回復魔法
3.回復魔法
「ほうら……握り飯だ……5個ある……持ってきた分の大半は食っちまったが、これだけ残っていた。朝握って来たものだから、まだいたんじゃいないだろう。俺は平気だから皆食べちまいな。」
ジャックはリュックの中から包みを取り出して開けると、大きな笹の葉に包まれたおにぎりが出てきた。
(おお助かった……だがそのまま食べちゃいけないぞ……何日もまともに食べていないから、腹がびっくりしちまう。妹もかなりやばいから、とりあえず礼を言って洞窟の中まで持っていった方がいい。)
「あ……ありがとうございます。い……妹が中にいるので、持っていってやろうと思います。」
大男はそういうとジャックから包みを受け取り、おにぎりをまた笹の葉でくるみなおした。
「ああそうか……じゃあリュックごと持っていくといい。妹がいるんだな?腹を空かせているだろうから、持っていってやらないといけないな。そういえば……名前を聞いていなかったな、なんというんだ?」
「………………」
(おいっ、名前だよ、名前!聞かれたらきちんと答える!)
「み……美都夫と言います。妹は双葉です。」
「美都夫か……ようし美都夫!とりあえず妹とともに腹を満たせたら街まで行って、あの極悪非道な小男からきちんと働いた給料を頂くとしようぜ!まずは……妹のところへ行くんだな?洞窟奥か……案内してくれ。」
「へっ?」
「へっ?って……俺が一緒に行っちゃあまずいのか?」
「いえ……そんなことありませんが……きゅ……給料も取り戻してくれるって……ど……どうしてそんなに親切なんですか?」
「ああ……さっきも言っただろ?俺は罰を受けていて、奉仕活動をしなければならないんだ……つまり人の役に立つことをしなければいけないんだな……さっきの小男の依頼で山奥までやって来たんだが奉仕どころか悪事への加担だな……それに気がついたから、そっちはキャンセルした。
新たに美都夫を助けることを、俺の奉仕活動にするつもりだ。」
ジャックはそう言って、いかつい顔のほとんど見えない目を一層細めた。
(へえー……こりゃあ渡りに船だな……)
(えっ?いや……でも……)
(でも……じゃねえよ、助けてくれるっていうんだから、助けてもらおうぜ。さっきのお前が働いていた店の主人への態度から言っても、こいつは敵じゃあない。もしかすると、巻き上げた給料の半分寄こせ……なんて言ってくるかもしれないが……それだって元々なかったと考えれば半分でもいいんじゃあないか?
あいつの有り金全部頂いたが自分の取り分は少なめに抑えたところを見ても、半分以上は要求してこないと思っている。お前に交渉させても……うまく給料を払ってもらえるかどうか不安になってきていたところだ。だから……助けてもらえ!お前が15とは思わなかった……体が大きいからな。
12から働いているというなら、小6くらいから学校にもいっていないんだろ?何処かに訴え出るにしても、大人に手伝ってもらう必要性があると俺も思う。だがまあ……見ず知らずの他人であることに間違いはないから、油断しないで注意しながら応対しよう……いいな?)
(分ったよ……)
「じゃ……じゃあ……一緒に……」
美都夫とジャックは連れだって洞窟内へ入って行った。
「おおおお……最下層に寝床を作って暮らそうとしていたのか……だがなあ……本来ならダンジョン最下層には木々が生い茂りキノコや果実に加えて野菜なども豊富に実っているものなんだ。だからこそ魔物たちが集まってきて育ち、やがてボス魔物なんて呼ばれるでかい主のようなのが出来る。
同時にダンジョン奥には気が宿るといわれている……あらゆる生き物たちの気……意識というか思考のようなもんだな……そいつらが精霊たちに集められてダンジョン奥で固まったものが宝玉と言われていて、こいつが宝ものというわけよ。完全攻略した後のダンジョンでも、20年ほどで復活するらしい。
だがそんなダンジョンも……何度も再生を繰り返すとそのうちに気が溜まらなくなっていくらしいな……精霊たちもいなくなっていく。そうなると廃ダンジョンと言って、草木が生えずに魔物すら生きられず、同時に宝玉も作られなくなる。
生き物が暮らせない環境になっちまって誰も寄り付かなくなるのさ……だから、こんなところで暮らそうなんて馬鹿な事を考えちゃあいけねえ。」
洞窟最奥へやって来て、藁を敷き詰めた寝床を見つけたジャックは、少し顔をしかめながら美都夫に告げた。
「そ……そうでしたか……でも詰まっていた水源を見つけ……ました。少しずつヒカリゴケも集まってきました。だから……もう少しすれば……。こっちです……。」
美都夫は少しがっかりしたように肩を落としながら、それでも声を張って見つけた水源へジャックを案内しようとした。
「ふ……双葉……」
すると水源手前に少女が倒れているではないか……
(恐らく目を覚まして、あまりの空腹から取り敢えず水でも飲もうとやってきて、力尽きたといったところだな。息をしているか、鼻先へ手の甲をあててみろ。)
(うーん……弱すぎて分からないのか……手首を触って脈を診てみろ)
(みゃ……みゃ……く……?)
(ああ……脈だ。手の甲を下向きにして左手首を持ち上げろ。そうして親指の下あたりを手首から……お前の指じゃ太すぎるから、双葉の指……人差し指と中指の太さ分だけ下の……そこにお前の親指を軽く当てろ……ドクンドクン跳ね返ってくるだろ?これが脈だ……双葉の体に血が流れている証拠だ。
大丈夫……双葉は生きている……だがすごくか細く弱い……瀕死とも言えそうだ。)
(ど……どど……どうすれば……?)
(慌てるな、落ち着け!そうだ、ジャックだ!回復水を持っていないか聞け!)
「じゃ……ジャック……す……済みませんけど……か……回復水……」
「うん?おおそうか……双葉は気を失っているのか?ずいぶんと痩せこけて……ありゃりゃ……参ったな。ガキを懲らしめるだけの簡単なクエストだっていうから、装備も何も持ってきていないんだ。罠を仕掛けてくれと言ったから、その為の網を担いで持ってきただけだ。
碌に武器も携帯せず弁当すらあいつに作ってこさせたくらいだからな。どの道、回復水は賞味期限があるから、ダンジョン挑戦する都度しか購入しないからな……だが……参ったな……」
ジャックは申し訳なさそうに俯き気味で頭を掻いた。
(し……仕方がない……回復魔法だ……)
(か……回復……魔法……?そんなの……つかえない……)
(分っているよ!いいか、これから俺が言うことを一言一句間違えずに覚えろ!いいな?)
(は……はい……)
(はあ……朋美たちの修業を手伝っていてよかった……)
(はあ……とも……)
(悪い、まだだ……これからだぞっていってから告げる言葉を間違えずに覚えるんだ……いいな?)
(わ……わかった……)
(これからだぞ……生きとし生けるもの全てを御霊う癒しの神よ……)
(生きとし……生けるもの……)
(いいか……最初は効果が出ない……当たり前なんだ。それでも必ず回復すると信じて何度も何度も頭の中で唱えて、しっかりと覚えたら声に出して唱えるんだ!はっきりとしかも最後までとちらずに唱えなければならないぞ!その時に……双葉が元気に目を覚ますようイメージするんだ!)
(い……いめ……?)
(ああ、双葉が目を覚まして、にっこりとほほ笑みますようにって念じながら声に出して唱える!分かるか?)
(わ……分かった……い……生きとし……生けるもの……生きとし……)
(よ……ようし……双葉を抱きかかえて、胸のあたりに手を当てながら唱えるといい……手当て……と言うだろ?)
「生きとし生けるもの全てを御霊う……」
「うん?……回復魔法を使えるのか?なあんだ……」
(ちいっ……余計なことを……声をかけられたから呪文が吹っ飛んじまった。
ちょっと黙っていてくれって言ったほうがいい……修業したわけではないけど、聞きかじった呪文を唱えてみるだけだって、言っておけ。だから……効果が出るかどうかも分からないから邪魔するなと言えばいい。}
「ええーと……しゅしゅ……修業……しっ……したわけ……ない……」
「うん?修業したんだろ?お前さんのようなでかい体で……しかも回復魔法なんて珍しいとは思うが……なのにどうして回復水を持っていないか聞いたんだ?ああそうか……お前さんの体力も危ういからだな?回復魔法なんて、所詮は術者の体力を一時的に相手に移すだけだって聞いたことがあるからな。
今の状態で呪文を唱えるのは今度はお前さんが危険と考えたが、最早そんなこと言っていられないというわけだ。だったらほれ……握り飯一つでも食ってから唱えろよ。すきっ腹で体力消耗したら、倒れちまうぞ!」
ジャックはそういって、急いでリュックから握り飯の入った包みを取り出した。
(そうか、回復魔法とはそういうものなのか……妹と一緒に食べるつもりでここまで来たんだからな。お前が倒れたら困るから、まずは握り飯を食っておこう。ただし……ゆっくりとな……つばだって乾ききっているんだから、湧水を口に含みながら、ゆっくりと一口30回くらい噛んで食べるんだ……いいな?)
(でも双葉が……)
(大丈夫だ……というよりも……ジャックが言ったように、お前の体力がなくなったら誰が助けるんだ?お前みたいなでかいのとてもここから運び出せないぞ。双葉だったらお前の体力さえ戻れば、町まで抱きかかえて連れて行くことだって可能なはずだ。だったらまずはお前だ……。
小男が持っていたリュックだし、恐らく毒は入っていないとは思うが……まず一口食ってみて舌先が痺れないかどうか確認してみよう。)
(わ……わかった……)
美都夫は渋々、ジャックが差し出す笹の葉の包みから握り飯を一つつまんで少しだけかじり取った後、舌先に神経を集中させて異常がないことを確認し、湧水でのどを潤しながらゆっくりと何度もかみしめながら食べた。
(ようし……3個も食えばいいだろ、2個は双葉に残しておいてやらないとな。しかしお前……何日も絶食していると、急に食べ物流し込んでも吐いてもどしてしまうって聞いたことがあるが……平気なようだな。)
(食べられないのは……慣れている……ここ半年間も……何度も何日も食べられない時があった。それでも町まで出たら……たまにお店のお客さんだった人が……失業して仕事がないことわかってくれる人が路上販売の食べ物を買ってくれたりした。
その時は……もどしてなんかいられない……そうしてその日はその人の手伝いをしてお駄賃を頂いて……双葉の食べ物を買って帰ったりもした。)
(そうか……だが双葉はそんな生活も限界のようだな……ようし……呪文は覚えているか?)
(大丈夫だ……物覚えはいい方だ。)
(ようし……途中でとちらないようにな!早口で一息で唱えるんだぞ!)
「生きとし生けるもの全てを御霊う……」
(何も起きないぞ……ジャックも黙っていてくれたから、間違えずに唱えられたが何も起こらない。)
「失敗か?」
ジャックも心配そうに美都夫の顔を覗き込んできた。
(始めて呪文を唱えて成功するわけないだろ?普通は……まずは呪文の形だけ……さわりの部分だけを何度も何度も唱えるんだ。そうして少しずつ長くしていって全文をしっかりと覚える。
俺は早口言葉で饒舌になるよう訓練することを提案して成功させたけどな。普通だったら魔法効果が出るまで数ヶ月から半年くらいかかるといわれている。
だがそんな悠長なことは言っていられない……失敗してもあきらめずに何度も何度も……双葉がにっこりとほほ笑むくらい回復できるよう念じながら唱えるんだ、ほれ……早くしろ!)
「生きとし生けるもの全てを御霊う……生きとし生けるもの全てを御霊う……生きとし生けるもの全てを御霊う……」
何度も何度も繰り返し、美都夫は呪文を唱え続けた。
するとそのうちに、手のひらを伝わって何かが双葉へ流れて行くような感覚が……暖かな手ごたえが、双葉の体へと注がれていくのを感じた。
「う……うん……?おにい……?ど……どうしたの……?」
「ふ……双葉……気がついたか!……良かった……」
美都夫は双葉の小さな体を、ぎゅっと抱きしめて涙ぐんだ。
(ようし……双葉にも握り飯を食わせるぞ……だが直接はだめだ……鍋があるか?)
(ああ……寝床の近くの焚火の脇に……)
(だったら、すぐに湧水を鍋に汲むんだ。)
(分った……)
美都夫は言われるがままに焚火のところへ行って鍋を取ってくると、湧水を鍋の半分ほどまで汲み入れた。




