美都夫はこの店を追い出されてから住むところがなくて、山奥の廃ダンジョンの洞穴に隠れ住んでいた。ほとんど食べることもできずにな……半年間もだぞ……。
美都夫に聞いたんだが、店の主人は経営がうまくいっていないから、給料はもう少し待ってくれの一点張りで3年間一度も支払ったことがなかったそうだ。給料が払ってもらえないから成長期の美都夫も妹も、古いつぎはぎだらけの服を着て……ボロボロできちきちの服を着て店前に出ると、客の見栄えが悪いからって前の主人が美都夫を首にしたらしい。これは、次郎からも実際に聞いた。
ここにあるのはこの部屋から押収したものだ……美都夫のハンコがあるだろ?……と言っても美都夫と刻印されているだけで、美都夫自身のハンコではない。次郎がこしらえたものだ。次郎はそう白状したし、なんだったら市場内のハンコ屋探して、作ったやつを聞き出すことも可能だ。
美都夫は給料を3年間支払ってもらえていない。
先ほど雇用契約と言っていたな……その雇用契約をまともにかわそうともしなければ、更に給料を踏み倒して挙句の果てには首だ。美都夫は見た目はともかく中身は子供だから、大人が言う通りに給料が支払われる時を待ち、食事の世話だけはしてやるという言葉を信じて我慢して来たんだ。
3年間分の給料をきちんと支払ってもらうぞ。延滞分の利息も考慮してもいいが、3人分の給料で許してやる。とっとと支払っていただこうか!えーと……いくらになるんだったかな……。」
「一人6000G、3人分で月に18000Gとして、64万8千Gです。」
「そ……そうだ……64万8千G……きりがいいところで65万Gにしてくれないか?」
ジャックは美都夫の答えを聞き、満足そうに微笑みながら価格交渉に入った。
(お前……すごいな……)
(おいらは、興味があることは一度聞いただけで覚えるんだ。)
(はあ……感心する……)
「確かにこれは元旦那の知り合いのハンコ屋で作ったもの……側面に製造元が入っているわ……業者向け専門のハンコ屋だから、個人の美都夫が発注できる訳はないわね。あの野郎……子供の給料までごまかして……」
ジャックの手から美都夫のハンコを受け取った女は、なお一層歯をむき出しにして歯ぎしりをした。
「元旦那のしでかしたことは私の監督不行き届きでもあるから仕方がない、払うわよ。でも今すぐと言われても、そんなにお金がすぐに回せるほど、この店だって儲かってはいないのよ。
明日の仕入れ代とかもあるから……20万Gを今ここで支払って、残りの45万Gは2ヶ月先までの分割にさせてくれないかしら。あなたたちだって、この店を潰してまで取り立てようとは思っていないでしょ?」
女は大きくため息をついた後、何度も横に首を振りながら……それでも最後は前を向いて笑みを見せた。
「ああ……いいだろう……その代わりに証文を書いてもらうぞ。台帳がないと困るだろうから返却するが、後でタイムカードや給料支払い台帳等焼却されて証拠隠滅を図られても困るからな。」
「そんなことしないわよ、ここはまっとうな店なんですからね。」
女は失礼なことを言うなとばかりにジャックを睨みつけたが、それでも45万Gの分割支払いの借用書を書いてサインをした。
(この女は兄であるキセル男が人買い容疑で逮捕されたことは、まだ知らないだろうな。だが……この店はまっとうな商売と言っていたから、支払いが滞る心配はないだろう。)
「良かったよ……話が分かる人に店の主人が代わっていて……次郎相手だと……こちらも実力行使に出るしかないと思っていたからな……。」
事務机の上に女が並べた20万Gもの札束をむんずとつかみ取ると、ジャックは口角を緩ませた。
「そういえば美都夫……もうすぐ中学も卒業する歳よね?学校へ通っていないからこういうこと言うのもなんだけど、中学卒業すれば立派な大人なんだから、もう一度この店で働かないかい?
美都夫だったら一人雇うだけで済むし……給料はもちろん3人分払うわよ。あたしの目から見ても、美都夫が従業員だったころのほうが、お客さんの扱いもよかったし売り上げも上がっていたのよ。
それをあのバカが……給料ネコババだけじゃ飽き足らずに……働き者の美都夫を首にするなんて……あたしだったら美都夫を一生手放さないから……どう?妹はまだ小学生でしょ?ここからだったら学校へも通わせられるからいいわよ。」
女は何を思ったのか、美都夫をまた雇いたいと言い出した。確かに今働いている3人の従業員は、動きが散漫で頼りなさげに見えた。先ほども客の渋滞を招いても、平然としていたのを見ても分かる。
(おお……どうする?就職口が決まれば、それこそ双葉を高校大学までだって、通わせてあげられるぞ。なにより……女主人が美人だ……いや……美都夫とは歳の差がありすぎるとは思うのだが……)
(確かに……3年分の給料を頂いても、この後のことを考えれば働き口を探す必要性はあるよね。特においらの場合は小学校すらまともに出ていないから……就職活動は厳しいかな……。
でも……おいらがこの店で働くとなったら、今働いている人たちはどうなっちゃうの?)
(そ……そりゃあ……首だわなあ……美都夫が一人いれば、奴らは必要ないはずだからな。)
(それは困るよ……恨まれちゃう……)
(ううむ……)
「有難い申し出だが……美都夫の後見人として、お断り申し上げる。」
ジャックは20万Gを懐に何とか収めると、毅然として言い放った。
(えっ?いつジャックがお前の後見人になったんだ?)
(し……知らない……。)
「残念ね……でも美都夫の将来を考えているのかしら?3年分の給料を支払ったら、もうそれ以上は通い詰められても一銭も払わないわよ。先ほど作った借用書には、3年分の給料未払い分として……としたためてありますからね。」
「ああ……ここで働くと言っても、定年まで下働きで番頭にもなれないだろ?美都夫は小学校もろくに出ていないから、読み書きだって知らない漢字が多いだろうし、そろばんや経理のことなど全く知らないからな。3人分働かなければならないとなると、勉強する暇も与えてはくれないだろうしな。
それよりも美都夫には冒険者が向いている……だから俺が冒険者として育て上げるさ。冒険者なら学歴は必要ないからね……実力第一の世界だ。頭が悪いと困りものだが……彼は聡明で記憶力がいいし、更に機転も働く。恐らく超一流の……それこそS+級の冒険者だって夢じゃないと信じている。俺がそれまで責任を持って面倒見てやるつもりだ。
じゃあ行くぞ……次郎はここには居ないようだ……署に戻って全国指名手配をかけろ。」
「はっ!」
ジャックの指示を受けて、警察官は一斉に事務所を出て駆けて行った。
(なんか……大変なことになりそうだな……)
(うん……)




