助けを乞うのも一苦労
4.助けを乞うのも一苦労
(いないやつのこと言ってても仕方がないだろ?人と話すのはゼロの役割だから、ゼロが来るまで待ちます……なんて悠長なこと言っていられないんだよ!せっかく助けに来てくれたのに、奴らがどこか行っちまったら、また魔物たちに取り囲まれちまうかもしれないんだぞ!
そりゃあ……あいつらがこのダンジョン内の魔物を一掃してきてくれたって言うんなら安心だが……せめてその辺の確認くらいはしとかないと、イチが生き残れる確率は非常に低いぞ!)
「そそそ……そんな……こと……おおお……俺が……たたた助けを……たたた……頼もうが……どどど……どうしようが……おおお俺の……かかか勝手だ……。」
(いや、まあ……そうなんだけどよ!さっきも言ったが今はその……俺がイチの中にいるんだよ。お前さんの心の声なんてさっきは言ってみたものの、恐らくイチとは別人格だ。そもそも俺が生きていた世界は、こんなファンタジーな世界じゃあない。ダンジョン?魔物?そんなのゲームか小説の世界にしか存在しなかった。
さっきも言ったが、どうして俺が今ここに……イチの体……というか頭だな……意識の中にいると言ったほうがいいのかもしれないが、俺はイチの目を通してみることが出来るようだし、もちろん耳を通して音も聞こえる。イチが弓を射る時の指先の感触ですら感じていた程だ。俺はお前の中にいる!
そうして俺は死にたくないんだ。だから頼む……助けを求めてくれ!)
「いいいい……いやだ……。」
ところがイチの心はかたくなだ。
(おい……どうしてだ?)
「……………………}
呼びかけても何の返事もない。
(そうかわかった……だったらこのままずっとお前の頭の中で話しかけ続けてやるぞ!いいのか?お前みたいなコミュ力ゼロの奴は、人から延々と語りかけられたことなんかないだろ?特に母親からのそれは……うっとおしいもんだぞ!まあ、向こうはこっちを心配して……ということは重々承知してはいるのだが。
心を閉ざして人からの助けを拒むお前に対して、人と人とのコミュニケーションの大切さを語り続けてやる。
まずはそうだな……人という文字は……)
「……………………わわわ分かった……分かったから……いいいいいい加減……だだだ黙れ。」
仕方なくイチが振り返ると、やはり分岐の中には誰の姿もなかった。
(ほら……ぐずぐずしているから、行っちまったかもしれないぞ。急いて追いつくんだ……と言っても足を怪我しているから走れはしないか……さっきは本当に命がけで、必死だったからな……落ち着いた今は少し正気に戻っているから難しいかもな。追いつけるかな……ほれ頑張って……立ち上がって……)
イチは多少ふてくされ気味に歩き出そうとして、そのまま壁に手をついてよろけながらくぼみから分岐本道へと出てみた。すると分岐右わきに洞窟天井まで届かんとばかりの巨体が、壁に背をつけて潜んでいた。
「動けるじゃないか……どうした?おいおい……逃げるなよ……俺たちは幻じゃあない、ちゃんとした人間だ。安心してくれ。」
巨体の騎士はイチが慌ててくぼみへ戻ろうとするのを、左腕を掴んで引き留め話しかけてきた。
(やったじゃないか……待っていてくれたんだ。ほれ……すぐに自己紹介……名前を言って……)
「……………………」
(おっ……おい……どうした?まずは、名前を言え!イチですと言って……助けてくれてありがとうというんだ!)
「おおお……俺は……いいいい……イチ……。」
「おお……そうか……さっきも名乗ったが……俺はサーティンという一介の騎士だ。それよりも、これはお前さん一人でやったのかい?凄いよなあ……。」
(イチと言いサーティンと言い……この世界の名前はどうなってるんだ?まあ……そんなことよりも、イチの弓の腕をべた褒めだぞ!やっぱりこの世界レベルでもお前は、凄腕ということなんだな?)
「…………………………」
(まただんまりかよ……待望の救助隊だぞ!このままだんまりで帰すなんてもったいないから、ちゃんと今の状況を伝えて、助けてもらえ!)
「ななな……何を……はっ話す?」
(ああそうだな……まずは聞かれたことに答える……イチの凄腕のことを誉めてくれているんだから、その辺のことだな。ここに積み上がっている魔物たちはイチが一人で仕留めたんだろ?向こうはほかに仲間がいたんじゃないかと心配してくれているんだから、まずはその点を伝えるんだ。
僕が一人で仕留めましたって言うんだな……。)
「おおお……俺が……ししし……仕留めた…………………………」
(だから……俺が一人で仕留めたんだぞ!なんて胸張るんじゃなくて……謙遜しておくんだ謙遜……へりくだるんだ!これから助けてもらおうって言うんだからな。俺一人だけでも十分戦えますなんて自慢してたら、はいそうですか、邪魔をしてしまいましたか?じゃあねって言われて速攻で引き上げられるぞ!
そうだな……さっきイチが頭の中で考えていた通り、これは死に物狂いで何とか倒しました。火事場の馬鹿力というやつですって言って、決して普段の自分はこんなに強くはないんですって謙遜するんだ。そうすりゃあ、そうか大変だったね……俺たちが力になるぞって言ってくれるはずだろ?ほれ……そう言え!)
「ででで……でも……おっ俺の実力ででで……はなく……ししし死に物……ぐっ狂い、かかか火事場の……。たたた……大した……そそそ狙撃手でない……びびび……Bだ。」
「ふうむ……お前さんの腕前がBクラス評価とは……よほど凄腕ばかりの冒険者組合なのかな?連邦内の冒険者査定は共通評価基準と聞いていたんだが……。もしかするとお前さん一人だけで倒したのではなく、他にも仲間がいて、俺たちが来るのが遅くて犠牲に……ということなのか?」
「………………………………」
(おい……聞かれていることに答えてやれよ!ダンジョンに仲間と入ったけど、その仲間とはぐれましたって言うんだ。)
「いいい……いや……こここのダンジョン……はは入ったの……ちちちチームで……はははぐれて……ああ朝から……ひっひとり……なな仲間……いっいない……。」
「おおそうか……チームメンバーとはぐれてしまったんだな?たった一人だけで魔物に囲まれて戦っていたということか……それにしてもすごい集中力と体力だ……うちのパーティにもお前さんのような凄い奴はいないよ。」
「……………………………………」
(いちいちだんまりで会話が続いていかないよな……まあ、対人折衝はかなり苦手のようだからなあ。取り敢えず質問は終わったようだから……こっちから、なんか聞いておきたいことはないのか?)
「きき聞いて……おおおきたい……こっこと?」
「うん?どうした?誰か奥にまだいるのか?」
サーティンが身をかがめて、イチが潜んでいた分岐の奥を覗きこもうとする。大柄な風体をしてはいるが顔立ちは整っていて、目が大きく鼻も高く口ひげを蓄えた大きな口から、真っ白い歯が覗き見える。
「いっ……いや……ななななんでも……なっない……だだだ誰も……いいいいない……。」
イチは焦ってうつむきながら、くるりとサーティンに背を向けた。心臓の鼓動が早くなり顔が上気して、息が上がってくるのが伝わってくる。
(俺との会話を声に出していると、変な奴と思われちまうぞ!声に出さなくても頭の中で考えれば伝わるはずだから、声に出すのは目の前のでかいやつに話しかける時だけにしておけ。
せっかく助けに来てくれたんだ、何か聞いておくことがあるだろ?そのために出て来たんだろ?)
(…………………………………………)
(いや……あの……その……頭の中真っ白か?頭の中まで無言なんて……どういうことだ?
だ・か・ら……色々とあるだろ?そうだな……まずはどうしてここにいるのか聞いてみろ。イチのことを誉めて見たり、ちょっと救助隊っぽくない会話だよな……まずはその辺のことを聞いてみろ!)
(どどどうやって?)
(どうやってって……その……さっきからイチも思っているだろ?どうして彼らがここにいるのか不思議なわけだろ?その……そうそう……組合にダンジョン申請したから、他のパーティはこのダンジョンに入ってこない筈だろ?今さっきそう考えたよな?だったらそう言え!)
「はぁー……ふぅー……くくく……組合……だだダンジョン申請……しっしてた……こここ……このダダダ……ダンジョン……たたた単独……ちっチーム……むむむけ……。どどど……どうして……きた?」
(そうそう……でも……眠りこけていたところを襲われたわけだし……もしかしてずっと何日間も眠っていたんじゃあないかとも思っているんだろ?だったらそう聞くんだ!)
「ききき期限こっこえたか?……そそそ捜索……ねっ願……ででで出た……か?はは入って……ままま……まだよよよ4日……じじじゃない……のっのか……?」
仕方がないと悟ったのかイチは大きく息を吸い込んでから吐き出すと、背を向けたままようやく話し始めた。イチのチームは、もしや全滅してしまい捜索隊か?イチの脳裏に最悪の事態がよぎる。
「うん?ああそうか……組合にきちんと申請してダンジョンに入ったのに俺たちがいるから、取得した宝を横取りする盗賊のたぐいだと警戒していたのか?だったら安心しろ、俺たちはいっぱしの冒険者だ。
俺たちは畿西国の冒険者で、お前さんたちは畿東国の冒険者じゃないのか?ここは両国の国境にあるダンジョンだからな……よくあることさ。ダンジョン内での冒険者の鉢合わせ……。」
騎士の男はイチが頑なに応対を拒絶した理由を自分なりに解釈したのか、先ほどまでよりも明るい口調で話しかけてきた。隣の国の……冒険者組合のネットワークは国境を越えて通じ合ってはいるが、未攻略ダンジョンではどこまで通じているか不明なので、別の出入り口からのダブルブッキングはありえることだった。
一つのダンジョンに出入り口がいくつもあるというのは、それほど珍しいことではない。
ダンジョンは山中に多く点在し、国境という区画も山の中にあることが多いので、未攻略ダンジョンの場合は近隣のダンジョンのクエストを1時停止する措置が取られるのだが、国をまたがって通じているダンジョンの場合は組合が異なる為に情報伝達に時間がかかり、ダブルブッキングに特に注意が必要と言われている。
(ううむ……なんとなく事情が……そうか……お前はクエスト完了間近のパーティを狙って、宝を横取りしようと企む山賊のような奴らを警戒していたんだな?だったらそう言えばいいのに……それに、出会った時の奴らの態度を見れば、そうでないことは分かったはずだがなあ……。
それにしてもこいつは……お前の片言の会話でもきちんと理解してくれているな……)
「見たところ一人だけの様子だが……仲間は全滅か?」
「……………………………………」
(だ・か・ら……問いかけてきてるんだから答える!そうやって人との信頼関係を確立して、仲良くなっていくんだろ?お前だって話しかけて、無視されたらいやだろ?起きたら誰もいなかったと言っておけ!)
「わわわわからない……めめめ目……さささ覚めたら……なっ仲間……すすす……姿……どっどこにも……なっ……仲間たち……あっ会わなかったか……?」
「そうか……夜襲をかけられたということだな?残念だがお仲間の遺体などにも出くわすことはなかったね。
俺たちも4日前からダンジョンに入ったんだが、どうやら先を越された様子で、最深部に入ったらボス魔物もいなくてお宝は全て持ち去られた後だった。雑魚魔物もいなくてよかったが、お宝が根こそぎやられていたのはショックだったね。
仕方なく帰路についたんだが途中からダンジョン内の魔物たちが、姿を見せないことに気が付いてね……斥候からの報告では、こちら側に移動しているということだったから、先行されたパーティが魔物たちに取り囲まれていると分かり、お宝にありつけるチャンスとばかりにやってきたというわけさ。
ここへ来る途中でボス魔物には遭遇して、すでに倒してはいるがね……苦労してボス魔物倒してもお宝がないのは、悲しいものがある。
それにしても……集魔香を焚くとはね……ダンジョン最深部で、ボス戦に自信がないときにボスを引き寄せるために使って、その隙に目当てのお宝だけをゲットして逃げ帰るという、昔流行った金だけはあっても実力がない3流冒険者たちの常套手段だが……しつこく襲ってくる魔物たちのおかげで全滅かい?
しかも……なぜなんだい?わざわざ魔物たちを自分たちの方へおびき寄せるなんて……危険なことを。
ダンジョン最深部での集魔香の使用は、別ルートから探索している別パーティを危険にさらす恐れもあるし……魔物たちの密度が上がり過ぎてクエスト失敗が続出したから、すでに我が国の冒険者組合では禁止されている行為なんだが……君たちの所では違うのか?」
「……………………………………」
(ほれ……どうした?いちいち話すことを言わないといけないのか?さっきは自分なりに言葉を足せただろ?
集魔香というのは何だ?……ダンジョン内に巣くう魔物たちを1ヶ所におびき寄せるためのお香か?今は組合のルールで使っちゃいけないんだな?その割には匂いも何も感じないな。イチもそう思っているんだろ?だったらそう答えろよ!)
「しゅしゅしゅ集魔香……?こここっちも……おっ同じ……ででででもにっ匂い……しっしてない?」
「うん?そっちでもやはり集魔香は禁止なんだろ?ああ……匂いか?これは相当に鼻の利くやつにしかわからないようだ……うちのパーティでも斥候をやっている機甲兵一人だけが言い当てた……匂いがしないばかりか煙も上がらない……最高級の集魔香のようだな。」
「ほら、これだ……。」
騎士の横から小さな影が飛び出してきて、瞬時にイチの背中の腰のあたりに手を伸ばしたかと思うと、一束の香を見せてくれた……なんと……イチの腰には集魔香の束が結び付けられていたのだ……道理で逃げ回っていた時にも後から後からと魔物たちが襲ってきたわけだ。