本当の仲間
24.本当の仲間
「はっ……おおお……俺……は……?」
「なっさけないわね……しゃがんだまま気を失っていたの?冒険者失格よ!」
菖蒲が冷ややかな言葉をぶつける。
(まずいぞ!なんとかフォローしてやれ。初めてなんだし、特に接近戦の菊之助たちは魔物がより近いから、そりゃあ恐いわな……その辺を説明してやれ!過去の戦闘時の記憶がさっき蘇ってきていたが、俺にはお前が魔物に囲まれていても冷静に周りを見つめられていたことを不思議に感じたよ……慣れ……か?)
「まっまあまあ……はは初めて……せせ戦闘だから……きっ緊張して意識……ふふ吹っ飛ぶ……よよよくある……こここれも……たっただ見ているだけ……わわわ分からない……たっ戦おうとして……はは初めて……わわ分かる……。
ああ菖蒲も……ささ桜子も……よよよくやった……。きっ菊之助も……がが頑張った……。まっ松五郎はまた……がが頑張れば……いっいい……。せっ接近戦……だだだから……まま魔物……まま前……とと飛び出していく……ここ恐い……。まっ魔物……ほほ咆哮……牙……すっすぐ目の前……。
だっだから……ああ菖蒲も……ささ桜子も……かっ勘弁してやれ……ささ最初……だだ誰でも……こここうだ……。」
「まあ……イチ先生がそう、おっしゃるのであれば……。次は、頑張りなさいよ!」
『はっ……はい……』
チーム分裂の危機にもつながりかねないので、心の声の指示通りにイチが接近戦の難しさを説明してやり、菖蒲たちに納得させた。菊之助も松五郎も恐縮しまくっていた。
「よっようし……しし仕留めた獲物……かっ皮を……はは剥ぐぞ……。おっ狼系魔物……にに肉……くく臭くてダメ……けっ毛皮……うう売れる。だっだがこれは……ちょ一寸無理……か?」
イチは目の前の体毛がちりちりに燃えてしまい、数本の矢が刺さっている狼系魔物の死骸を眺めて、ため息をついた。菖蒲の炎系魔法で毛が焼けてしまい、さらに桜子が一撃では仕留められず、数発放ったからだ。
「まっまあまあ……けっ毛皮にはむむ無理でも……なっなめし皮なら……なな何とかなるかも……しっ知れない……。おっ奥のは……だだ大丈夫のはず……もも持ってきて……かか皮……剥ごう……。」
イチは菊之助を連れて分岐の奥へ行き、4頭の狼系魔物の死骸を担いで持ってきた。そうして全員で5頭の魔物の皮を剥ぎ、肉と内臓は地面に穴を深く掘って埋めた。
一度に4頭倒したにもかかわらずイチの射撃はどれも正確で、全て喉元か眉間の急所を的確に射貫いていた。矢を抜いてからナイフを使って皮を剥ぐのは習ってはいたが、実際に魔物をばらすのは皆初めてだ。
イチがゆっくりと手順を示し、皆見よう見まねで皮を剥いだ。その手際もそうだが、仕留めた獲物の状態を見ても、自分とは雲泥の差だと……ますます桜子はイチにあこがれの念を抱いた。
「はあ……イチ先生……やっぱりすごいなあ……。」
「なあに?ますます惚れちゃった?」
「ばっ……馬鹿言わないでよ……イチ先生が……あたしのような子供を、相手にするはずないもの。」
「そんなこともないわよ……イチ先生はお休みの日でも、どこにもいかずにいつもと変わらず賄の仕事をして……開いた時間は訓練訓練だから、少しは外で羽を伸ばしたほうがいいんだけどって、父さんも心配していたくらいだから……。サーティンヒルズには、イチ先生にお似合いの年頃の女の人はいないじゃない?
だから……このまま桜子が大人になって行けば……イチ先生とも……なあんて思ってるでしょ?」
「そそそそ……そんな……罰当たりなこと……かかか考えたことないわよ……。いいいイチせ……先生は、あたしの神様だもの……あたしなんて……釣り合わないもの……」
「ふうん……桜子だったらあたしは我慢しようと思っていたけど……桜子にその気がないのなら、あたしが……」
「馬鹿馬鹿馬鹿っ……そんなことしたら……」
魔物がひしめくダンジョン内であっても、行進の最中は女の子の恋バナに……花が咲いていた。
(うん?)
しばらく探索フォーメーションでダンジョン内を行進し、イチが突然立ち止まった。魔物を見つけたのだ。
「よっようし……ささ先ほどの配置で……まま松五郎と……うう梅吉……こっ交代だ……きき菊之助の……うう後ろ……うう梅吉が来て……きき菊之助がおお押さえた魔物を……うう梅吉が倒す……ささ最初のここ攻撃……ああ菖蒲で……つつ次が桜子……おお同じだ。いっいいか?」
イチが足音を忍ばせながら分岐に入って行き、振り向きざまに指示を出す。
「いい?さっき戦った時と同じよ。今度は梅吉が前に来て松五郎が後方を警戒。戦い方は、さっきと全く同じだからね。梅吉……頑張るのよ!」
(またもや桜子が伝令役を買って出てくれているな。こういった役割が自然とできているのは、チームとして活動する上で心強いな。いずれ泊りがけのダンジョンへも挑戦するわけだろ?テント設営に水汲み、炊事担当とか自然に自ら分担してくれるようになると助かるな……)
「よよしっ……あっ菖蒲……たた頼む!」
「燃え盛る炎を制する……」
すぐに炎の玉が3発……闇の中へと飛んでいき、分岐奥を照らした。奥では先ほどよりはるかに大きな、小山のような影が、むっくりと起き上がった。
「ンモーッ!」
「くっ来るぞ!桜子、撃て!きっ菊之助、しっかり構えろ!梅吉、当たったらすぐに突け!いいな!」
先ほどとは違い地響きのような魔物たちの足音が分岐内を鳴り響く中、イチは素早く指示を出した。
同時に風切り音とともに、矢が放たれた。ドッドッドッ……ところが、魔物たちの圧力は変わらず近づいてくる。桜子はもう一度、攻撃を仕掛けるつもりで矢袋へ手を入れた。
ドーンッドーンッドーンッところが次の瞬間、目の前の暗闇に激しい衝撃音が鳴り響く。恐らくイチの攻撃がさく裂したのであろうことは、全員が瞬時に理解した。
「…………………………敵の足を奪わん……落とし穴!」
続いて右前方に激しい衝突音が響いた。巨体の魔物と察知した菖蒲が、魔法で魔物前方に落とし穴を作り、勢いを殺したのが幸いしたのか、菊之助はしっかりと魔物を受け止めた。
「よよしっ、梅吉!突くんだ!」
「うぉーっ!」
覚悟を決めた梅吉は両手で剣を前に突き出し、そのまま体ごと魔物の首筋めがけ突っ込んでいった。
”グザッ……ドォォーン”喉元をかき斬られた魔物はその巨体を支えきれず、地に伏した。
「みっみんなよくやった……うっ牛系魔物が4頭も……しっかり倒すことが出来た。あっ菖蒲……炎の魔法もよかったが、落とし穴……すごい、見事だ……魔物の勢い殺した……自分で考えたか?」
「はい……毎晩寝る前に魔術書を読み返して、炎系水系土系風系に雷系と……4属5系統の環境魔法は全て習得済みです……初級までですけどね。相手は大物で……今度もイチ先生が一頭残すのは分かっていたから……でも……多分、菊之助では吹き飛ばされると思ったので……勢いを殺すつもりで……。」
「なっ……ばっ……いや……ああありがとう……その通りだ……助かったよ。」
菖蒲の言葉に最初は食って掛かろうとした菊之助だったが、すぐに気を落ち着かせて礼を言った。
「きっ菊之助だって……力は十分あるはずだ……毎日重いもの背負って何キロも……ランニングしているんだ。しっかり構えれば、受け止められる……だけど……恐がって……ずっと腰が引けてる。
もう少し気持ちを落ち着かせて……楽な気持ちで構えろ。力を込めるのは……魔物が突進してきて当たる瞬間……だ……低く構えていて上向きに盾を……突き上げる……分かるか?」
イチが身を低く構えて両手を上に突きあげる格好をしながら、菊之助に解説した。
「はっ……はい……わかりました。次はやってやります。」
菊之助も笑顔で答える。菖蒲の厳しい言葉も受け止められたし、少しは余裕が出てきたのだろう。
「桜子もよかった……今回は4発も打てた……素晴らしい。」
イチが拍手をしながら桜子をたたえる。
「今回はさっきより遅かったから……でも……あたしのは……当たっても全然止まらずに突っ込んできましたけど……。」
全く効果を示さなかった自分の攻撃を、褒められても桜子は自分が恥ずかしいだけだった。
「いや……そうではない。桜子の矢が当たり……頭を下げて角を突き出し突進してきた牛系魔物のあごが上がり、少し減速した。牛系魔物のオデコと角は強力で……矢も弾いてしまうが、それでも攻撃が当たったので少し左右にぶれながら、スピードを落として突っ込んできた。おかげで目を狙って撃つことが出来た。
大物は……急所が深くにあるから、矢で狙うなら目を狙うのがいい……素早い動きの狼系の場合は、目の下あたりを狙うのがいい……。じっと見ていると、松明の炎が反射するからよくわかる。
次からは……魔物の目の反射を目標に……射かけるといい。分ったか?」
「はっ……はい……ありがとうございました。」
桜子はすっかり恐縮し、深々と頭を下げた。イチと違い、狙ったところで小さな目に当たるはずもないのだが、それでも魔物の攻撃目標を与えてくれたのはうれしかった。
「梅吉は……すごくよかった。だが……全体重を預けるのではなく、初撃を躱されてもいいように……」
「ぷっ……」
突然菖蒲が吹きだした。
「どどどどうした?……おおおおかしなこと……いい言ったか?」
菖蒲が吹きだしたことに反応し、イチは顔を真っ赤にして慌て始めた。
「あっすいません……でも……イチ先生……結構普通にしゃべっている……。」
菖蒲が突然イチを指さしながら指摘した。これには一同唖然となった。
「あっ……ああ……そそそうだ……な……おっ俺の……こっ言葉が……。」
菖蒲の指摘でイチの言葉がしどろもどろとなり、元に戻ってしまった。
「ばっかねえ菖蒲……イチ先生がようやく普通に話せるようになったというのに……邪魔をして……。
イチ先生はシャイだから……あたしたちには慣れていなくて、だから……うまく話せなかったんだよ……サーティンおじさんが言っていたじゃない。
ようやく慣れて……あたしたちの本当の仲間になったって喜んでいたのに……。」
桜子がほほを膨らませて、菖蒲を睨みつけた。
「ご……御免……。」
桜子の指摘に、菖蒲は恐縮して頭を下げた。
(うーん……俺があれこれ言わないほうが、自然に話せるようになるかもしれないと思っていたけど……まあ、この調子で緊張しないで……な?多分下手をすると大怪我するかもしれないダンジョン内だから、素早く指示を出して伝えたいから、自然と早口になってとちらなくなってきたんだろう。
子供たちをなんとしても守ろうという、イチの気持ちの表れだな……。)
(そそ……そうなの……か?)
(ああ、だから……落ち着いて話せば……呼吸するように自然とな……噛まずに話せるようになるさ。
まずは、人になれないといけないけれどな……特に子供たちが苦手だっただろ?まともに話せないのを馬鹿にされるのが怖くて、ひとっ言も話せないようだったからな……その点サーティンはさすがだ……。
イチを先生と呼ばせて、丁寧な言葉遣いをさせたからな……)
「あっあの……そうだな……ふっ普通に話せるのは……ああ有難い……またすぐに……かか回復するさ……。どっどこまで……話したか?」
「全体重を預けずに……というところまでです。」
「あっああそうだったな……おっ大物の魔物の時は的が大きいから……めっ目をつぶって思い切り……当たって行けばいいように感じるが……ああ相手も必死だ……。こっ今回は……ああ菖蒲の落とし穴で、脚を痛めたからよよかったが……つっ次からは……きちんと目を開けて突く……いっいいね?
ああある程度体ごと……つつ突っ込んでいってもいいが……か躱されてもいいよう……当たる瞬間ブレーキ……さっ最後はおおおもいきり突き出す……この時、りょ両手絞るように……わ分かるか?」
イチが自分の弓を剣のように端を両手で持ち、腰を落として両手を前に突き出して見せた。
「はっ……はい、わかりました。」
梅吉はイチに教わった通りに、何度も両手を前に突き出して見せた。
「よっようし……大漁だ……かっ皮を剥いで……にっ肉を切り分けるぞ。」
『はいっ』
すぐさま全員で、4頭の牛系魔物の解体に入った。牛系魔物の場合は食肉用に高値で売れるので、皮だけではなく肉も内臓も捌いて持ち帰る。
そのまま担ぐのは大変だが、全員冒険者の袋を持ってきているから、ダンジョンで取得した魔物肉なら収納することが出来るので、肉をブロックごとに切り分けては油紙に包んで次々袋にしまい込んだ。
イチの持つ冒険者の袋はイチ自身のものだが、菖蒲たち新米冒険者は高価な冒険者の袋はまだ持っていない。そのため親のを借りてきたのだ。日曜は冒険者の休日であり、借りることが出来たのだ。
ダンジョン内で食肉系魔物に出会うことは稀と言われているので、皆大喜びで肉を詰め込んだ。