クエスト申請
20.クエスト申請
「じゃあ……イチ先生……。」
登録済みの申請用紙の控えを手渡しながら、桜子が目配せをしてきた……が、イチには何のことか分からないので、後ろへ下がり気味で首をかしげる。
(ううむ……近頃の女の子は、何を考えているのかさっぱり分からないな……)
「じじじ……じゃあ……て……?」
「クエスト申請ですよ……聞いてますよね?ダンジョンに行くための手続きを……。」
桜子が背伸びして、直接イチの耳元へ囁いて来た。
(そうだった……サーティンの奴が昨日言っていたな……チーム名登録したら、先に取られちまわないようにクエスト申請して、ダンジョンを予約しておけって……)
「はっはあ……あああ……あの……そっその……。」
イチは受付嬢に切り出そうとするが、言葉が浮かんでこない。
(やることは分かっても、クエスト申請する手順が分からん……ということだな?だからパニックに……)
「もう……仕方がないわね……。えーと……クエストの申請をしたいのですが、どうすればいいですか?
場所は首都東の……サーティンヒルズすぐ近所にある、丘の上のダンジョンです。えーと……562ゲート……だったかな?3年前に完全攻略済みのダンジョンだから、あたしたちでも挑戦可能ですよね?挑戦するのは1ヶ月後ですが、今から予約をしておくよう言われてきました。」
するとまたまた桜子が、自ら切り出した。
「だ……」
(やめとけ……だったら最初から自分で……なんて言いだそうもんなら、1ヶ月間は口をきいてくれなくなるぞ。向こうはイチを困らせたいわけじゃなく、リーダーであるイチを立てようとしてくれているんだからな……感謝こそすれ……恨んではいけない……いいな?)
すぐに桜子に対して不平を言おうと顔を上げたイチは、再び俯いた。
「クエストの申請でございますね……562番ゲートは完全攻略済みで3年しか経過しておりませんから、C−級で初級冒険者用としてお勧めですが、皆様のチームはリーダーのイチ様がB級冒険者ですから、B級ダンジョンまでは申請可能でございます。
イチ様のクラス認定に関しましては……サーティン様から見直し要望が提出されておりまして、提出されました証拠資料から、A級以上へレベルアップも見込まれております。
今から冒険者クラスの更新手続きをなさいますか?実技審査を含めまして、3時間ほどお時間を頂くことになりますが……。」
(どうする?どうせ昇級審査なんかやらないって答えるんだろ?まあ、それもいいさ。)
「いいい……いや……ぼっ冒険者……くくクラス……みみみ見直し……いいいいらない……どっどうせ……むむむ……難しい……だだダンジョン……ききききっ危険……だだだから……こっ子供たち……つつ連れて……いいいけない……。」
(イチのレベルが何であれ、子供たちに合わせるんだからな……高いレベル判定は不要というわけだ。だったら余計な手間をかける必要性は、ないわな……。それよりも、ようやく大人の女性に対して、ゆっくりだが意思表示できるようになったな……真っ白だった頭が、少しは回転するようになってきた。
時間が経ってくると段々と慣れてくるようだから……沢山の人たちに出会って行けば、そのうち初めての人に対してでも普通に話せるようになりそうな気もするんだが……人嫌いで出不精のお前には無理か……。)
「では……このクエスト申請用紙に必要事項を記入して、チーム名とリーダーのサインをお願いします。」
受付嬢はクエスト申請用紙をイチの目の前に差し出した。
「ははは……はい……えええ……えーと……ちちちチーム名……こここここ……か……」
イチが用紙の隅々まで目を凝らしながら、必要箇所に記入し始めた。
「あっ、ダンジョンNo.は……そこじゃなくて……貸してください!あたしが書いたほうが早いです。」
(ありゃりゃ……取り上げられちまったよ……桜子は案外世話女房タイプなのかもな……そもそも書くの遅すぎるよな……じっくりと用紙を何度も確認して……それから何を書くのか文字を一つずつ何度も何度も頭の中に浮かばせて……だからな……まあ、これまで一切合切任せっきりだったから仕方がないか。
こんなのは慣れだから……すぐに手早くできるようになるさ……。)
「はいここに……イチ先生の……サインをお願いします。」
そうしてイチのサイン欄だけを残して、用紙がイチの手元に戻って来た。
「クエストの登録料が200Gで保険料が……初級者ばかりのチームですので割高で……700Gになってしまいますが、どうされますか?保険は……万一のために加入されることを組合としてはお勧めしております……。初級者の差額分200Gは無事戻ってきたときに返納されますし、お勧め致します。」
クエスト申請書類を受付嬢に差し出すと、彼女は言いづらそうに尋ねてきた。
「ももも……もちろん……ほっ保険……おおお願い……しっします。とっ登録料……と……ほっ保険料……ははは……はい……これ……。」
イチはまたまた茶封筒から、900Gの札束を差し出した。
(確かサーティンからもらったのは1200Gだったはずだから……さっきの100と合わせて……いや……来る時の馬車代50G使ったから、ほとんど残っていないな……。皆で行くクエストなんだから、割り勘もありだと思うぞ?)
(問題ない……足りたからよかった……クエスト申請はリーダーが行うから、リーダーが払う……。)
「では本日から1ヶ月間、このダンジョンはチームナナファイターズに予約されました。30日後にダンジョン挑戦するということのようですが、挑戦日が変更になりました場合は、改めてご連絡をお願いいたします。
それでは、お気をつけて……安全第一でクエストを行ってください。皆様が無事お戻りになられることを、あたしたち組合スタッフ全員で、お祈り致しております。」
クエスト申請書の半券を受け取り、受付嬢の手厚い見送りを受けながら組合事務所を後にする。
このまま馬車で宿舎へ戻り、日常訓練を始めるのだ。
「イチ先生は……冒険者で数多くのダンジョンを制覇されたのではないのですか?……それにしてはその……組合での受け付けに……慣れていないような……。」
帰りの馬車の中で、桜子が不思議そうに尋ねてきた。イチの目をまっすぐに見つめてくるタイプで、美しい顔立ちをしているだけに真剣なまなざしは迫力があり、イチには苦手なタイプだ。
(やっぱりな……そりゃあ聞きたくなるわな……)
(どどど……どうすれば……)
イチの心臓の鼓動が早くなるのが伝わってくる……
(正直に答えれば問題ないさ……俺は戦闘要員で、事務仕事は任せていたってな……知らないということは、とりわけ恥ずかしい事ではないぞ。それよりも知ったかぶりをして、あとでバレた時の方が恥ずかしい。特に子供たちの前ではな……指導者としての立場なんか簡単に吹っ飛ぶ。)
「いっいや……あの……その……ちちちチーム……うう運営……ぜっゼロ……ににニイ……やややって……おっ俺……ままま魔物……たた戦う……。」
「ふうん……ゼロ兄さんっていうのが、チームリーダーだったのですか??その人が運営から何からやっていて、イチ先生は戦闘担当……全員が凄腕のすごいチームかと思ってましたけど、分担していたわけですね?」
「いっいや……あの……ぜぜゼロ兄さん……でででなくて……ぜっゼロと……ににニイ……。ふふふ2人の……ななな名前……かっ彼ら……くくクエスト……てて手続き……よっ用具……かか管理……ちちチーム……うう運営……ややややってた。」
「ぷっ……」
すると左隣で、菖蒲が吹きだした。
「どうしたの?」
「だって……イチ先生でしょ?ゼロと……イチと……ニイって……数字が名前なの?」
「ああ、そうか……。」
『数字だ数字だ……数字が名前だ。』
(おっ……イチの兄妹たちの名前の秘密に気づいたようだぞ……)
菖蒲の言葉に桜子が呼応し、やがて後席に乗る皆がはやし立て始めた。イチがチームの運営に全く関わっていなかった事実よりも、彼ら孤児たちの名前の付け方のほうに興味がわいた様子だ。
「きょ兄妹……なな名前……こっ孤児院……きょきょ教会……しし神父様……つっつけて……くくくださった。いっ以前……こっ子供……はは入る度……おおお女の子……うう梅……ささ桜……はっ花……なな名前……おっ男の子……まっ松……すす杉……きっ木の……なな名前……。
そっそのうち……おおお俺たち……うう生まれる……すっ数年前……から……くく国中……はは覇権争い……なな長い……せせ戦乱……あああった……。そそそその間……ひっ人々……せせ生活……ここ困窮……こここ孤児……さっさえ……なな無かった……すす捨て子……かか構う余裕……すすすら……ない。
そっそうして……ごご5年間……やや闇……よよようやく……おお男の子……いい1歳くくくらい……きっ来た時……しし神父様……よっようやくきっ来た……へへへ平和の……まま前触れ……いい言って……むむ無から……はっ始まる……ぜぜゼロ……なな名づけた……すっすぐに……せせ生後はは半年くくくらい……すす捨てられてた……おお俺は……いいイチ……。
しし神父様……こっ言葉通りに……そそそれから間もなく……せせ戦争……しゅしゅ集結……。
そっそれから……ににニイ……ささサン……よよヨン……おっ男……おお女でも……すっ数字……なな名前……なななった……きっ近所の……しし信者たち……もっ元々……なな名前……かか考える……めめ面倒……しし神父様……はっ花の……なな名前……きき木の……なな名前……おお思い出す……めめ面倒……すっ数字……しししたんだと……いい言っていた。
すっ数字……どっどこまでも……たた単純に……つっ続いて……いいいくから……。
とととところが……よよヨン……はは入って……かかから……しし神父様……こっ孤児院……へへ閉園……さっされた……。だっだから……ささサンと……よよヨン……ぼぼぼ冒険者……みっ見習い……やややってた……おっ俺と……ぜゼロと……にっニイで……そそ育てた……。
だっだけど……ああ菖蒲……たち……ねね姉さん……だだって……なナナ……すっ数字……だろ?
さささサーティン……さん……だだだって……はっはるか……にに西……ばばば蛮国……ここ言葉……すっ数字の……はっはずだ……ちゅちゅちゅ中学で……なな習ったぞ……たったしか……じゅ13……だ……。」
(そういやそうだよなあ……自分たちだって数字に起因した名前の人間が、身近にいるわけだからなあ……)
「ああ……ナナお姉さんは……那奈って書きます……。数字じゃないの……でも……新チームの人数はイチ先生も加えて7人だから、ちょうどいいとも思っていましたけど……。」
菖蒲が手にしたノートに那奈の文字を書いて見せた。勉強家の菖蒲は、イチとの修業の際は、イチが話すことを書き留めようと、常にノートと筆記用具を持参しているのだ。
「それから……サーティンおじさんは……重い蔵……と書いて重蔵……と言います。でも……十三と書いてもジュウゾウと読めるからって……それにイチ先生がおっしゃる通りに西の国の数字を当てた……学生時代の……あだ名だそうです。それを冒険者の登録名で、使っていると以前教えてくれました。
弟さんがいて、都志郎っていうんですけど……やっぱりあだ名がフォーティンで……サーティンおじさんは両親が確信犯的に、名付けたんだろうって言っていました。
だから……直接は数字の名前ではないのですけど……イチ先生含めて数字のような名前が、多いことは確かですね……。」
そうして桜子がサーティンの名前の由来に関して説明した。
(そうか……イチたちはもろに数字の名前だけど、向こうは漢字を当てているわけだな?だがまあ……考え方に大差はないんじゃあないかな……イチたちの名前だって個性と言えば個性だからな……)
「じゃあ今日は日曜日だから……基礎訓練だけではなく……かかり稽古もできますね。チーム登録も行ってダンジョン挑戦日も決まったし……気合を入れて頑張りましょう!」
組合から帰って来て休日の訓練メニューをこなすため、そのまま広場へ直行。菖蒲が皆に気合を入れる。
人数が増えてきたので狭い食堂脇では訓練できず、ヒルズ中央にある広場が訓練場と変わったのだ。
(よしっ、じゃあ新しく工作した模擬訓練用の装置の説明をしてもらおうか……あまり気は進まないが……これしかないのだから仕方がない……)
「そそそその……かかかかり……けっ稽古……すす少し……ほっ本格的……おお行う。まま魔物……そっ想定した……じじ実戦……くく訓練……なっ何度も……ぎぎ疑似……くく訓練……かか体……しし染み込ませる……だだだダンジョン……はは入っても……しっ自然と……かか体……うう動く……。」
イチはそう言いながら広場の端の掘っ立て小屋から、ガラガラと音を立てながら膝ほどの高さの荷車を引き出した。足の長さを詰めた勉強机の4つの足に台車のキャスターをつけて転がせるようにしてあり、その上に張りぼてが乗っているようだ。
「またあ……何か作ったのね?ぷっ……なあにこれ……小学生の工作みたい……。」
(やっぱりか……笑われているぞ……だから言っただろ?もう少し体裁よく作れないもんか……と……)
(うるさい……言われた通りに作ったぞ……)
机の上に乗せられた張りぼては、長さも直径も50センチほどの円筒の前後の両側に、30センチほどの竹の棒がつけられていた。竹の棒の先には尖った竹串がつけられ、円筒の外周にもハリネズミのように竹串がつけられていた。
(とりあえず、この用具の意味を教えておけ。練習効果は期待できるはずだからな。それと……いずれゴムボール飛ばす筒も追加して、バージョンアップしていくということも言っておけ。あくまでもこれは初期バージョンだといっておけば、多少不細工でも納得してくれるだろう。)
「こっこれは……おお襲い……かか掛かってくる……まま魔物……そっ想定……おお狼や……いい猪系……こここうやって……ろろロープ……ひひ引っ張って……とと突進……さっさせる……。
いっいずれ……ごごゴムボール……とと飛ばす……つっ筒……つつ追加する……もももっと……こっ高度な……だだダンジョン……れれレベル……ああ上がった時……。」
ガラガラガラガラッ イチが菖蒲たちの後方へ行き、机の端に結び付けた細いロープを引っ張ると、菖蒲たちの方へ張りぼてが勢いよく突進してきた。