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リモート  作者: 飛鳥 友
第1章 鬼畜と呼ばれたパーティにさえも見捨てられた超人見知りのこいつは、どうやって生きていくのだろうか?
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サーティンの策略

14.サーティンの策略


「そんな……緊張しなくたっていいわよ。別に教えるのが下手だっていいのよ、あたしはあたしなりに工夫してやるから。でも……基礎訓練っていうの?どの職業にもあるんでしょ?それをしっかりやらないと、上達しないっていうやつ……でも、まだあたしたちには早いって……誰も教えてくれないの。


 忙しいから面倒なんだろうけど……でも、あたしは早く冒険者になりたいの。高校卒業するまで待って冒険者登録をして、それから修業開始……なんて言っていたら、冒険者になるころにはお婆さんになっているわ。今から基礎訓練だけでも積んでおいて、高校へ行ったら実戦練習しながらダンジョン挑戦したいのよ。


 だから……お願い……あたしに弓の訓練方法を教えて!」

 桜子はイチが断るのを無視して前へ回り込み、両手を合わせて拝むようにして願った。


(ほれ……基礎訓練の指導だけでいいって言っているんだ。好都合じゃないか。)


「むっ無理……おおお俺は……ひひひ人といいい一緒に……くくく訓練……しっしたこと……ない。」

 それでもイチはかたくなに断った。


(しぇー……お前の脳みそどうなっているんだ?)


「ふうん……寂しい人生を送っているのよね……じゃあ分かったわ……あたしはただここに来て、あなたがやることを見ながらただ真似る……今やっているのは、弓の基礎訓練なんでしょ?」


「………………………………」

(無視かよ!……お前なあ……少しは優しい気持ちはないのか?子供が聞いてきているんだぞ!)


「あっ……ああ……こっ……これは……かかか……構え……。」

「ふうん……弓の構えの訓練というわけね。そんなふうに弓も持たずに……何が面白いのかしら……。」


「そうよ……何が面白いんだか……これが狙撃用の弓よね?こうやって引くの?」

「弓に触るな!」

 菖蒲が傍らに置いてあるイチの弓を持って弦を引こうとしたところ、イチが大声で怒鳴った。


「ばっ……そっそんな怒ることないじゃない!菖蒲!行くわよ。サーティンおじさんに言いつけてやる!」

「うん……」


「いっ……いや……ゆゆゆ弓に……へへへ変に……さささ触って……ははは弾く……ゆっ指先……けけけ怪我……かっ……肩……ははは外す……こっこと……ああああ……」


(あーあ……怒って行っちまったよ。菖蒲って子は怒鳴られたから、びっくりして涙ぐんでいたぞ。何もあそこ迄怒らんでも……へたに触ったら怪我することあるから気を付けようね……位でよかっただろ?


 それを……何なんだ、お前は……コミュ障なのはわかるが、あまりにもひどすぎるぞ。人嫌いで人との接触を拒む気持ちもわからないでもないが、だからと言って興味があって近づいてくる人の心を傷つけてもいいということではないはずだぞ。人は一人では生きてはいけないといわれていて……)


 事態の急変にイチが焦って説明しようとしたが、女子2名は怒って宿舎へ戻って行ってしまった。それから延々一晩中、心の声の説教が続いた。



「サーティンおじさん!何よ……あの、イチってやつ!」

 桜子と菖蒲は、すぐに事務棟のサーティンの部屋に駆け込んだ。日曜ではあったが残務が多く、サーティンは早朝から休日も返上して書類整理に追われていた。


「どうした桜子……菖蒲も……折角の日曜なのに梅吉や萩雄たちと遊ばないのか?」


「なっ……梅吉たちとなんか一緒に遊んだりしないわよ……あんな子供……。

 それよりひどいのよ、イチがね……菖蒲のことを……何もしていないのに怒って怒鳴りつけたのよ!」

 桜子が憤懣やる方ないといった感じで、サーティンに憤りを伝える。


「なんだなんだ……何があった?それに……イチさん……だろ?彼はお前たちよりもずっとずっと年上だぞ。年長者をどうして呼び捨てにするんだ?」

 サーティンはため息をつきながらペンを置き、仕方なくこの不意の訪問者たちの相手をすることにした。


「そっその……イチ……さんが……食堂の奥で訓練していたのを、朝ごはん食べ終わって見つけたから、近くへ寄って行ってあたしに弓を教えて欲しいってお願いしたの。そしたら俺は人と一緒に訓練しないって言って、無視するのよ!それから菖蒲を……話しかけただけなのに、すっごい剣幕で怒鳴ったの。


 ひどいと思わない?女の子が頼んでいるのに断って……そうして話しかけただけで怒鳴ったのよ!」


「お……女の子のあたしたちが近寄って行ったから、気が動転してまともに話せないくせに、変に強がって怒鳴ったのよ。最低の男だわ!」


 桜子が……菖蒲が……サーティンに今あった出来事を伝える。桜子はその美しさからクラスでも目立った存在で、男の子達から常にちやほやされて、無視されたり乱暴な扱いをされたことがなかった。それは学校だけではなくサーティンヒルズ内の大人の冒険者たちからもそうで、かわいらしいタイプの菖蒲も同様だった。


 だから初めて会ったイチが桜子たちに関心を示さず、更に怒鳴ったのは本当に腹立たしいことであった。


「ふうん……イチがね……あいつは一人でコツコツとやるタイプのようだからな。宿舎内だって……風呂だってそうだが、イチがやってきてから1週間経って……昨日なんか風呂場がピカピカになっていただろ?」


「ああそうね……女湯も洗い場から浴槽迄、ピカピカになっていたわよ。浴槽を変えたんじゃなかったの?」


「そんな余裕はないよ……全然故障もしていないのに……あれはイチが宿舎と風呂の掃除担当になってから、毎日ずっと一生懸命磨いていたからだ。置いてもらうんだから掃除くらいはさせてくれって言ってな。

 飯炊きもイチの担当になったが、ご飯もこのところずいぶんおいしくなっただろ?イチのおかげだ。」


「ふうん……お米をブランドものに変えたのかしらって思っていたけど……。」


「聞いたところによるとイチの奴は、休憩もとらずに仕事の時間はみっちりと働いているらしい。掃除だって本当に隅々までぬかりなくな……食事もそこそこに寝る時間もわずかで働いているようだぞ。


 だから、これだけすごいことが出来たんだろうが……そんな中で時間を作って訓練をしているのだろうから、悪いが邪魔をしないでやってくれ。あいつは人嫌いというか、超がつくくらいの人見知りだからな……誤解を与える時もあるだろうが……それでもイチが、むやみに人を怒鳴りつけるなんて考えられんな。


 おとなしい性格のはずなんだが……怒られるようなことをしなかったか?練習の邪魔をしたとか。」


「なっ何もしてないわよ……菖蒲がイチ……さんの弓を触ろうとしたら、すっごく怒って怒鳴ったのよ。」


「そうよ……ちょっと持って見て……弦を引いてみようって思ったらすっごく硬くておもいきり……。」


「ほら見ろ……そんなことするからだ。桜子だって菖蒲だって、机に向かって勉強しているときに見知らぬ人が突然やってきて、汚い手で桜子のカバンや勉強道具を触ったらいやだろ?怒鳴りつけるだろ?違うか?」


「そ……そりゃあ……知らない人が勝手に触ったら怒るわよ。でも、あたしの手は別に汚くはないわよ。ちゃんと洗っているし、お風呂だって毎日入って下着だって変えているんだから……朝シャンだって……。」


「汚いきれいってだけでもなく……だな。特にプロが使うような弓の弦を、何の訓練もしていないのが思い切り引いて弾くと、強い反動で肩を外すこともあるって聞いたことがあるからな……だから怒ったんじゃないのか?」


「えっ……そうだったの?だけど……サーティンおじさんたちが悪いんでしょ?冒険者になる基礎訓練を教えて欲しいって言っても、誰も指導してくれないんだから。梅吉だって松五郎だって、紙を丸めて筒にしてチャンバラごっこしてるわよ!あたしは、ごっこじゃなくて本格的な訓練がやりたいの!」


 桜子たちは、まだ早いからと言って、自分たちに冒険者たる基礎訓練の手ほどきをしてくれないことにも、腹を立てていたようだ。


「ふうん……そうか……参ったな……一人ぼっちになって、新たに仲間なんか見つけられそうもないだろうから、うちに来るように誘ったのだが……イチの才能が惜しいからな。


 奴はかたくなでな……人と触れ合うことが嫌いな様子だからな。どうあっても、冒険者チームに入るつもりはないと断った。家族同然の仲間とはぐれて、ますます人嫌いになってしまったんだろう。


 皆が仕事に行っている間の宿舎の掃除と風呂掃除と独身男たちの服の洗濯に……飯炊きだが、調理と配膳はやらずに食器洗い迄……人と接触しないで済む仕事ばかり選びやがった。仕事を通して周りの人間たちと慣れてくれば……と思ったが、これでは慣れようもないからな……。


 ふうむ……だが……イチが怒ったということは……確かに……可能性があるかもしれんな……分かった、俺がイチに頼んでみよう。桜子たちに弓の基礎訓練を教えてやってくれないか?とね。その代わり……イチ先生と呼ぶんだぞ、必ずだぞ!いいな?」


「ほんと?やったー……サーティンおじさん、お願いね。」

 バタバタと台風一過のように騒がしいのがいなくなり、人気のない事務所はがらんと寂しくなった。



「えーと……困った困った……って言っていればいいのよね?」


「そうそう……困ったわね……冒険者になりたいんだけど……誰も訓練の方法を教えてくれないし……間違った訓練方法だと……変な癖がつくからまずいって聞いたことがあるんだけど……誰か詳しい人がきちんと教えてくれないかしらね……誰か……いないのかしら。」


 数日経って、イチがいつものように朝食の時間を使って訓練していたら声がするので手を止め振り向くと、いつかの美少女二人が困った困ったと呟きながら近づいて来た。


 そういえば一昨日、サーティンが子供たちに基礎訓練の手ほどきをしてやって欲しいと、頼みに来ていたことを思い出したが、イチはきっぱりと断ったのだ。その為、無視してイチはまた訓練を始めた。


「えーと……ダメそうね……。でも凄腕の冒険者らしいし、ほっ他に……ヒルズ内で訓練している人もいないし……教えてくれなくても勝手に……真似してやれば、いいんじゃない?」


「そっそうよ……勝手に真似していれば……いいわね……。ほら……ああやって黒い紐……かしらね、木に結び付けた紐を両手でつかみ、背を向けて片手ずつ交互に前に引っ張る……のかしら?髪をまとめるリボンがあるから……これは結構丈夫な奴よ……片方を持っていて……あたしが引っ張ってみるから。


 えーと……引っ張るのは確かにきついけど……これがなんの訓練になるのかしらね……?」


「そっそうね……持ってる方も大変は大変よ……引っ張られて……バランスを保つ練習かしら?」


 イチの背後から、甲高い声が聞こえてくる。最初は囁くような聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声音だったが、段々と余裕がなくなって来たのか、はっきりと聞き取れるようになってきた。


(おい……無視し続けないで、声をかけてやれ!また勝手にお前の弓を触ろうとして怒鳴りつける羽目になっちまうぞ!そもそも道具が間違っているって、ちゃんと教えてやれよ。何考えているかはわからんが、恐らく彼女たちに悪気はなさそうだ。イチをからかいに来ているような感じでは決してないぞ!)


「なな何か……よよ用……か?」

 仕方なくイチが振り向いた。下手な態度をとると心の声の説教が延々続くので、あくまでも慎重に……。


「ほっほら……気づかれたらまた、怒られるよ……戻ったほうがいいかしらね……。」

 女の子たちは口ぶりとは裏腹に逃げる様子もなく、懐から出したリボンを持ちその場に立っていた。


「はあ?……ななな何か……きっ聞きたいこと……ああああるんじゃあ……なななないのか?おおお俺がしていることが……そそそんなに……おっおかしいか?そそれに……ここれ……ひひ紐……じじじじゃあない……りっリアカー……しゃ車輪の……ごごゴムチューブ……。」

 イチが不機嫌そうに、目つき鋭く彼女たちを睨みつけた。


(おまえよう……子供相手にすごんでどうするんだ?鏡はないが……今のお前は多分すごく怖い顔をしているはずだぞ!不機嫌な感情がおもいきり伝わってくる。訓練の邪魔をされたからか?女の子のおしゃべりなんか、精神集中の妨げにしかならんからか?だからといって……もう少し生きていくことに余裕を持て!)


「べべべ……別に……なっなんでもなく……その……一緒に訓練……出来たらいいなって思って。

 狙いを絶対に外さないんだって聞きました……すごいですよね?どんな訓練すればそんな凄腕になれるんだろうって思って……。ご……ご一緒出来たら最高だなあって……。


 他に誰も教えてくれないし……でも、じゃ……邪魔ですよね?いいです……あきらめて帰ります。」


「仕方がないね……怒っているもの……帰ろう……帰ろう……。」

 イチに睨みつけられ、美少女たちは悲しそうにうなだれながら、背を向けて帰って行こうとした。


(はあ……まだ子供なのにきちんと自分の気持ちを伝えられる、聡明な子だ。まさに才色兼備と言える。帰ると言っていながら、ゆっくりとした足取りなのは、お前に引き留めてもらいたいからじゃあないのか?訓練もそうなんだろうが、お前と仲良くなりたいんじゃないのか?


 引き留めなくてもいいのか?多分お前が友達を作れる最後のチャンスかもしれんぞ!)


(お……俺……友達……いらない。)


(寂しい人生だな!まあ俺も好んで友達を作ろうとした風ではないから少なかったが、それでも親友と呼べる奴はいたぞ……というか思い出せないからいたはずだぞ……としておく。子供なんだから友達……というより弟子みたいなもんだな……弟子ならいいだろ?弟子なら……。


 腕が上がったからと言って、黙っていなくなられてもさほど腹は立たん。お前はよう……家族同然の仲間に裏切られたから、裏切られるのが怖くて友達というか仲間を作れないんだろ?ところが今はそうじゃない……弟子だ。弓の腕を上達させたいという子供が来ているんだから、ここはドライに教えるくらいいいだろ?


 一緒に基礎訓練やるだけなんだから……仲間意識を持つかどうかはお前自身に寄るわけだ。)


「………………ままままって……くれ……。おお怒って……なななない……ごごごめん。ひひ人と……うっうまく……はは話せ……なっないから……だだだ誰も……おお教えて……くっくれない……か……こここ困った……な。わわわ分かった……いいい一緒に……やっやろう。」


 イチは天を仰いだ後大きく息を吸いこみ、ひきつった笑顔を見せ、一緒にやろうといった。


「へえ……いいの?ありがとう……あっ、しまった……ありがとうございます。菖蒲と言います。」

 イチには最初から親しく話しかけようとはせず、きちんと丁寧語で話しかけるようサーティンからくれぐれもと言われていたのだ。


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