ゼロ王子
8.ゼロ王子
「いっ……イチ……よ……久し……ぶりだな?ぼっ……ボス魔物に……突然……攫われて行ったときは……もう駄目だとあきらめてしまったが……そうか……無事だったか……さすがイチだ。
よかったよかった。」
「そっ……そうだよ……よくあの状況で……助かったね……さすがイチ兄だ。」
上座に位置しているゼロもニイも、幽霊を見ているかのような引きつった顔をして半分逃げ腰で、睨みつけているイチを何とかなだめようと脳天から出ているような、いつもより高い声色で話しかけた。まさかこの場に出てくるとは、全く予想していなかったのであろう。
「我々のパーティが、たまたまあのダンジョンに挑戦しておりましてね……いわゆるダブルブッキングですよ。通常は起こりえないことですが、国境をまたぐダンジョンでは、稀に起こるようですね。帰った後組合に報告したら、連絡の不徹底を平に謝られました。おかげで彼を救出出来たので、問題にはしませんでしたがね。
本当に……運が良かったとしか申し上げられません……。」
サーティンが、まずはイチに代わって答えた。
「本当に……よく助かった……思う……。たっ多分……焼き鏝……熱くて……めっ目……覚ませたんだと……思う……くっ薬が切れるより……ずいぶん早く……な……。
夕食に……眠り薬……盛られた……だろうな?いつも……誰よりも早く……目覚める……はず……なのに……目覚めた時に誰も……いなかった。しかも……ボスステージ手前……休息したはず……なのに……ボスステージ……居た。眠らせて……ボスステージ……運んだな?
そうして……ボス魔物たち……生贄の……俺……向かっている……隙に……ボスステージ奥……お宝……盗った……。お……俺……ボスステージ……内……ひ必死で……逃げ回っていた……のに……そっそのまま……放って……逃げたな?
サンと……ヨンに……俺が……とっ突然攫われた……説明して……ダンジョン……だっ脱出し、ぼっ冒険者組合……せ清算……寄らなかった……おお俺が攫われて……お宝はあきらめた筈……だからな。
それから……王宮へ……王子として……名乗り出た……とっというわけだ。
俺が……言葉が……遅い……しっ知らない人に対して……と特に……な。そそんな弟……いると……一国の王と……して……は恥ずかしいと……おお思ったか?いいい……言ってくれれば俺は……なな何も言わずに……み身を引いた……はず……。きょ兄妹……のええ縁……切った……はは筈……。」
イチが……少し興奮気味にボスステージに置き去りにされた状況を、説明して見せる。最後は……涙を流しながら、下唇をかんだ。
「いやっ……イチ……そうじゃない……そうじゃないんだ……。」
ゼロが焦って弁明しようとする。
(そうだ……そんな事情じゃあない……別にイチのことを疎ましく思っていた訳じゃあない。)
「そうですよね。そんな理由で彼をダンジョン内に置き去りにしたわけではない、私には分かっていますよ。」
(ほら見ろ……サーティンはちゃんと理解しているぞ……事の顛末を……)
(顛末……?)
(ああ……黙って聞いておけ。)
「そっ……そうなんです……あれは……事故でして……。」
今度はニイが焦って、サーティンの言葉に続けた。
「事故ではないでしょう?イチの腰には火がついた集魔香が、結び付けられていましたよ?集魔香が勝手に転がって行って、イチの腰にとりつき、そのうちに火がつくなんてこと、ありえませんよね?そもそも……冒険者組合で使用禁止されている集魔香……持っていること自体がおかしい。
さらに……あなたたちのチームの噂は……ここ……畿西国にまで流れてきていましたよ!指導という名目で研修生を雇い入れ、ろくな訓練もしないうちにダンジョン内へ連れ込み、あろうことかボスステージで研修生を一人で置き去りにする。集魔香も知らないうちに、つけられていたのでしょうね?
そうなればボス魔物以下、特に魔物の濃度が濃いボスステージ……恐らくある程度逃げ回ったり抵抗したほうが生餌としてより魔物たちを刺激するので、縛り上げたりせずに武器も持たせていたのでしょう。それでも戦闘に不慣れな研修生は、たちまち魔物たちの餌食になってしまいますよね?……しかも……通常ダンジョン内では味わうことが出来ない、人間という格好の獲物。
これをボス魔物含めて多くの魔物たちが取り合っているうちに、あなたたちのチームはお宝を根こそぎ頂いて、逃げ去ってしまう。そんな鬼畜と称される行為を繰り返していたようですね?
イチから、あなたたちチームの活動状況を聞いて、要注意とされているチームと酷似していることに気が付き驚きました。しまいには幼いころから兄弟として育った、お仲間まで犠牲にして自分たちだけ助かろうとした。そんなチームには早々に愛想をつかせて、忘れてしまうのがいいと申しておりました。
ところがイチは、鬼畜のような行為を繰り返すあなたたちを探し出して、これまでの罪を悔い改めさせるのだと言い出して、これからあなたたちを探す旅に出る所だったのです。自らも一緒に罪を償うといいましてね……自分は知らなかったというのに……何とも頭が下がります。」
そういいながらサーティンは、神妙に目を伏せた。
(この辺りはお前も理解しているよな?まさに今回のクエスト終了次第、お前が旅立とうとしていたことだ。)
(ああ……もちろんだ)
「なっ……そ……そんな……こと……あっ……あり……ませ……。」
ニイはサーティンの一言一言に、追い詰められていくような気がしていた。
「確かに研修生たちの事故が多いチームであったことは認めます。それというのも……ダンジョン内で常にイチが単独行動に走るものですから、不慣れな研修生を我々だけではカバーしきれなくて……。
特にボスステージでは……ね……。まあ……冒険者としては……未熟であったのだろうと思います。
ついには兄弟迄犠牲になり引退を考えていた矢先に、滞在先の畿東国で行方不明になった王子の噂を聞いたのです。その状況が、私が捨てられていた当時の状況に酷似しておりまして、少々怖かったのですが、お恐れながらと申し出致しました。決してイチを見捨てるつもりなどなかったことを、申し上げておきたい。
わざとではないのです、イチは……優れたスナイパーですが、我々は……本当に未熟なのです。魔物たちに囲まれてしまったイチを……助けだす術はありませんでした。本当のことです。」
(ほほう……ゼロはなかなか頭が切れるな……自ら未熟な冒険者であったと認めた……普通だったら、ゼロ達にイチとチームを組めるだけの力があったとして、生贄などありえないと主張したいところだろうからな。
敢えて力がないことを認めて、イチを助けることが出来なかった事に真実味を持たせた。これにより研修生の犠牲もひっくるめて、不可抗力であったとするつもりだろう。イチの腰に集魔香がつけられていたということは事実だとしても、今ここで証明のしようがないからな……とぼけてしまうつもりじゃあないのか。)
「そうでしょうな……イチと違い……恐らくあなたたちはイチ任せで、ダンジョン内で魔物と戦闘することなど、ほとんどなかったのでしょう?大型魔物一頭相手でも、総がかりでようやくとか……その程度のレベルでしょうかね?冒険者としての評価も、イチが倒した魔物の数と、その手口を拡大解釈されサポートしていると評価されていたに過ぎない可能性が高い。
だからこそ……生贄を差し出すという安易な行為に走った。自分たちが受けた下積み時の苦労を知っているから、研修生として未熟な冒険者を雇い入れるのは、イチも大賛成だったでしょうからね。
仮に研修生の犠牲者が出たことが不可抗力だったとして……もしそうであれば……研修生を受け入れてダンジョンへ連れて行く時に彼らの身の安全を確保することが困難であるのなら、以降は研修生を連れて行くことなどしないはずでしょう?それなのにあなたたちは研修生の募集を続けた……。
直接手を下していなかったとしても……最早確信犯以外の何物でもありませんよ。
だが……そんな行為は長くは続かない。行方不明となった冒険者の捜索はチームリーダーの責任であり、通常はクエスト申請の際に保険をかける。しかし行方不明者が頻繁に発生すると、保険料がうなぎ上りに上がっていく。当然ながら軍隊や大勢の冒険者を募っての捜索チームには、莫大な費用がかかりますからね。
保険料が値上がりするとチーム名を変えて、あたかも新人チームのようにふるまい同じ行為を繰り返す。一つ所ではバレバレですから定期的に都市を変え、別の冒険者組合で活動していた。
それでも段々と手口自体が見え見えとなり、チーム名変更ではどうしようもなくなっていた。冒険者のIDは一生もので、変えることはできませんからね。履歴を追って行けばいずれは明らかになります。
悩んでいた時に滞在する畿東国で、行方不明になった王子の噂を聞きつけた。しかも……どこかで聞いたような話である……あなたはその話に飛びついた……と言ったところでしょうかね?」
(おおおお……サーティンは力がなかったと認めたことを逆手に取り、生贄行為を続けたことを問題視するつもりだな……当たり前だが……あんなこと不可抗力で片づけられるはずがない……。)
「わざとではない……本当なのです……信じてください。ですが……我々のチームで発生した不幸なのですから……もし償いが必要であれば、亡くなられた研修生のご遺族の方たちに……賠償金を払いたいと考えております。せめて、そのような形で償わせてください。」
(しらを切り続けることが無理と判ったら一転、今度は賠償か……ご遺族に償うということで、罪を免れようということだな?悪賢いねえ……)
「ほう……賠償ですか……そのような蓄えがおありでしょうか?」
(そうだそうだ……両手では足りないほどの犠牲者が出ているんだろ?まともに賠償なんかできるのか?)
「いえっ……あの……その……幸いにも自分は……畿東国の王子と認められたことから、十分な賠償は可能と考えております。御父上には……大変申し訳ないのですが、正直にすべてを打ち明けて……。」
(ははあ……あくまでも自分が王子であること前提なわけね?こりゃあ王子ではないと認めさせないと大変なことになってしまうな……連邦の長たる次期王が、鬼畜行為を繰り返していたことになっちまう。
ここまでは状況証拠ではあるが……それなりに確証を持てるだけの理論建てが出来た。ゼロだって認めざるを得ないことは、分かっていた。だが……ここから先へ一歩でも足を踏み入れると……戻れなくなっちまうぞ……大丈夫か?サーティン?)
「ほう……あなたが畿東国の……王子様であると……こう、おっしゃるのですね?」
(言ってしまったか……)
(ゼロは……王子ではないのか?)
(お前……これまでのことを思い出せ!ゼロが王子であるはずがないだろ?だが……その証明が……1年がかりで検証して、国が認めたことだからな……ひっくり返すのは容易ではないぞ。
だが……もう後戻りはできないから……突き進むのみだ……サーティン……頼むぞ……)
「あ……当たり前でしょう?王子と認められるために……様々な質問に答え身体検査も入念に行われて、身元調査も何度も繰り返し行われた結果、かようなことに相成っている次第だ。
それをそなたは……疑っているとおっしゃるのか?今一度ようくお考えの上、改めて発言願いたい。
そなたの態度によっては……こちらにも考えが……。」
ゼロは前のめりになり、少しドスの利いた声でサーティンを睨みつけた。サーティンも大柄な体をしているが、ゼロも負けてはいない。組み合った場合、どちらが勝つかイチにも見当がつかなかった。
「何度でも申し上げますよ……というか……回りくどい言い方はやめにしましょう。あなたは畿東国のお世継ぎたる王子ではない……でもあなたは王子を知っている。当初は半信半疑だったが、行き場に困ったあなたは最後の賭けに出て、そうして勝利した。王子と認められたのですからね?
王子になり替わって名乗りでて、それがかなったわけですからね、大したものですよ……その準備にどれほど時間を要しました?3ヶ月でしょうか?4ヶ月でしょうか?共犯は……ニイさんだけでしょうかね?
ですが……そこまで行きつくまでの犠牲が大きすぎました。あなたのやった行為は、人として最低の倫理をも犯していますよ。鬼畜……という呼称でもまだ甘い……私には考えもつかない言葉でしょうね……。」
(サーティンのやつ、ついに宣戦布告だ。ゼロが廊下で待機している護衛を呼ぶ前に、決着をつける必要性があるな。こんな事態を予測して、サーティンヒルズの冒険者を宮殿内警護から外したわけではないはずだが……先乗りしたニイが、イチを見かけてまずいと思って屋外警護に変更したのだと思っていたのだが……。)
(そ……そうなのか?)
(ああ……宮殿からの帰り道で襲われただろ?あれだって恐らくニイが近隣のゴロツキを雇って仕掛けたことだ。残念ながら仕留められなかったが、襲われたことを理由にして、お前たちを宮殿内警護から外した。
お前がゼロやニイと鉢合わせでもしたら、大変なことになるからな……)
「この無礼者め!宣!この無礼者を斬って捨てよ!」
ゼロは、左を向いて大声で命じた。宣というのは恐らく、ゼロの左隣に立っているゼロにも負けないくらいに体が大きな護衛の兵を指すのだろう。光沢のある甲冑に身を包み、帯刀している。更に大声で呼べば、障子戸の向こう側で待機する護衛兵も飛び込んでくるはずだ。
(かあ……まずいな……こっちは丸腰だからな……)
(さ……サーティンさんは……なんとしても……守る……)
(ああああ……そうだな……でもどうやって?)
「お怒りをお静めくだされ王子……先ほどからこの者は、非常に興味深いことを申しておるようです。確かに無礼千万……のように聞き及びますが……話しぶりから、作り話にしてはよくできております……。出来過ぎ……でしょうかね?もう少し……この者の話を聞いてみたいものですね。」
ところが宣と呼ばれた護衛兵は剣の柄に手をかけることもなく、そのままサーティンの話を聞こうと言い出した。
(た……助かった……畿東国の護衛兵にも、話の分かるやつがいるということだな?)
「ばっ……ニイ……構わん、この無礼者を切って捨てよ!ついでに……イチもな!」
宣が動かないと見たゼロは、今度は右を向いて叫んだ。障子戸の外では、立番の兵が中の異常な様子に、どう対処しようか右往左往している様子が影として映っている。呼ばれてはいないため、躊躇しているのであろう。だが……それも時間の問題と思われた。
「えっ……でも……。」
指名されたニイは刀の柄に手をかけはしたものの、一歩を踏み出すには至らなかった。