確たる証拠
10.確たる証拠
(どういうことだ?俺の尻の火傷後の治療は、お前が仮病を使えと突然訳の分からないことを言い出してその通りにやってしまったから、サーティンが気遣って俺が家族を捜索するときに邪魔にならないよう治療してくれたのではないのか?)
(ああ……まあその……話せば長い……いや……今その説明を延々と行っているところなんだがな……イチよ……お前はゼロが生贄という悪行に手を染めていたが立ち行かなくなった時に、行方不明の王子のうわさで自分が王子であったと知り、邪魔な存在のお前をなきものにしてから名乗り出たんだと思っているんだろ?
その考えは真実に近いようで、すごく遠い。どうしてゼロが行方不明だった王子として名乗り出ることが出来たのか、そこを考えてみろ!)
(ゼロが……行方不明だった王子だからではないのか?)
(いや……だったらどうして、ここでこんなに揉めているんだ?)
(それは……ゼロが鬼畜と言われるようなことをしていたから……王子としてふさわしくないから……)
(イチよ……もう少し……自分の生い立ちも重ね合わせて考えながら、サーティンたちのやり取りを聞いていろ!ものすごく、わかりやすく説明してくれているんだぞ!)
(うーん……分った……)
「普通の火傷治療であれば……新しく正常な皮膚が形成して終わる……はずです。ですがそれでは痣も入れ墨も消えてしまう。そのため……神官には右臀部の修復を命じました。
やけどをする前の状態まで再生するようにですね……普通の治療では不可能です。秘伝の呪文まで登場して、更にやけどを負った時同様の熱さや痛みも蘇るし、かなり難しい治療のようでしたが……何とかやり遂げましたよ。イチも……かろうじて我慢したようでしたね。」
サーティンがイチの臀部を修復し、入れ墨が復活したことを告げる。
(ああ……めちゃくちゃに熱かったが、イチよ……お前が何か念じると、不思議に熱さが和らいだよな、あれは一体何のおまじないだ?)
(やけどの治療の最中か?すごく熱かったから気持ちを落ち着かせようと……弓を構える動作の訓練のつもりで、頭の中に描いた的に意識を集中させていた。)
(そうか……無我の境地というやつだな?皮膚や筋肉が焼ける熱さも気にしない、獲物を射止める時の深い集中があって初めてお前の手練の技が繰り出せるというわけだ。)
(無我……?)
(いや……まあ……そういう状態があるらしい……俺も自分ではできないけどね……)
「そうだ……わしも先ほど、この者の右臀部の入れ墨を確認した。わしもどのような形が王子の証として入れられていたのかは知らなんだが、確かに今では使われない、連邦制になる前の旧日ノ本国の紋章が浮かび上がっておった。あのような入れ墨……王家の証以外で入れるものなど、おるはずもない。
一般市民が家紋に王家の紋章を模すことは、厳しく禁じられているからな。
恐らくゼロの右臀部にも、同じ紋章が入れられておるのであろうな?わしは確認しておらんが……。
先ほど畿東王宮に連絡して、わしが確認した紋章の形を伝え、それが王子の証としたことは確認済みだ。
今頃……王都中の入れ墨屋を回って……1年から1年半くらいの間に旧紋章の形に入れ墨を右臀部に入れた若者がいなかったか、ゼロの顔写真をもって確認して回っているはずだ。
さて……いかがいたす?ここですべてを明かしてしまうか……あるいは畿東国へ戻って、そこで白状するか……どちらにしても……お前たちの極刑は……免れようはないと思うがの……。」
「連邦の世継ぎたる王子に対し、このような暴挙……決してわが父である畿東王は、許しはしませんぞ!」
畿西卿の言葉に、それでもゼロは強気で睨みつけた。
(おいおい……この期に及んで……すごい強気だな……)
「ふうむ……依然として反省の念もない様子だな……。」
ゼロの態度に、畿西卿もあきれた様子だ。
「さて……これまでのやり取りから、ここにいるゼロ王子の……王子である可能性は極端に低くなってしまいました。かといって、今この場で偽物と判定されたわけではございません。自白もありませんしね。
私は畿東国王宮付の近衛隊隊長というお役目柄、王家にあだ名す不届き物を捕らえるという任務がございます。この者の嫌疑、明確になるまでは私が責任をもって、畿東国までお連れいたします。
王子であるかどうか再審議となるでしょうが……恐らく同じ判定とはならないでしょう。畿西卿には畿東国内の失態をお見せする形になってしまい、大変申し訳ありませんでした。しかも……畿西卿のおかげで、不届きな輩のたくらみを、未然に防ぐことが出来そうです、国王に変わりまして御礼申し上げます。」
宣と呼ばれていた護衛兵は兜の面を上げ、自分を近衛隊の隊長と明かした。
(そうか……最終判断は、この場ではつけようがないからな。絶対に自白などしないで畿東国へ戻ってからも、今の調子でしらを切りとおすつもりか……近衛隊隊長が嫌疑を持って挑むといっているのだから、簡単にはいかないだろうが、意外とひっくり返すのは難しいかもしれないぞ。それにしてもあいつ……)
「おお……誰かと思ったら宣男爵ではないか。わしの后の妹君が……嫁いだ先の……言ってしまえば、わしの義理の甥に当たる……父君は畿東国の重鎮で、そちは現畿東国王女の許嫁であったのう……そうか……お主が一緒に参っておったか……。」
(なんだい畿西卿の知り合いか……しかも親戚とは……どおりで王子に対しても強気でいるわけだ……いくら近衛隊隊長でも王子……であるかもしれない人物に恐れ多くて、あんな態度よほどの確証がなければ難しいだろうにと感じていたのだが……王家にかかわりのある人物だったわけだ。しかも王女の許嫁とはね。)
「ははっ、叔父君様……お久しゅうございます。母上が、叔母君によろしくと申しておりました。このような大役でなければ、直接お伺いして、ご機嫌伺いもできたのですが……。」
宣はそう言って、畿西卿に笑顔で会釈を返した。
「さて……イチ殿……イチ王子とは呼ばないほうがよろしいのでしょうな?そう呼ぶとなると、もし見込み違いであった場合に、どのような罰が下されるやもしれません。
あなたはこの期に及んでも、ご自身が王子と主張しようともなさらん……如何様にお考えか?これまでの話の顛末から、あなたの身の上はお分かりになっていると思うのですが?」
宣はゼロの両肩を押さえつけたまま、イチへと視線を向けた。
「いやっ……あの……その……おっ俺は……おお王子……などでは……なな無い……です……。」
イチは喉の奥から絞り出すような、かすれた声で答えた。
(何をいまさら……いい加減気付け!……というか……すでに大方は理解しているんだろ?)
「そうお答えいただくのが、御身のためでしょうな。だが……如何にも怪しい……というか、これまでのお話をお伺いしている限り、あなたが王子であること以外に、ここまでに起きた事柄を説明する術がない。
あなたが持っていた……であろう守り刀……今ではゼロと申す不届きな輩が、自分が託されたものと主張していますが……ね……。
さらに右臀部に施されたという入れ墨……その形が分からなければ……ゼロはどうやっても王子の証という肝心なものを、手に入れることが出来なかった訳ですよ……。」
「ふん……大方、俺の尻に浮かび上がっていた紋章の形を見て、イチは同じ形に入れ墨を入れたのだろう。
右尻の痣は子供のころからイチも気にしていたし、なにより昔から俺の真似をするのが得意な奴だった……俺が冒険者になりたいと中学を卒業してすぐに働いて金を貯め、1年経ってから師匠の下に修行に入ったら、イチは中学卒業と同時に修行に入ったりな……。
勿論それが、王子の証だとは知らずにだろうが……そうではないと……どうやって証明する?」
ところがゼロは宣の言葉に、宣に押さえつけられたまま、それでも反論した。
(そうなんだよな……イチが王子ではない場合……この可能性だってありえないわけではない。守り刀はイチもゼロも持っていたんだとして右尻の紋章の入れ墨は……イチが痣を隠そうと考えてゼロの尻に浮かび上がった紋章の形を真似て、入れ墨を入れた可能性は否定できないわけだ。)
(俺は……入れ墨など入れてはいない!)
(それはお前の中にいる俺には真実として伝わってくるが……どうやって証明する?イチの入れ墨は再生したものだが……この世界の魔法治療で再生できると考えて、わざと潰したと主張されたら、覆すのが厄介だぞ!現にあれほどひどかった火傷跡でも、再生できているのだからな。)
「ふうむ……確かに……それには……一緒に育った兄弟たちの証言が重要となるでしょうが……口裏合わせは……済んでおられる……ということかな?」
宣は、押さえつけられたゼロを不安そうに眺める、ニイやサン、ヨンを順に見回した。
「だから……口裏合わせなどでは……決してない……。
そっ……そうだ……サーティン殿は俺のチームのことを、鬼畜のような行為をしていたチームとののしられたが、イチはそのチームのメンバーであったのだぞ!確かに……自分たちの未熟さを補うために、犠牲を伴う非道なやり方をしていたと指摘されても否定できない。だが、それはイチだって同じだ。
冒険者組合からも目をつけられ、いよいよチームの運営が難しくなったことを知ったイチは、自分だけ逃げだそうと、あたかも自分が生贄にされたかのように、ふるまっていたのではないのか?自ら焼き鏝を押したり、足首を切ったりしてな……そうではないと、どうして言える?
本当に身内に裏切られたのなら、どうやってその窮地を逃げ出せたのだ?おかしいとはお思いになられないか?生贄のはずが……逃げ出せたことに……?」
ゼロはなおも釈明を続けた。
(サンやヨンは……共謀していなくてもゼロには逆らわないだろう……育ててもらった恩義があるからな。イチに対してもそうだろうが……イチに直接危害が及ぶ羽目にならない限り、期待できないだろう。
しかも……確かにあの状態では恐らくお前はいずれダンジョン内で動けなくなって、魔物たちの餌食になっていただろうな……一人じゃキズの応急処置もできなかったんだからな。それはゼロ達家族なら、至極当然の結果として予想されていたことだろう。
まさか俺が……お前の中に現れたから……なんて言おうもんなら頭がおかしくなったと疑われるし……。
でも俺が付いていたとしても……サーティンたちが来なければ……やはり魔物たちの餌食になっていただろうな……体力も限界に近かったし……矢も尽きようとしていたからな……それでも……誰にアピールするわけでもなければ、自ら焼き鏝などする必要性はなかったと思えるんだが……)
「なるほど……イチ殿が……チーム事情を実は知っていて、そこから逃げ出すために一芝居うったと……自ら傷つけた可能性だってあるというのですね?ふうむ……。」
宣が首をひねり悩み始めた。
(仕方がない……自分では傷つけていないことを主張して、さらにサーティン達が来ることを知らなかったし、助けが来ないのに怪我している所を見せつける必要はないと言っておけ!)
(はあ?)
(ほら……早く!)
「お俺は……じっ自分で……やや焼き鏝……ああ当てて……いいいない……だだダブル……ぶぶブッキング……しっ知らない……たた助け……こっ来ないのに……どどどうして?けっ怪我……しししておく?」
「そうですよ……サーティン殿と出会えることをどうやって知ったのでしょうかね?ここに入ってイチ殿を認めたあなたたちに、サーティン殿はダブルブッキングのおかげで運よく同じダンジョンに入り、イチ殿と遭遇したとおっしゃった。それでイチ殿を助けることが出来たと言った筈ですよ。
ゼロこそサーティン殿たちパーティが、同じダンジョンに入っているとは知らなかったはず……知っていれば、イチ殿を置き去りにはしなかった筈。自分たちの悪行が、まさに現行犯で知られてしまいますからね。そうしてチームリーダーですら知らなかったことを、イチ殿が知るはずがない。
知らないのに……どうしてわざわざ自らを傷つける必要がありますか?助けがこないのであれば、傷ついている必要性などない。自分一人だけで助かる可能性が、ますます低くなるというのに、そんな馬鹿な事をするはずもないでしょう?」
「ふん……それはイチを普通の人間と思っている場合の話だ。現にこいつは潔白を証明しようと、初めて自ら口を開いたではないか……それまではこの場での議論が自分に関わっているということが分からないといったふうに、一言も発しなかったくせにな。自分で考えた工作が無駄にならないよう、仕方なく弁明しおった。
こいつは昔から、何を考えているか分からないことがよくあった。おかしな訓練を考えたりな……だから研修生含め、イチと一緒に日常訓練などやらないようになったのだ。かえって上達が遅れるのでね。
俺たちだって普通の冒険者同様に日常訓練は欠かさなかったし、ダンジョン内で魔物の相手もした。イチは確かに凄腕というのは認める……だがいつも単騎でばかり戦おうとして……チーム戦には向かなかった。
だから……自分一人だけでも余裕でダンジョンを抜けられると考えて……無傷だったら如何にも一人だけ逃げ出したことが丸わかりだから自ら傷つけたが、やりすぎてしまった……ではないのか?」
(ありゃりゃ……言い分をひっくり返そうとイチに発言させたのが失敗だったか……えらい言われようだな?しかも理論的に無理がありそうで……ありえないことでもない。)
「はあ……ああ言えばこう言う……すごい理屈ですね……。確かにこれまでのは状況証拠で、しかもイチ殿の話をもとに組み立てているに過ぎない。これだけをもって、あなたたちのことを否定するのはやり過ぎとは言えますが、対するイチ殿は王子とは決して名乗らないし、王子の証のことも知らなかった節があります。
だからこそ……信頼できると考えているのですが……ふうむ……。」
宣はゼロの両肩を押さえつけていた両手を外し、腕組みして考え込み始めた。




