訓練開始
17.訓練開始
「つつつ……次は……ききき騎士……。」
「はいっ、俺は騎士を目指してます。」「おれも……です。」
「じ……じゃあ……ままままず……ややや槍……たたた盾……かっ構える……・ききき基本……ししし姿勢……かかか型から……。」
2人の男の子には2mほどの長さに切った竹棒……というか竹槍と手製の盾を手渡し、槍を持って深く腰を落として構える型と突きを教え、突きの素振りを練習させた。
「かかか格闘……ぎ……は……いっいない……か?ででででは……こここっ……攻撃……ままま魔法……かかか回復……まっ魔法……ききき基礎……おおお同じ……。」
「はいっ、菖蒲です。あたしは魔法使いを目指してます。」「牡丹は……巫女さん……。」「俺は僧侶。」
「じじじじゃあ……ここここれ……ななななるべく……はっ早く……せせ正確に……こここ声……だだだ出す……よよよ読む……れれれ練習。」
「へっ……あたしたちのは……紙1枚ですか?」
「あっ……ああ……さささ3回……つっ続けて……かかか噛まずに……ははは発声……れっ練習。」
「はーい……分かりました……。でも……こんなんで、魔法の訓練になるのかしら?」
菖蒲たちは怪訝そうに首をかしげながらも、手渡された紙に書かれている言葉を声を出して読み始めた。
(こ……これで……いいのか?)
(ああ……どうせ弓と一緒に構えて狙いを定める練習はするんだろ?並行して活舌を良くする訓練をしておくといいと思う。治療してもらっているときに聞いていたが、長い呪文を延々と……しかも途中で噛んだらもう一度最初から言い直していたぞ。新人の巫女なんか何度も言いなおすもんだから、治療に時間がかかった。
後で治療してくれた神官は口の中でごにょごにょと聞こえるか聞こえないか程度に、かなり早口で長ったらしい呪文を唱えていた。使える呪文が何種類あるのかは知らないが、同じのを何度も何度も唱えているとそらで覚えているだろうし、早口で唱えられるのだろう。
だったら最初から早口言葉で訓練しておくのがいいと思う。魔法の呪文なんか一つも知らないからな。テレビのアナウンサーなんか、早口言葉で活舌を鍛えたりすると聞いたことがある。)
(て……テレビ……アナウンサー……?)
(いや……まあ……俺が元居た世界の職業の一つだよ。
魔法の呪文を覚える以外は恐らく精神統一とかになるんだろうな……だったらもう少し進んだら、座禅なんかさせるといいと思うぞ!これは魔法だけでなく、他の職業でも必要な訓練だと思う。)
(座禅?)
(ああこれも俺は……やったことはないが、テレビなんかでやっているところは見たことあるから、形だけは分かるぞ。まあ何でも形から入って……細かなところは、やりながら考えよう……)
(そうか……ほかにもいい訓練あれば……教えてくれ。)
(ああ……知っているだけの知識は伝えるつもりだ。ついでに、お前の日常訓練のメニューを教えてやれよ。)
(に……日常……訓練の……どうして?)
(今教えた基礎訓練だけで、お前みたいな凄腕の冒険者になれるんだって思われたら困るからだ。ランニングだって、この先徐々に距離を上げていくんだろ?さすがに10キロさせなくてもいいとは思うが……お前だって子供たちの訓練終わった後に10キロ走るんじゃあ、寝る時間も随分削られちまうしな……。
お前……涼しい顔してやっているから、はたから見ても大変さが伝わらないが、毎日の睡眠時間が6時間で飯と風呂が合わせて2時間と掃除洗濯と食事の支度の通常業務が8時間。1日のうちの残りの8時間をお前は全て訓練に当てているだろ?なんせ当面は、週末の休みもなくていいと言っちまったんだからな。
しかも……だ、通常業務だって水汲み一つとっても桶を天秤棒で操って遠くの水汲み場から運んでくるんだからな……かなり体幹が鍛えられているはずだし、床の雑巾がけだってお前は力を込めて行うから、腕や腰の訓練になっている。
お前が子供のころからずっとそうしてきて、知らず知らずのうちに鍛え上げられてきたのかもしれないがね。
飯炊きの時間は別としても、1日12から14時間くらいは訓練と言ってもいいんじゃあないのか?自分はそれくらいやっているんだって、今のうちに教えておいた方がいい。これは決して自慢には当たらないと思う。
それくらい厳しく長時間日々の訓練を何年間も積み重ねて、ようやく一流の端っこになれるくらいだと、早めに教えておいた方がいいだろう。自分も同じようになりたいと思えば、同じようにお前を真似て家の掃除や水汲みなど率先して手伝うようになるだろう……お前が受け持った清掃場所は、事務棟だけだからな。
子供たちの親も手伝いを喜ぶだろうし、まさに一石二鳥だ。)
「おおお俺は……こっこれら……ききき基礎訓練……ほっほかに……まま毎日……」
イチは言われた通りに自分の訓練メニューと、日常業務で体を鍛えるのに役立っているであろう業務を説明した。そうして日々の努力の積み重ねで、ようやく人並みの冒険者に成長していけるんだということを付け加えて、掃除や水汲みなどの雑用が、馬鹿にできないことをわかりやすく説明した。
『ええー……そんなに大変なの?……』
『そ……そうなんだ……』
悲鳴じみた声が上がったが、それでも目を輝かせて聞いていた子が何人もいた。
桜子や菖蒲などが家の水汲みから掃除まで率先して行うようになり、男の子たちも手伝わざるを得ない状況に陥り、どの家でもイチのもとでの修業に感謝することになった。
子供たちはイチが行って見せる基本動作を真剣なまなざしで見て覚え、子供たち同士でも批評しながら切磋琢磨し、2ヶ月もたたないうちに、それなりの型が出来上がってきていた。
「き今日から……あっ新しい……くく訓練……。こっこの……つつ筒から……ぼぼぼボール……でっ出る……よよよ避け……なっながら……こここ攻撃……くっ訓練……。」
イチが2m角の平板にいくつもの細長い筒を固定したものを持ってきた。1枚は地面からほぼ垂直に立てた状態で、もう1枚は30度ほどの角度で斜めに寝かせてある。
「けけけ剣士……きき騎士……こここっち……ぼぼボール……よよ避けながら……つつ突っ込む。せ線から……でで出ない……。ゆゆ弓使い……ままま魔法系……こここっち……ぼぼボール……よよ避けながら……こっ攻撃……。ままま……丸から……でで出ない。」
立てた平板側は板の幅で地面に20mほどの長さで線を引き、斜めに寝かせた平板からは20m地点には直径1mほどの円を地面に描いた。それぞれの線からはみ出ないで行うルールがあるようだ。
「ぷっ……松五郎も梅吉も……白墨まみれで真っ白ね……。」
ゴムボールにまぶした白墨で、髪の毛から服まで真っ白の男の子たちを、きれいな姿のままの菖蒲が笑う。
「お前らはいいよ……あんな山なりのボールだから簡単に避けられる。こっちは至近距離からばねで発射されるボールを避けろって言われたって、飛ぶ順番もばらばらだし同時に2発の時もあるし……無理だよ。」
粉まみれの男の子たちは、女の子たちをやっかんでいる様子だ。
「イチ先生が最初に全部避けて見せたじゃない。やればちゃんとできるのよ。あたしたちだって、ボールは山なりでも、1mの円からはみ出せないから大変なのよ。意外とあの装置は精度が良くて、丸の位置にちゃんとボールが飛んでくるんだから……それでも構えて弓を射る動作はしないといけないし……油断してると粉まみれになるのよ。」
桜子が、そんなに楽ではないと男子をたしなめる。
(こ……子供たち……喜んでいる……)
(基礎訓練だけじゃあ面白みに欠けるからな。かといって打ち込み稽古するにも、竹刀と防具をそろえた剣士や騎士はともかく、他はやりようがないからこういった装置が必要となるが、いいのを知っていたな。)
(これは……俺が修業始めた時に近所の大工さん……一人だけで修業していたから……作ってくれた。)
(ああそうか……親切な大工さんだな。)
(他にも……まだある……いずれ作る。)
(おお、毎日同じ訓練じゃあ飽きるからな。色々な種類こなしたほうが、鍛えられる個所も違ってくるだろうし、理想的だ。それにしてもお前は……剣士用の装置も楽々こなすな!)
(あの程度は……ダンジョン内で襲い掛かってくる魔物たちの素早さ……火や水を噴く魔物や雷撃を飛ばしてくる魔物だっている……それに比べれば……まだまだ……。)
(そうか……じゃあ徐々にスプリングを2重3重にして、射出速度を上げていくとするか……材料には事欠かないからな……。)
イチは倉庫の整理も担当することになっていて、廃棄リストに上がっていた古くなったベッドや、荷台が壊れたリアカーなどの使えそうな部品を取り出しておいたのだ。
さらに多様な訓練道具を工夫して作り、子供たちを鍛えていった。
季節が変わるとともに最年長の菖蒲や桜子たちが中学を卒業し、高校へ通う傍ら冒険者の本格的な修業を始めることになった。サーティンたちとも相談し、桜子の体形に合わせた初級者用でもそれなりの弓と装備、菖蒲には魔術書が与えられ、組合に冒険者登録もされた。彼女たちはこれでいっぱしの冒険者となったのだ。
ほかに剣士志望だった松五郎と梅吉。騎士志望の菊之助に僧侶志望だった萩雄も卒業して冒険者となった。
「いやあ、ありがとう……どの子も組合登録時の試技評価で、この地区で1番か2番の成績だった。全てはお前さんの指導のおかげと思っている。普通なら基礎訓練をしながら高校へ通って、卒業と同時に冒険者登録を行う。そんな高卒者たちと比較しての成績だから、すごいもんだ。しかもたった半年程度の訓練で。
冒険者組合の審査員たちも、中学校を出たばかりのうちの子たちのあまりの優秀さに、舌を巻いていた。
桜子たち……弓使いを目指している彼女たちが、少しでも凄腕の狙撃手であるお前さんの技術を学ぶことが出来れば……と思ってお願いしたわけだが……他の子たちまでもしっかりと指導してもらえて、本当に感謝している。桜子も松五郎も梅吉も……初級と言っても中級に近いクラスの弓や剣を買わせた。
菊之助は槍は無理だったが盾はそれなりのものを持たせたし、菖蒲と萩雄は魔術の入門書をとも考えたが、基礎が出来てそうなので初中級の魔術書にした。なんと中学を出たばかりで、いっぱしの冒険者並みのものだ。
おかげで装備には手が回らなかったが……それなりのものを揃えておけば……買い替える無駄もなくなるからな。それもこれも……お前さんがここまで鍛え上げてくれたおかげだ。本当に感謝する。」
自分の道具を手にした菖蒲たちには、1段上がった訓練メニューを与え、いつものように朝食の後片付けを終え、彼らが登校した後でサーティンがやって来て、笑顔とともにうれしいニュースを伝えてくれた。
菖蒲たちは自分の自慢になると思ったのか試験結果など詳細は教えてくれず、ただ冒険者登録を終えたことしかイチには言ってくれていなかったのだ。優秀な成績を収めることが出来たのは、イチにとっても自分のことのように、うれしい事柄であった。
「うちのメンバーたちもそれなりにいっぱしの冒険者なんだが……やはり自分たちの子供……となると甘えというか……テレがあってか、しっかりとした指導ができないんだな。自分たちが訓練している様子なんて、とても子供には見せられないと言って、日常訓練もわざわざ森へ行っているようなやつらだからな。
よそ者……と言っては失礼にあたるが……新しく加入したお前さんの……地道な訓練を真似させてでも学ぶことがあればいいと思ったのだが、本当にお前さんは最高の指導者だ。
ありがとう……ありがとう……」
そうしてイチの両手を自分の両手で包み込むようにして、何度も何度も頭を下げた。これにはイチも、どう対応していいのかわからずに、きょとんと眼を丸くさせていた。
「それで……こんな程度じゃあ本当にわずかで……申し訳ないのだが、これは菖蒲たちの親たちから集めた、訓練の礼金だ……まあ……高校入学とかで何かと入用なので、こんな程度で勘弁してやってほしい。
これは……うちの用務係をしてもらっている、月々の手当てとは別のもんだ……ボーナスと思ってもらっていい。まあ用務係の手当ても……雀の涙くらいで……本当に申し訳ないのだがな。
元々そういった雑務は全員の持ち回り制でな……子供たちだって朝食の準備をさせたりと……全員で分担し合っていた。だから……用務係という役職はなくて手当てなんてどれだけ出していいかわからず……お前さんが言い出した……食事と寝る場所の提供……では申し訳なくて、500Gにした。
持っている弓や装備の維持費だけでも……もう少しかかりそうなもんだが、お前さんが受け取ってくれないのでな……あきらめた……。普通に雇えば……掃除夫と飯炊きに風呂焚きと……3人分の仕事をしているというのにな……まあ、全員が冒険者のチームだ……クエストで稼ぐだけで人に雇われた経験がないので仕方ない。
だから……この礼金は、絶対に受け取ってくれ!……本当ならこの十倍くらい受け取っていても……罰は当たらないんだ。だから……な……?」
そういいながらサーティンは、金の入った封筒をイチに差し出した。
(おお、やったじゃないか……こうやって感謝されるのは、気持ちのいいもんだな。)
「いいい……いや……おおお俺は……れれれ礼金……ほほほ欲しくて……こっ子供たち……おおお教えた……わっわけ……じゃじゃじゃない……ううう受け取れ……ない。どっどの道……たたた大したこと……ししししていない。」
イチが話す間がようやく訪れたので、とりあえずお断りした。