命がけの判別法
14.命がけの判別法
「ふうむ……ゼロやイチが育てられた教会の神父は……すでに他界しておるから、ゼロやイチが守り刀と一緒に捨てられていたかどうかは、確認できなかったのだな?そういえば……守り刀には……念を封じてあった筈だな?常に身に着けておったものに強く反応するようにと。」
畿東王は、今度は守り刀による認定の是非を問おうと考えたようだ。
「はっ、仰せの通りです。そのためゼロ殿の検証の時に守り刀が引き合ったことで、守り刀の持ち主であると認証されました。偽装のために柄も鞘もボロボロなものを持たせておりましたが故、日常生活で身に着けているということは無理であったようで、その為弱い力ではありましたし、他の兄妹たちにも反応しました。
それでもゼロ殿に対して、より強く反応したことにより、王子と認定されたのです。カバンの奥にしまい込んでいたという証言が、判断基準となりました。」
今度は烏帽子と一緒になった袈裟を被った者が答える。王宮の上級神官か高僧であろう。玉座前のテーブルの上には、すでに装飾が施された柄と美しく漆を塗られた鞘に納められた守り刀が置かれている。
「だがイチは……毎日守り刀を出して拝んでいたと聞いた。それはゼロも認めておるではないか……だとすると、イチにはより強く反応するのではないのか?その守り刀が、イチが所有していた守り刀であるとなればな……より強く反応したなら、それはゼロが託されたという守り刀ではなかったことにはならんか?」
しばし考えた畿東王は、今一度守り刀に判定を預けることに考え及んだ様子だ。
「お待ちくだされ国王様……。」
「どうした……ゼロよ……。」
「ははっ……お恐れながら……申し上げます。イチの奴はいつも……部屋の隅に一人でおるような奴でして……。そのため我ら家族の荷物番をさせていた次第です。我らが外へ出かけて食事に行った時でも訓練と称し、大方部屋に閉じこもって一人乾パンをかじっていたのでしょう……。
そのため仮に私の守り刀であったとしましても、もしかすると私よりもイチのほうが、より長く近くに居た可能性がございます。どうか……そのような確認方法は、お控えくださいますようお願いいたします。」
ゼロは畿東王の提案を論破し、行わないよう諫めた。
(おお……いい考えと思ったのにな……またまた策を封じられてしまった……)
「ふうむ……そうなると……確認の方法がないではないか。守り刀は恐らくイチにも反応するであろう?確認してはおらぬが、他の家族4人ともに反応するのであるから明白だ。しかもより強く反応したところで、それがイチの持ち物であったという証拠にはならんと……ではどうすればいい?」
万策尽きたとばかりに、畿東王は天を仰いだ。
「王様、ご提案がございます。」
「なんじゃ?わが后よ……。」
するとここで、玉座の隣に座る美しい婦人が発言……畿東王妃のようだ。
「守り刀を王子に預ける際、幼き王子の指先を切り、中子にその血を滴らせました。故に守り刀は王子を覚えているはずです。ゼロとイチ、2人を順に座らせ、胸の中心の高さに守り刀のむき出しの刀身を向けて置くのです。王子に強く反応するのは中子であり、引き寄せられても半回転して中子の先が当たるだけでしょう。
ですが……王子とともに生活していただけの偽物であれば、必ずやその刃先が、その者の胸目がけて引き寄せられるはずです。ゼロ達の確認をした際は柄を付けたままだったので、どれだけ強く引き寄せられても寸動程度で比較が難しかったのですが、柄を取り外せば勢いよく飛んでいくはずです。
もし偽物であれば……それはそれは不幸なことになりかねませんが……この際、仕方がないでしょう。
まずは王子であるとしての申し込み順で……ゼロから……試してみなさい!」
手詰まり状況を見かねたのか、王妃は少々物騒な確認方法を提案した。
「そんなことをしたら……仮に偽物であったならひとたまりもないぞ。ゼロで確認済みだが、確かに宝剣は長く生活していたものに強く引き寄せられる。王子であれば中子を先頭に……ということのようだが、もし偽物であれば……すごく過激な確認方法になってしまうが……よいのか?」
畿東王は、これから予想される惨劇を思い、躊躇している様子だ。
「仕方がないのです。王子であれば傷つく心配はございません。ですから何卒……お願いいたします。」
王妃はそれでも、王に願った。
「ううむ……確かにこう膠着状態のままでは埒が明かん……試してみるか……王子であればいいのであるからな……よし……ではゼロ……上着を脱いで、そこのテーブル前の席に座れ。」
観念したように畿東王は、ゼロに確認のため席につくよう命じた。
「ままま……待ってください……そのような危険な手順で……ほほほ……本当に……確認できるのですか?」
すぐにゼロが、及び腰で確認する。
「まあ、后のいうことだ……間違いがないだろう。愛する王子を危険にさらすことなど、ありえないのだからな。だからゼロ……お前も王子であると主張するのであれば、神妙に席につけ。」
「いえいえいえ……まずはどなたかに実験台になっていただかないことには……安全を確かめてからでないと……とても出来ませんですね……。」
「何を言っておる……守り刀は、長く一緒にいたものにしか反応はしないのだ。そのように念が込められておる。だから……今この場にいる、お前たち家族として育ったもの以外では、ピクリとも動きはせんわ。新たに装飾を施した細工師たちですら分業制でな・・・反応するまでの時間は接しておらんと聞いておる。
長年同じ部屋で一緒に育った、お前たちだからこそ反応して動き出すから、その中で王子を割り出したいのが、分からんのか?」
畿東王はゼロのあまりの過剰反応に呆れ気味に、小さく首を振った。
「そそそそ……それでは……兄弟のうちの誰か……に……ニイでも……ヨンでもいい。こちらに来て上着を脱いで席につけ。そうして守り刀が、どう動くか確認したい。」
ところがゼロは興奮気味に、まずは他の兄弟たちに確認させるのだと頑として主張した。
「ううむ……言っておることが分からんな……ゼロよ……だから……王子以外で、そのようなことをすると危険と后が言ったであろう?守り刀が反応して、刃先が勢いよく胸に当たったらなんとする?」
「だだだ……だから……そのような惨事になれば……お妃さまも気づいて……そんな野蛮なやり方を、ひひひ……否定なされるはず……ですので……ほら……ヨン……こいっ!」
「いやだっ……ゼロ兄っ……勘弁してっ!」
ゼロはヨンの背後へ歩み寄ると立ち上がらせ、ヨンが叫ぶのに構わず上着を無理やり剥いで、テーブル手前の座布団に強引に座らせた。それに反応して少し動いた宝剣を手に取り鞘から抜き、ヨンの前に置いた。
守り刀はヨンに反応して少しずつ動き始めるが、柄が抵抗になっているのかゆっくりとしか動けないようだ。
「俺がヨンを押さえつけておきますから、どなたか柄を外してくだされ。そうしてどのような惨事になるか、はっきりとご覧くだされ!」
ゼロの目は本気であった。一同生唾を飲み込んで、事の次第を見守っている。
「ぜっゼロッ!ままま待って……くくれ……だだだったら……おお俺が先……まっ守り刀……まま前に……すっ座る。だだだから……よよヨン……はっ放して!」
すぐさまイチが、ゼロを止めようと立ち上がった。
(おいおい……指示してないのに勝手に動くな!恐らく危険はないはずだが……王妃の考えが、まだわからんのだからな!)
(だめだ……ヨン助ける……俺が先に……座る……)
(はあ……勝手にしろ!)
「ふん……イチよ……お前がここに座って、無事だったからと言っても、何にもなんないんだよ!
どれほど危険なことをやらせようとしているのか、実際に犠牲者を出して教えてやらないとな!」
ところがゼロは、イチに場所を譲るつもりはない様子だ。
「お待ちなさい!イチが最初に審判を受けると言っているのだから、イチに譲るのが筋ですよね?」
するとサーティンがやってきて、ゼロを後ろから羽交い絞めにした。両肩を押さえつけるゼロの腕の力が緩んだのに反応してヨンはするりと抜け出し、咳き込みながらニイたちの元へと駆け戻って行った。
「俺は認めないからな……イチが無事だったとしても、こんな野蛮な確かめ方は無効だ!」
イチが上着を脱いで上半身裸となり、テーブル前の席についた。
「どなたか柄を外してやっていただけませんか?器具を持っておりませんし、この者を取り押さえておくのも大変で……。」
「はっ……では私が……。」
上座手前の真ん中に陣取っていた宣が立ち上がって、工具を使い笑顔で柄から刀身を外してイチの前に置いた。
ブルブルブルックルンクルンッ ところが抜身の刀身は少し振動してイチに引き寄せられたかに見えたが、テーブルの端辺りで止まってその場でゆっくりと、小刻みに振動しながら回り始めた。
「イチに向かってどこまでもとは、引き寄せられて行かないではないか……ではイチも、王子ではないということになるな?
ふん……どうせそのようなことだろうと思っておったわ……ただのはったりをかましていたということだろ?守り刀は飛んでなど行かないのだ。」
ゼロが勝ち誇ったようにサーティンの緩んだ両手を外し、振り返って睨みつけた。
「そうではありませんよ。」
「何を申すか。現に守り刀は、ただ端で回っているだけではないか。」
「そうですね……ですが、イチはちゃんと席に座れましたよ。」
「はあ?」
「訳の分からんことを……よく守り刀の動きを見てみろ。あれでは俺が王子として認定されたときと、それほど変わらない動きではないか……余計な柄がついていたことを考慮すればな。先ほど申したように、恐らくイチの方がより長い時間刀の近くにいたがため、少しだけ強く反応しているだけだ。
お妃さまは王子であるならば中子を先頭に王子目がけて飛んでいくと、おっしゃっていたではないか。そうしてもし王子でないのであれば、刃先が飛んでいくと。
だからこそ、そんな野蛮な行為はやめさせようと、王子でないものが実際に試したならどうなるのか、ヨンを使って確かめさせようとしたのだ。どれだけ野蛮で愚かな行為か分からせるためにな!
こんな確認方法自体が、無効なのだ!」
ゼロはここぞとばかりに息巻いた。王妃が提案した王子の見極め方が失敗に終わったのだから。
「さすが……平気で人を生贄に差し出す鬼畜チームのリーダーだっただけはありますね、本性が出ましたな。
イチのみならず……末の弟であるヨンまでもを生贄にささげようとするとはね……あきれました。畿東王妃様が本気で、かような野蛮な判別方法を提案なさるはずがないではないですか。そうですよね?」
「私の考えではないのですよ……娘が……耳元で囁いて教えてくれました。」
サーティンが王妃へ振り返ると、王妃はにっこりとほほ笑みながら横を向いた。そこには髪の長い煌びやかなドレスに身を包んだ美女がほほ笑んでいた。王女のようだ。
「そうですか……王女様……知略に飛んだ御方のようですね。」
「何を言うか……俺はこんな野蛮な確認方法を行うと惨劇が生まれると知らしめた後に、それでも行うというのであれば、仕方なく自分で席につくつもりでいた。そうしなければ、俺の次に座るイチが危険だからな!」
それでもなおゼロは、確認方法が良くなかったのだと主張する。
「おかしなことをおっしゃいますね……イチは自分が王子であるかどうか……主張している訳ではないけれど、それでも王妃様……実は王女様だったようですが……を信じて席についた。まさか、人を殺めるような方法を提案するはずがないと信じたのですよ。
万一があってヨンを傷つけるのであれば、自分が傷つこうという考えがあったのかもしれませんけどね。
ですが、あなたは頑として席につこうとしなかった。ご自身が平気で人を犠牲にしてでも、のし上がって行こうとするような人間だから、王妃様がおっしゃった残酷な確認方法をも信じてしまった。
それでも王子であれば、絶対安全とおっしゃってましたよ!なのにどうあっても座れませんでしたよね?
もし、あなたが座って、中子を先にして胸目がけて飛んでいけば、あなたが王子として認定され、イチは確かめる迄もなく偽物と判定されたわけですよ。王子は一人しかいませんからね。
それなのに王子でないものが座るとどうなるのか、弟を犠牲にしてまでも見せつけようとした。
まさにそれが、あなたが自分を偽っている事の、動かぬ証拠ですよ。考えてみれば、あなた以外に王子が誰なのか、真実を知っているものはいないはずなのですよ。入れ墨はともかく、守り刀はどちらが持っていたものか、あなた以外には知りえないのです。
だからこそ、あなたを先に席につかせようとしたのだと、そう思いますよ。違いますか?王女様!」
サーティンはそう言いながら、今度は王女に視線を投げた。
「まさにその通りです。お聞きした話の筋書きから言って、ゼロが全てのカギを握っていることは明らか。そのため、まずはゼロから試させることにいたしました。ゼロの動きを見れば、真実が明らかになるからです。
さらに私は鬼畜のようなやり方で冒険者を名乗っていたようなものを、兄と認めたくはありませんでしたから、仮にゼロが自信満々で席について本当に王子であったとしても、宝剣を使った再度の確認方法で正常に反応しないからと難癖をつけて、王子ではないと否定してやるつもりでしたけどね。フフフフッ」
王女はそう言って、いたずらっぽく笑った。
「おやおや……これはこれは……恐ろしいですね。ゼロは判定の席につく前から、すでに王子候補としては除外されていたということですね?まあ、これまでの行いを考えると、致し方ないことと思いますがね。
ゼロよ……あなたは人としての道を踏み外し、さらには家族同然の仲間をも裏切り、そうして王子としての地位を手に入れようとした。ですが……ここでまた、家族を踏み台にしようとして自ら墓穴を掘りましたね。あなたは自分で王子ではないことを、ここにいる全員に明らかにしてしまった。残念でしたね。」
サーティンは厳しい目つきで、顔を真っ赤に染めて呼吸を荒げているゼロを見つめた。