最後のクエスト
3.最後のクエスト
「まあまあ……イチ先生を困らせるな。彼には彼の事情があるんだ。」
仕方がないので、サーティンが皆をなだめにかかってくれた。
「事情って……どんな事情ですか?そんな……1年間もイチ先生を放って置いておくような……そんな人たちは、もう仲間とは言えないんじゃないですか?」
それでも桜子は、きつい目つきでサーティンをにらみつけた。
「イチ先生が、うちへ来た理由もあまり詳しくは話していない……個人情報だからな。うちを離れていく理由も……これまた個人情報だから、詳細は伝えられない。
だが、これだけはいえる。イチ先生は、イチ先生にしかできないこと……それは確かにイチ先生の昔の仲間に関わることだが……みんなを置いて行ってでもやらなければならない大事なこと……なわけだ。
話を聞いた俺は、イチ先生の行動は人として正しいことだと判断した。だからこそ、イチ先生を無理に引き留めようとはせず、お別れすることに決めた。今日明日と言うような早急な要件ではないため、最後にお手伝いを、お願いはしたがね。
だけどみんな……あきらめるのはまだ早い……イチ先生の推定が誤っていた場合……詳しくは言えないが俺の推定通りだった場合だな……半年待っても1年待っても、お仲間に巡り合うことはないはずだ。
その時は……あきらめて戻って来てくれるんだろ?逆にすぐに出会って、全てを終わらせても一緒だ。
もう十分となった時には、もう一度サーティンヒルズへ戻ってきてくれないか?おれは、ここまで子供たちがお前さんを慕っているとは思っていなかった。確かにいい先生とは思っていたけどね……人付き合いはあまりよさそうではないからね……お前さんは……飲みに誘っても一度も来ることはなかった……。
だが……これだけ慕われているんだ……用が済んだなら戻ってきてくれ……俺からもお願いする。」
そういってサーティンは深く頭を下げた。
「えええっ……でも……その……。」
全く想い描いていなかったように状況が進み、イチの頭の中はパニックだった。桜子たちの行く末を決めておいてやれば、ありがとうございました先生……で終わるつもりでいたのだ。
「お願いします、何年でも待ちます。」
「あたしも……待ってます。」
『そうだそうだ……待ってるから……戻ってきてください。』
さらに子供たちも一緒に熱望する。最後は全員が声をそろえてお願いした。
(ここまで言ってくれているんだ……戻って来ようや……)
「わわわ……わかり……ました……。なっ何年かかるか……分からないけど……。」
「ああ、ああ……いまじゃあ、ここがお前さんの家と思って、戻ってきてくれ。いつだって大歓迎だ。」
(有難いなあ……人嫌いで付き合いの悪いお前が……こんなにも慕われていたとはな……この子たちがいい子だからだろうが……それもこれもおぜん立てをしてくれたサーティンのおかげだぞ。この恩に報いるためにも、最後のご奉公は完璧にやりこなさねばならんな。)
(わっわっ……わか……った……)
イチはうつむいたまま、ただただ涙を流した。
「そうだ……イチ先生のお別れ会をしましょう!」
「いいじゃない……盛大にね!」
「いいでしょう?イチ先生……最後の日は、そのまま旅立たずに……ヒルズへ戻ってきてくださいね。」
「ええっ……いや……あの……でも……」
「いいじゃないか、わざわざ夜に旅立たんでも……お別れ会は子供たちだけではなく、ヒルズあげて行うことにしよう。そのほうがいいだろ?」
「やったぁー……さすがサーティンおじさん。あたしたちが目一杯飾りつけするから……」
「じゃあ……最終日は行方不明にならんでくれよ……」
(いいだろ?お別れ会をやってもらえば……子供たちだって、そのほうがすっきりするはずだ。)
「わ……わかり……ました……」
『やったー……』
(ほんとはうれしいんだろ?心が躍っているのが伝わって来ているぞ……だが……俺もうれしい……)
「これが、畿西公国の宮殿だ。現王の弟君であらせられる、畿西公のお城だな。」
翌朝、朝食も早めに済ませ、サーティンに連れられてやって来た宮殿は、幅50mはありそうな大きな外堀と内堀があり、石を積んで盛り上げられた基礎の上に築かれた、木造建築5階建ての見上げるほどの建物だった。漆喰で固められた壁は白く塗られていて、屋根は瓦が敷きつめられていた。
逆アーチ状に反りがつけられた屋根の曲線は美しく、建物自体が芸術作品のように感じられた。
(なんだかもろに、日本のお城って感じだな……大きさでは大阪城……あたりかな?江戸城かな?)
(日本?)
(ああ……俺が生まれ育った国だ。)
(そこにはこのようなお城がたくさんあったのか?沢山の王様が住んでいたのか?)
(そうだな……何ヶ所も……だけどそれらは戦国時代っていう、古い時代の遺産……というか名残だ。
文化遺産で、人は住んでいなかった。中には個人所有の城もあると聞いたが、住んでいたわけではないはず。王様も現代日本にはいなかったしね。博物館とかになって中を見られるお城も多かったようだけど、何せ日本全国に散らばっていたからな……現役の城の中を見られるなんて……これはいい機会だな。)
(そうか……)
「通常から警戒厳重で、爆弾など仕掛けられないはずだが、まあ……念のため注意して確認して回ろう。落書きとか、見落としがあっては大変だ。」
渡り橋を下ろしてもらって外堀を渡っていくと、内堀は高さ3m位の瓦屋根が乗せられた塀に囲まれていた。
堀の内側も石が積まれていて、水面までは10m以上高さがありそうだった。水深も深いのだろう……切り立った石垣をよじ登るのも、非常に困難と感じられた。
塀の通用門を通り内堀も渡り橋を下ろしてもらって中へ入ると、すぐにお城があるわけではなく、正面にはまた高い塀がある。右側のなだらかな傾斜を登って行くと塀の切れ間があり、そこを入るとまた塀に突き当たる。そこを今度は左に折れなだらかな傾斜を今度は下っていくと左右を高い塀に囲まれた通路になる。
通路の先は、外からでも見えた大きな城の建物……本丸なのだが、そこへ行くまでの通路の両側の高い塀の上部には小窓が開けられている。恐らく有事の際にはそこに弓兵か魔法使いを配置し、突撃してくる兵に矢か魔法で攻撃を仕掛けるのだろう。
道が傾斜していて折り返しているのは一気に突撃させず、分散させる目的があるのだろう。
(ほお……これが城か……思わぬところで思わぬものに出くわすもんだな……かといって……恐らく前の俺は城マニアというわけではなさそうだな……とりわけうんちくが出てくるわけでもない。)
「ようし……内堀から内側の本丸の正面と、本丸の中の警備が俺たちの分担だ。まずは外側に異常がないか見て回る。1班と2班は右手側。3班4班とイチは正面側。5班と6班は左手側に分かれて徹底的に確認するぞ。
たとえアリの巣でも……変なものがあったら報告してくれ……いいか?」
サーティンの指示でパーティ全員が一斉に散っていき、内堀の内側をくまなく探索する。中でも最後の障壁ともいえる、左右の高い壁の内側は長いのと、梯子を使って登らなければならないので、結構手間取った。
「じゃ……本日は本丸内部の確認だ。全部はとても無理だから、今日は1階部分を集中的に確認する。」
1日中内堀の内側の探索を行った後、翌日は朝から城の本丸の探索を行うことになった。城の中は土間から上がって木の板を並べた廊下に、襖で仕切られた各部屋には畳が敷かれていた。
(ひえー……畳を全て剥がして床下まで確認していくのかよ……徹底的だな……イチは、こういった地道でコツコツと行うことは、嫌いじゃなさそうだからいいだろうが……俺には退屈過ぎる。なんせどこまで行っても同じことの繰り返しで、しかも地味ーで面白みに欠ける……)
(我慢……しろ……)
そうして6日かけて5階部分まで不審物がないか探索して回り、異常がないことを確認し終えた。勿論探索個所は全て表にまとめ、チェックリスト化した。探索後に忍び込まれては大変なので、班単位で交代で泊まり込み、夜間の警戒にもあたった。
7日目からは先行で畿西国から警護部隊がやってきたので、甲冑姿で重装備をした兵士たちを迎え入れた。
サーティンはさっそく部隊長のところへ行き、兵の配置などを打ち合わせた模様だ。基本的にイチのような弓使いと魔法使いは屋外警備にあたり、剣士と騎士及び僧侶たちは屋内警備にあたる。
畿西国から来た部隊は人数も少なく、屋内警備だけに当たる振り分けとなった。
7日目以降はパーティを2つに分割し、昼勤務と夜勤務に区分し、昼夜問わずに巡回警護に当たることになった。イチは昼勤務だったが、サーティンが部隊との打ち合わせが長引き、終わるのを待っていたので帰宅時間は夜半を過ぎていた。
「悪かったな……待たせて……。先に帰って寝ていてもよかったんだぞ。」
「いや……問題ない……3時間も寝れば十分……。それより、どうだった?武器は……模擬矢を使うのか?」
(サーティンには申し訳ないが、サーティンを待っていたというより、奴が参加した打ち合わせの結果を気にしているんだからな……今回の城警護はいわゆる要人警護だ。王子様の警護だからな……そうなると敵は魔物ではない……人間だからな。イチだって人間相手に本気で戦ったことはない。
模擬矢を使用するのが当然と俺も考えていたが……剣は真剣で矢も通常のものを使うといっていたから……これでは戦えないだろ?木刀と模擬矢の使用のお願い……どうなったのか早急に知りたいな……)
「いや……ダメだった。相手はお世継ぎの王子様だ……仮に襲ってくるような者がいたなら、それは連邦全体の国賊だ……捕えてどうこうするよりも、その場で撃ち殺してしまう……という方針のようだ。
俺がお前さんの提案を打ち上げたら、長い平和が続いたから、畿西国は腑抜けになってしまったのかと一笑に付されてしまったよ。賊を捕まえて首謀者を吐かせて、一網打尽にするのだと主張したのだが……捕まる前に自害するだけだから、無理して捕えようとする必要性はないと、聞く耳持たないといった感じだね。」
サーティンがため息交じりに答える。
(はあ……捕えて首謀者を自白させるのだという理屈をつけたのだったが、無駄だったようだな……。)
「そうか……仕方がない……俺だけでも模擬矢で……。」
「待て待て……仕方がないんだぞ……賊が真剣を持っているのに、こっちが木刀では……歯が立たない。
斬り殺すつもりでかかって行かなければ、逆にこっちが危ないんだ。お前さんも模擬矢なんて使わないほうがいい。簡単に掃われてバッサリ斬られる……なんてことになったら、菖蒲たちが悲しむぞ。
まあ……賊が現れる……ということは、まずないはずなんだがね。連邦はここ20年以上、安定して戦乱なんてなかったからね。だが……お世継ぎの……王子様が現れたとなると……どうなるかわからん。
これまでは嫡男たるお世継ぎが不在と……言う状態だったからな。
だからこそ……万一を考えて、俺たちが雇われて警備にあたるわけだ。だから……お前さんもあきらめて、普通の矢を使うことだな……相手を人間とは思わずに、魔物と思うんだな……別に急所を狙えとは言わない、手傷を負わせて動けなくするくらいでいい訳だ。お前さんなら、十分可能だろ?」
サーティンが、イチの肩をポンっと叩いた。
(うん?)
コロニーへの帰り道で、イチがふと立ち止まり低く身構えた。
(だれか……暗闇の中で構えているようだな……敵か?)
(多分……)
次の瞬間、イチたちの目の前に高速で飛んできた炎の玉が落下した。イチもサーティンも、慌てず最小限の動きでそれを躱す。
「うわーっ」「わあっ」
次の瞬間、はるか前方で悲鳴が上がり、がさがさと木の枝が揺れた後に地面との衝突音が……イチがいつの間にか弓を構えているところを見ると、炎の玉が飛んできた場所を狙って矢を射かけたのであろう。樹上に忍んでいた魔法使いが、木から落下したようだ。
「だらあーっ」
すかさず数人の剣士が剣を振りかぶって一目がけて斬りこんできた……が、2人はすぐさまその場に倒れ伏し、残りの3人も茫然と立ちすくむ。イチの矢の狙いが向いているのが、はっきりと分かったからだ。
「ちいっ……覚えていろよ……。」
捨て台詞を残しながら剣士たちは、うつ伏せでうごめいている仲間たちを担ぎ、そのまま駆けて逃げて行った。
「まてっ……」
「追っても無駄だ……下手に追って奴らの根城に迷い込んだら集中攻撃を食らってしまうから、やめたほうがいい。お前さんが……矢じりがついていない模擬矢を使ったから……それでも喉を正確に射貫いていたようだから、まあ……数日は声も出せないだろうがね……奴らも懲りて、もう襲ってはこないだろう。
見たところ……冒険者崩れの……ゴロツキどものようだったな……俺も屋内向けに槍ではなく剣を帯びていたのだが、抜く前にお前さんに倒されてしまった。さすがだね……俺には峰打ちなんて芸当できないから……よかったよ……。」
追って行こうとしたイチを引き留め、サーティンは苦笑しながら腰に下げた剣の柄をポンポンと叩いた。