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リモート  作者: 飛鳥 友
第2章 折角できた仲間と離れて、イチはどうなって行くのだろうか……
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イチの願い

16.イチの願い


「……………………」


(えらい言われようだな……こいつは自分たちが怠けてまともに訓練をしていなかったことまで、お前のせいにしちまっている……イチがいたから……どこへも行かず遊ぶこともなく訓練ばかりしているのを見るのが腹立たしいから……逆に無視して自分たちも訓練のことなど考えないようにした……大した理屈だよ。


 訓練していないから冒険者としての技能は上達しないわな……生贄を使わなければならなかったのも、お前のせいだといわれちまうんじゃあないか?


 お前は……ゼロ達兄妹を信じていたんだろ?ちゃんと戦えているということを……なんせゼロ達は決して弱みを見せたりしなかった。自分たちの腕では初級ダンジョンだって辛いと正直に打ち明けてさえいたなら、お前だって単騎で戦うようなことはしていなかったはずだ。


 完全初心者の桜子たちを率いてダンジョン挑戦を続けていた時には、お前が彼らの盾となって守っていたからな。今でこそ彼らも十分一人立ちできるような腕前を身につけはしたが、最初はひどかったからな。


 ゼロ達だって同じように戦えていたなら……それなりに戦闘経験を積んでさえいけば訓練の必要性も感じて上達しただろうし、鬼畜のような行為もしなくて済んだだろう。


 プライドが人一倍高く、お前のことを下に見ていたゼロは、どんなことがあってもお前に頭を下げることなど出来なかっただろうな。


 こんなことになったのは、絶対にお前のせいではないぞ。魔物の群れと直接対峙することを恐れたゼロが、お前に特攻ともいえる単騎でのかく乱戦法を命じてやらせていたのだからな。お前はリーダーの指示に従っただけだ。おとりと言った意味では生贄とさほど変わりないやり口を、ゼロは当初から貫いてやがったんだ。)


「ゼロ兄っ……もういいだろ?やめろよ……。


 イチ兄……悪かったな……ダンジョンに置き去りにしたりして……だけど仕方がなかったんだ。ゼロ兄が、イチ兄に代わって王子として名乗り出るんだって……言い出したからな。


 もしイチ兄に王子かもしれないと教えても……イチ兄は絶対名乗り出ようとはしなかっただろ?

 だったら俺が出るしかないって……ほんと……仕方がなかったんだ……。」


 イチを仇とばかりに睨みつけるゼロと違い、ふたを閉めた便座を椅子がわりに腰かけていたニイは、さわやかな笑顔を見せた。吹っ切れた様子だ。


「あっああ……俺……王子の……器でない……からな……。」


「そうだろ?仕方がなかったんだよな……あのまま冒険者としては、もう立ち行かないところまで来ていたからね。研修生を雇うふりをして生贄として利用している鬼畜チームがいるっていうお触れが、もう連邦中に回っているって分かっちゃったからな……。


 かといって俺たちみたいに戦闘経験がほとんどない冒険者が、どうやって生きていくかっていうことだよなあ……イチ兄はいいよ……いつも一人で勝手に戦って……自分の身だけは守れていたから。

 

 そうなるともう……ゼロ兄が王子として名乗り出る以外……俺たちが生き延びる術はなかった。

 まあ……名乗り出なければ、どうせ野垂れ死ぬ以外なかったわけだから……死刑上等といったところだ。


 だけど……かわいそうにサンとヨンたちは……この計画を知らなかった、本当だ。サンもヨンも本当にゼロ兄が、王子候補だって思っていたはずだし、イチ兄だってダンジョン内で勝手にはぐれたと思い込んでいた。悪いのはゼロ兄と俺だけだ……なあ?ゼロ兄!」


 ニイが便座に腰かけたまま、ゼロに呼び掛けた。


「ああ……この計画は、2人だけで実行した。真相を知っているものが多いと、漏れる可能性も高まるからな。サンとヨンは研修生を生贄に差し出していたことすら知らない。あいつらは個々に修業はしていたからな……だがそれでもイチの足元にも及ばない、雑魚冒険者の部類だろうがな。」


 ニイの問いかけにゼロも、既にあきらめたのか不敵な笑みを見せた。


「そっそういえば……サンと……ヨン……は?」


「隣の房だよ……サンもヨンも……ここへ来てからずっと泣き通しで、泣き疲れて眠ってしまったんだろう。さっきまで泣きわめいていたのが、ちょっと前から静かになったから。


 だから……俺とゼロ兄は……死刑もやむを得ないさ、それだけのことをしでかしてきたんだからね。


 だけど……サンとヨンだけは……何とか勘弁してやってくれないか?あいつらは何も知らなかったんだ。だから……無罪放免ということにならないか?イチ兄からも、お願いしてやってくれないか?


 イチ兄を見捨てたのは、あくまでもゼロ兄と俺だけだ。あいつらは今でもイチ兄の家族なんだから、お願いだ、助けてやってくれ!」

 ニイはそう言うと立ち上がって両手を組んで跪き、イチを拝むようにした。


 イチがそのまま隣の牢を見てみると、2段ベッドに横たわった者が2名……サンとヨンであろう。壁の方を向いたまま、眠っているのかほとんど動かない。


(お前のせいだ……お前の……お前が俺の中にいたおかげで、俺の大切な家族が死刑になろうとしている。)


(俺のせい?俺のおかげで……生贄になろうとしていたところを助かりました。かろうじてダンジョン脱出できたが無一文で、街まで辿り着く前に野垂れ死にしそうだった所、空馬車と交渉出来て拾われたので助かりました。


 行方知れずの家族を探そうと考えたがほとんど金がなく、頼りの知人のところへ行きつくこともままならなかったところ、親切な御者に遭遇することが出来てダンジョン内の捜索も効率的に出来ました。


 たった一人だけで家族を探し続けるにも金がなく、一人だけではクエスト申請も出来なかったところ、知人の世話になることが出来ました。人と接することを嫌い、片隅で暮らしていこうと考えていたのに、無理に子供たちの世話を強いられ、それでも強いきずなができ仲間ともいえる存在が出来ました。


 全て俺がいて、都度助言して導いてくれたおかげです……の間違いじゃあないのか?お前が死んでしまうと多分俺も一緒に死ぬだろうからな……恩着せがましく言うつもりはさらさらないが……まだあるぞ……)


(俺がどこかで死んでいたなら……死んでいなくても、王子であることを誰にも気づかれずに、サーティンヒルズで暮らしていけていたなら……ゼロ達は死刑にならずに済んだ。)


(ああそうだな……そうして偽者が王子として認められ、いずれは連邦を統べる国王だ。だがそいつは冷酷非道な悪党だぞ!人の命など、自分が呼吸するのと同じくらい簡単に奪うことが出来て、しかも罪悪感が全くない。連邦はどうなる?この国に住んでいる何百万、何千万もの人々は一体どうなる?


 ゼロ達は悪党でもお前にとっては家族だ……大切な命であることは理解するが、悪党に支配される人々だって同じ命だぞ。搾取され束縛され蹂躙され、それでも生き続けなければならない人々の、苦しみを想像できるか?)


(もういい……確かにお前にはいろいろと助けられた……だが……お前が畿東国へ行けと言った。お前がゼロが王子ではないと、証明しろと言った。俺は言われた通りに……だが……その結果はどうだ?

 ゼロは死刑を免れそうもない……サンやヨンは……何もしていないのに……死刑だぞ!


 サーティンさんは、ゼロ以外の兄妹たちの減刑も難しいだろうと言っていた……どうする?どうすればいい?どうすれば家族を助けられる?


 無理なら……俺の体から出て行ってくれ……俺は自分で思った通りのことをしたい。お前に反対されてもどうしてもゼロ達を助けたいんだ。)


(はあ……俺を追い出して、無茶なことやってでもゼロ達を助け出そうと足掻くというのか?それが嫌なら知恵を出せと……丸投げかよ……お前はなにも変わってないな……俺の言うことに文句を言わずに従う覚悟はあるのか?)


(ゼロ達家族を……助けられるのなら何でもする……そうして俺は……王子にはなれない……)


(わかった……じゃあ俺なりに考えた、打開策の手順を説明する……だが、うまくいくかどうかは……お前にかかっている。失敗しても絶対にあきらめるな……何度でも……何度でも……)


「お……俺は……家族は……決して……見捨て……ない……。」

 牢屋の前で暫く押し黙っていたイチは、そう言い残して地下牢を出て行った。



10日後 畿西国首都 サーティンヒルズ


「サーティンおじさん……イチ先生は?兄弟を見つける旅に、もう出て行ってしまったんですか?」

「お別れもなしに勝手に出ていくなんて、イチ先生はしないよね?」

 畿東国を後にしたサーティンがサーティンヒルズに戻ってくると、出迎えてくれたのは子供たちだった。


 皆口々にイチのことを訪ねてくる。そういえばずいぶん前のことのようにも思えたが、イチがここを出て行方知れずとなっている家族を探すと言い出したのは、まだひと月も経っていないくらい少し前のことだ。


 畿東国で見つかった王子のお披露目の警護はあったが、イチと一緒に馬車で畿東国へと向かったのは、ほんの2週間ほど前であることが、信じられなかった。その間……本当にいろいろなことがあった。


 サーティンはヒルズ中の人々を集め、事の顛末を説明した。どうしても王子となることを拒否していたイチだったが、自分が王子になる代わりに兄弟として育ったゼロ達の恩赦を申し出て認められた事。


 減刑の理由として、ゼロ達がいなければイチが王子であることに気づくことは絶対になかったはずで、王子が見つかったこと自体は、ゼロ達の功績であると認めさせた事。1週間かけてイチが畿東国王及び陪審員たちを説得したのだ。しかもサーティンに頼らずに、口下手なイチが必死に頑張って……。


 ゼロとニイは連邦追放となり、何も知らなかったサンとヨンは無罪放免となるところだったが、サンとヨンも一緒にゼロ達と、連邦を出ていくことになったことを伝えた。


 蛮国のさらに向こうの西欧へ行けば、海運業が盛んなので人足の働き口はいくつもあり、体の大きなゼロやニイならいくらでも稼げるらしい。それを聞いてイチも安心したようだ。サーティンはイチの行く末が心配だったため、ゼロの企みを阻んだ後も居残って様子を見ていたのだ。


「へえ……イチ先生って、畿東国の王子様だったんだ。」

「よかったじゃない、本当の家族がいることが分かって。」

「さっすがイチ先生!ただの冒険者じゃあないって思っていたんだ……」


 イチが王子と判明したことについて、集会場の一番前の席に陣取って、真剣にサーティンの話を聞きいっていた子供たちは、自分のことのように喜んだ。


「い……イチ先生には……もう会えないんですか?」

 ただ一人、桜子だけはサーティンの話の途中から、涙を流していたようだ。


「ああ……みんなに……特に子供たちには、別れの挨拶くらいはしてほしいってお願いしておいた。

 宮殿警護のクエストの途中から急展開して、時間がなくてバタバタとして、宮殿から畿東国へ直行してしまったからね。


 イチ王子も、みんなに会いたがっていたから、落ち着いたら来てくれるんじゃないかな?今度こそ本当の王子様のお披露目で、畿西国宮殿へ来訪するはずだから、そのついでにでも寄ってくれるはずだ。」


「へえ……王子様だったら、きっと豪華でかっこいい服で決めてくるんだろうな!」

「髪型だって……いつものぼっさぼさじゃなくて、きちっと整髪して決めてくるんだぜ!」

「かっこいいんだろうな……早く会いたい。」

 子供たちはそれぞれ、華やかな衣装に身を包んだイチの姿を想像して笑顔を見せる。ただ一人を除いて……。


「あれ?桜子はどこへ行った?」

 サーティンが見回しても、いつの間にか集会場のどこにも桜子の姿はなかった。


「そっとしておいてあげて……桜子は……イチ先生のことが好きだったから……。」

「ああそうか……桜子は……イチにあこがれていたからな。」


「あこがれだけじゃなくて、本当に好きだったみたいよ。

 イチ先生が本当に凄腕の弓使いってわかってからは……ちょっと戸惑っていたみたいだったけど……冒険者夫婦は、ともに同レベルじゃないと続かないって言われているから……。


 夫婦間であまりにレベルが違うと同じチームにいられないから、ダンジョン挑戦のスケジュールも異なって、すれ違いが多くなって絶対にうまくいかないって、うちのパパもママも言っていたし……。


 だから……絶対に追いつくんだって言って、イチ先生の冒険者クラスはBでそれでもすっごく上だったのに、本当はSかS+と言われていたから……それはもう必死に……。


 朝晩のイチ先生との訓練だけじゃあ足りないからって言って、学校の休み時間とか、登下校の最中だってイチ先生を真似して手首と足首に重しをつけてたし、夜も遅くまで一人で特訓していた。弓使いなのに魔物を受け止めようとして体中痣を作ったりしてね。


 それなのに……凄腕の冒険者だったらワンチャン……ってわずかな希望がないことはなかったけれど、さすがに王子様じゃねえ……しかも連邦の長たる畿東国の王子様……でしょ?


 絶望的なわけよ……手が届く届かないどころか、住む世界が違うんだものね……そりゃあ悲しむのは無理もないわね……暫くは、そっとしておいてあげて。」

 菖蒲がため息交じりに、桜子の気持ちを解説した。



 22年間行方知れずだった王子が奇跡的に見つかったことが正式発表され、それから半年間は連邦を上げて祝賀ムードだった。毎週日曜になると夜には花火が打ちあがり、王子の過ごした22年間が徐々に明らかになって行った。


 それはもちろんイチが生きてきた軌跡であり、蝦夷国の教会横の小さな孤児院から始まり、中学卒業後に師事した冒険者の師匠のチームや、そこでイチが修業に使ったとされるユニークな訓練道具などが見つかっては、興味津々に報道された。


 人付き合いが苦手で、ほとんど外出することのなかったイチではあるが、明るく元気な子だったとか、登下校時に顔を合わせると必ず挨拶してくれたなどと懐かしむ、自称イチの知り合いとする人々がどんどん増え続けて行った。イチが育った教会は潰れかけだったが越境の信徒が急増し寄付も増え、イチが修業したとされる冒険者チームには、入門希望の子供たちが殺到しているようだ。


 そんな華やかな世間とは異なり、サーティンヒルズは明かりが消えたように暗かった。


 中学を卒業したばかりからたったの半年間で、チームのレベルを2つも上げたナナファイターズは、ぱったりと活動を停止し、その存亡を危惧されていた。確たる変更理由がない限り、個人のレベル評価は年度ごとに1回なので、チームレベルが上がっても桜子たち個人のレベルはC−級のままなのだ。


 イチからメンバーをばらして各チームに振り分けることを提案されていたサーティーンは、各チームからの希望を取り付けて振り分け先を検討していたのだが、彼らはチームを解散しないと言い出した。


 ナナファイターズだけが王子となって行ってしまったイチとの唯一のつながりであり、イチから解散を告げられるまでは、自分たちからチームを離れるわけにはいかないと主張したのだ。


 このままイチが訪れなければその時はその時で、自分たちだけでダンジョン挑戦すると息巻いて、イチに与えられたとおりの訓練プログラムを日々こなしていた。


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