救助隊
3.救助隊
中級ダンジョン初戦がこのようなことになるとは……兄は剣士として中級ともいえるB−級冒険者と認められ、自分も弓の扱いでは中級のB級。兄はリーダー業務で忙しいので、修業がおろそかになっても仕方がない……。1年遅れて修行に入ったニイは、斥候に加え体術とナイフを扱う機甲士としてB−級。
5年遅れのサンとヨンはそれぞれ初級の魔法使いと僧侶としてC−級ではあったが、サンは炎系と水系に加え風系及び土系の攻撃魔法が使え、ヨンは回復魔法を取得していて十分に長期ダンジョン滞在に耐えうると評価されていた。それなのにどうして……
どれだけ考えても今のこの状況が呑み込めないでいた。ダンジョンの最奥にまで入り込んで、さあいよいよボス魔物との戦闘を考えていた矢先の野営で、魔物たちに襲われるとは……
『ギェオー』『キャンキャン』『ンモーッ』ひとしきり魔物たちの襲撃を静めた後、洞窟本道奥の方が騒がしくなってきた。ダンジョンの下の方から魔物たちの咆哮というより叫び声が聞こえてくる。しかも目の前に群れている狼系魔物達以外の嘶き声迄もが……もしかしたら兄達がまだ生きていて助けに来てくれたのか?
矢を持つ手に力が蘇って来た。もう少し耐えれば……助けが来る……仲間が来る……くぼみに背をもたれかかるようにしていた姿勢が前かがみになり、やがて痛い足を引きずりながら数歩踏み出していた。
恐る恐る身を乗り出して本道を確認すると、洞窟窪みの左右から襲い掛かってきていた魔物たちは右手方向に集中し、しかも彼には背を向けていた。すでに仕留めた魔物たちが窪み出口左右に50センチほどうず高く積もっていて、その向こう側にいる魔物たちはなぜか全て背を向けている……右奥の方に何者かがいるのだ……味方か……?
「うおー……。」
渾身の力を込めて矢を連射し始めた。ラッシュともいえる連射は当然狙いを定めるのが難しくはなるが、背を向けている魔物を仕留めるのは彼にとっては造作もないことで、首の後ろの急所を的確に射貫いていき瞬く間に目に見える範囲の魔物たちは地に伏した。
「うぉーい……待った待った……撃たないでくれ……俺たちは人間だ!」
その奥の方から叫ぶ声が聞こえ、すぐさま矢を射かけるのを中止する。
「どどど……どこ行っていた?……こ……こっちは大変……だだだったぞ……。」
やはり仲間が助けに来てくれたのだ……。
気持ちが前のめりとなり言葉が詰まる……ほうっと胸をなでおろした……自分が助かったことよりも、仲間が生きていたことのほうが嬉しく感じていた。また会える……ゼロに……ニイに……サンに……ヨンに……。
ところが洞窟の奥から近づく影が大きくなるにつれ、胸中に違和感がふつふつと湧き上がってきていた。その人数の多さもさることながら、影は……ゼロのものともニイのものともサンともヨンとも異なる見かけないいでたちだった。
先頭を歩くのは……甲冑に身を包んだ騎士であり、そのすぐ後ろを体よりも大きな盾を抱えた機甲兵が続いていた……ほっとしたのもつかの間、ところがさらに大きな斧やナタを持つ重歩兵が続いている……自分のパーティではないのは一目瞭然だった。全員が金属製や革製の兜や帽子を被っているのでよくは見えないが、金髪のほかに緑色や紫色などのカラフルな髪の毛の色をしているようだ。
別の冒険者パーティか……どっどうして?落胆度合いは激しかった……自分が助かったことよりも、仲間が生きているのか死んでいるのかわからない状況がまだ続くことを憂いていた。
「おお……すごいね……これだけの数の魔物を……たったの一人だけで倒したというのか?」
「いやあ……流石にそんなことはないだろ……多分何人もの仲間がいてここまで魔物を倒していたんだが、仲間が順に魔物たちの餌食になって……と言ったところだろ?」
「馬鹿を言うな……魔物たちの傷口を見てみろ……いずれも矢で射止められている……しかもすべて一撃だ……うちのパーティにもこんなすごい狙撃手はいない……。お前さんが一人でやったんだろ?」
どかどかと靴音高くやってきたのは、いかにも荒くれ然とした風貌の男たちだった。
先頭を歩いてきた騎士が隣の機甲兵とやり取りをしていたのだが人の姿を認めると、甲冑の兜の面を上にあげながら問いかけてきた。だがイチはすぐに、くぼみの奥に駆け戻り背を向けて蹲ってしまった。
「おーい……君がこの魔物たちを倒したんだろ?すごいじゃないか。」「どうした?怪我でもしているのか?」
「まさか……俺たちを魔物と見間違っているんじゃないだろうな?俺たちは人間だぞ!」
背後から何人もから呼びかけられるが、窪み奥に縮こまっていた。体の震えが止まらない……。
「まてまて、よく見ると震えているじゃないか。大柄で強面のお前たちが寄ってたかって覗き込むから、怖がっているんじゃないのか?」
「はあ?自分のことを差し置いて……よく言いますね。それに女子供じゃあるまいに……しかもこんな大量の魔物を仕留めた凄腕の冒険者ですぜ?」
「まあまあ……ここは俺に任せて、お前たちはちょっとこの辺りの魔物の死骸を片付けていてくれ!
おーい……恐くないぞ……俺はサーティンという冒険者だ。ちょっと……近づいて行っていいかな?」
背を向けて蹲っていたが首だけで振り向くと、見上げるほどの巨人が狭いくぼみを覗き込んでいた。
ますます、くぼみの奥の壁に張り付くがごとく、背を向けて奥へと逃げた。
「よっ……せ……狭いな……。」
こっそり背後を伺うと、狭いくぼみが埋め尽くされるのではないかというくらいの巨体、何せ大きい……身長は2mを越えているだろう。ダンジョンである洞窟の天井から所々伸びている鍾乳石で、頭を何度もぶつけていると思われ、甲冑の兜の天頂は薄汚れていた。
体も高さに比例して大きく、幅は自分の倍ほどはあるかもしれないと感じられた。と言っても彼だって一般的に言えば体は、小さい方ではなかった。いや……孤児院で暮していたころは栄養失調気味で小さかったが、冒険者になるべく弟子入りして、成長期とも相まって毎日欠かさず食べられる事で急速に成長した。
ぐんぐん成長して身長は170センチまで伸び、一般人としては中くらいの身長まで成長したが、力自慢が多い冒険者は、やはり体が大きな者が多く、冒険者としてはかなり小さな方ではあった。女性冒険者でも自分より大柄な人はたくさんいたが、それでも弓使いを目指した。
遠隔攻撃系は体格差が出にくい職業ではあるのだが、それでも魔法攻撃と違い持つ弓の大きさと弦の張り具合により、放った弓の威力に格段の差が出るため、体が大きいに越したことはないのだが、自分よりも2回りも大きな者に負けないくらい、きつい張力の弓を平気で扱うようになっていた。
「お前さんが仕留めたんだろ?たった一人だけで……見たところまだ若いようだが……大したもんだ。凄いなあ、こんな凄腕は初めてだ。」
「…………………………」
サーティンと名のった騎士は、背を向ける若者の様子を伺おうとして何度も呼び掛けるが、返事がない。洞窟奥を向いたまま、震えているだけだ。
「ふうむ……参ったな。怪我でもしていたら手当くらいは……と思ったんだが仕方がない。自分で何とか出来るんだね?じゃあ、俺たちはいくぞ!」
そう言葉を残して、背中の影はそのまま消えた。
(おい!何をしている?せっかく助けに来てくれたのに、その礼を言わないばかりか、全くの無視か?いくら何でも人として、どうかと思うぞ。何より、お前は怪我をしているじゃあないか。
手当とか言っていたぞ!傷薬とか包帯とか……それこそお前の弟のような僧侶がメンバーの中にいるんじゃあないのか?……今からでも手当をすれば、お前が生き残れる確率も格段に上がるはずだろ?
さっきまで必死に矢を射て、猛獣だか魔物だか訳の分かんないのを殺し続けていたんだからな。
声をかけようにも、あまりにも状況が凄まじすぎて、ただただじっと黙っているだけだった……あの狼みたいなバケモンたちを、次々と射殺していたうちは遠慮していた……下手に邪魔して狙いが外れて襲い掛かられちゃあ、堪ったものではないからな。)
「ななな……なん……だ?ままま……また……かかか神様の……ここ声……か?」
行き止まりの洞窟分岐内を目を凝らして見回すが、先ほど同様人影どころか目に付く虫すら存在しない。
(馬鹿な……俺が神様なわけないだろ?普通の人間だ。さっきも言っただろ?どうした訳かはわからんが、俺はお前の中にいるんだ。さっき会話出来たことから夢ではないと分かり、ずっと俺なりに考えていた。
昼間に見た冒険アニメの影響でダンジョンシーンが夢にでてきたんじゃあないかとも思ったが、それにしてはリアルすぎる。お前の息遣いどころか、襲い掛かってくる魔物たちの咆哮や、射殺される時の断末魔の絶叫に加え、血しぶきが洞窟天井まで達するんだものなあ……地面には血が川のようになっているし……。
俺がよく見るアニメでは、さすがにここまでの表現はしない。目ん球や喉笛射抜かれて、絶叫の叫びが響き渡り血が飛び散りまくるような描写はリアルそのものだ。
それこそ転生物?まさに異世界転生だよな……俺のいた世界ではこんな凶悪な姿した魔物は存在しないし、炎系の魔法だって?……冗談でしょって思ったよ。
こんな世界あるんだ……まさに異世界転生物だ……と小躍りしたけど、いかんせん体が自由にならない。
まあ自由になったところで、俺にはお前のように襲い掛かってくる魔物たちを一撃で仕留めていくなんて言う神業、出来そうもないからね。だから……あくまでも見るだけなんだろうな……転生したその場で食い殺されるなんて悲劇だからな。
ただ見るだけかよ……とか思ったんだが、お前戦闘能力は凄まじいが傷の手当もできないし、せっかく助けに来てくれた人たちをシカト……人としてどうかと思うよ……。)
「ひぃ……」
男は小さく悲鳴を上げ両手で両耳を多い、膝の間に頭を突っ込んで、ますます小さくなって蹲った。
(おい……これは夢でも何でもないし、気がふれたわけでもないぞ!お前の名前はイチだろ?どうやらお前が考えたことが、俺に伝わってくるようだ。記憶を探っているのではない。お前が考えなければ伝わってはこないな……最低限のプライバシーは保たれてますって言うことなんかな?……。
俺のことも……話しかけようとしない限りは、何にも伝わって行かないだろ?
死に直面して、これまでのことをいろいろと思いめぐらせていたようだな……イチのここまでの人生のあらすじ紹介としては、そこそこ十分と言えそうだった。
イチは……冒険者で弓の使い手だ……しかも相当な手練れのようだ。さらにお前の兄弟がいて……ゼロとニイとサンとヨンって……冗談みたいな名前の付け方だな。お前の両親って……そうか孤児だったな……悪い悪い……)
あまりの状況に身体機能が失われかけ自発呼吸もままならず、腹筋迄総動員してようやく肺に空気を送り込んでいるイチの頭の中に、しつこく声が響き渡り続ける。
「おっ……おおおおまえは……だだだ……誰だ?」
ようやく……ようやく……イチがぽつりと呟くように、小さく声を発した。それは、普通に対峙しているだけでは聞き取れないくらいの、それこそ蚊の鳴くようなか細い声ではあったが、声の主には届いたようだ。
(俺か……俺は……うん?あれ?ウーム……俺は……誰だ?)
「だっ……だから……おおお俺が……きっ聞いている……だだだ……誰だ?」
(うーん……誰なんでしょう?)
「ななな……なに?ふざけているのか?」
(いや……あの……その……ど忘れ……でもないか……自分の名前が思い出せん……どころか、俺は一体どこのどいつだ?どうしてここにいるのさえも思い出せん……俺は死んだのか?死んで……異世界転生したのか?じゃあどうして死んだ?)
「おおお……おっお前は……ししし……死んで……いいいるのか?」
(うーむ……難しいご質問ですなあ……さっきまでは死んで異世界転生したのかと思っていたんだが……俺が死んだのかどうかも……第一……生きていたのかどうかすら……記憶が……)
「はあ?……ななな……何を……いいい言っている?そそそれに……どどどうして、お前はそそそんなにれっ冷静でいられるんだ?こっ声を……きっ聞いているおおお俺が……ああ慌ててるのに……」
(うーん……死んじまったのかどうかもわからない俺が、他人の中にいてどうして慌てていないのか?ということだろうが……さっきも言った通り、お前の体は俺の自由にならん。そうして俺の声は、お前にしか聞こえないようだ。そんな中で慌てて騒いでどうなる?お前だって迷惑だろ?
魔物に襲われているときに俺が我を忘れて大騒ぎしていたら……お前の手元が狂って哀れ魔物の餌食になっていたかもしれない。そうなれば俺も一緒に死ぬだろうが、何より俺が入っているお前に申し訳ない。俺のせいで早死にしてしまってはな……だから努めて冷静に現状分析をしていた。
まあ……俺のことはどうでもいいさ。名前が必要だったら、とりあえずは心の声とでも呼んでくれ。)
「心の声?心が話すのか?……俺の心が話しているのか?」
(いや……そうではないが、俺は自分の名前を思い出せないし、お前の中にいるようだ。だから仮にだ……仮に心の声と呼んでくれと言っている。俺の名前を思い出したら正直にいうからそれまでの間だけだ。
それよりも……せっかく危機的窮地に救助隊が来たんだろ?そうしてイチはかなりの深手を負っていただろ?止血はしたけど、恐らく1、2時間に一度はひもを緩めて足首に血を送ってやらないと、足首から腐ってくるぞ。そうなると例え助かったとしても切断しなけりゃならなくなる。
かといって血は止まっていないから、ひもを緩めるとまた大量の血が失われる。気を失う前に適正な治療をしなければ、お前は死んでしまうだろう。助けてくれって言って助けてもらうことは、何も恥ずかしい事じゃないぞ。どうして助けてもらおうとしない?それとも……救助費用は有料なのか?)
「くくく……クエスト……ししし……申請して、だだだ……ダンジョン……ははは入るとき……ほほほ……保険かける……から……ひっ費用は……ほほほ保険から……ははは払われる。」
(そうか……じゃあとりあえず持ち出しはないんだから、助けてもらえばいいだろ?堂々と……救助隊ご苦労……ぐらい言って、手当てしてもらってもばちは当たらないだろ?金払ってるんだから。)
「いいいい……いや……ぜっセロたち……いないと……ひっ人と……話すの……ぜっゼロ達……」
(うん?なんかこれまでのイチの生活状況がちらりと伝わって来たけど……分業制ってことか?イチがダンジョン内で戦って魔物たちを倒す代わりに、クエスト申請とか買い物とか……もろもろの対人折衝はイチの家族が分担して行うということなのか?)
「そそそ……そうだ……。」
(そうだ……じゃねえよ!その……イチの家族のゼロとかニイとかいうやつらは……どこにいるんだ?まあ、そいつらと一緒だったら……こんなことにはなっていないよな?はぐれてしまって一人ぼっちになっちまったから……魔物たちに取り囲まれて殺されそうになっていたんだろ?
助けを求めろよ!死にたいのか?)