サーティンヒルズへ
10.サーティンヒルズへ
「おや……冒険者だろ?一人だけかい?お仲間はどうした?」
畿西国側からダンジョンを出て、分からないなりにも山道を下り3日かけて街道へでて歩いていたら、突然馬車が止まり声をかけられた。
「……………………」
(おいおいおい……無視して行くなよ!せっかく声かけてくれているんだからよ、仲間とはぐれて宿に行ったけど戻ってなくて、もう一度ダンジョンに戻ってみたが見つからなかったって事情を説明してやれよ。)
(どうして……)
(どうしてって……畿西国の首都がどっちの方角かも知れないんだろ?逆方向へ歩いていたらどうする?道標も見つからなかったし、道を聞くにしても、問いかけに答えてからだ。問いかけに対して問いかけで返したら、気を悪くするだろ?畿東国の冒険者だって言ってから、仲間とはぐれたって言うんだぞ!)
「きき畿東……ここ国……ぼぼ冒険者……な……なっ仲間……だだダンジョン……はははぐれ……た。やっ宿……いい行ってみた……いいいなかった。
もっもう一度……もも戻って……さささ探した……いいいなくて……こここれから……きっ畿西国……しゅしゅしゅ首都……むっ向かう。ほっ方向……あああって……いいいるか?」
イチは御者へ振り返ることなく、うつむき気味に何とか声を絞り出した。
「はあ……ダンジョンでお仲間が行方不明か。首都には知り合いがいるのかい?方向はあっているけど、そんなたどたどしい歩き方だと、5日はかかっちまうぞ。どうだい、ダンジョン近くまで冒険者を送った帰りの空馬車だ。どうせ首都まで行くんだから安くしておくが……乗るかい?」
(ほら見ろ……乗せてくれるってよ!100G出すのもいいが、まずは金がないと言っておけ!)
「かっ金……もってない……」
「なんだあ?羽振りのいいはずの冒険者が……馬車代も持っていないのか?ほんとかね……?」
(おいっ、行っちまうぞ!これからまだ5日も、飲まず食わずで歩き続ける気か?助けてもらえ!)
(どどど……どうやって……)
(どうやってって言われてもなあ……こういう場合は人情に訴えるくらいしか……愛国心を突くのもいいな。そうだな……会計係の兄弟とはぐれたので自分は金がないって言えばいいだろ、ほんとのことだからな。兄弟のチームだから、金は預けっぱなしだったと言え。ダンジョンで怪我して仲間にはぐれたというんだ。
ついでに畿東国の御者にもらったカードを見せてやれ。こいつに事情を説明したら、ただでダンジョンまで連れて行ってくれたって言ってみると効果があるかもしれんな。)
(む……無理……)
(無理じゃねえよ!ちゃんと言うんだ。ほれ……うちのチームは兄弟で作ったチームだから……ほら、声に出して言うんだ!御者からもらったカード見せるの忘れるなよ!)
「うううちの……ちっチームは……きょきょきょ……兄弟……で……つつつ作った……ちっチーム。だだだから……かっ会計……おおお弟……まままかせっぱなし……おおおおれ……かっ金……もももって……ない。
ここここの……ぎょぎょぎょ御者……じっ事情……せっ説明……しししたら……たっタダで……だだだダンジョン……まままで……ののの乗せて……くっくれ……た……。ぎょぎょ御者席……だだだったけど……。」
「なんだよ……弟に会計を任せっきりだったのかい?そいつとはぐれたんじゃあ……大変だな。お得意様用のご指名カードまで見せて……事情を聞かされたら、助けようって奇特な奴がいても不思議じゃないな。
お前さん……畿東国のもんかい?」
「へっ?」
(生まれはどこかと聞いているんだ。答えてやりな!)
「えええ……蝦夷国……。」
「蝦夷国の冒険者か。冒険者は流れ者だからな……参ったな、厄介なのに声をかけちまったよ……………………畿東国の御者は人情に厚いが、畿西国は薄情だ……なんて噂が広まっても困るしな……ふうっ……どうせ帰りの空馬車だ。御者席でよければいいよ、乗りな!」
ピンと両サイドが跳ね上がった口ひげが特徴の赤ら顔の御者は、少々困惑気味の表情から笑顔に変わって、イチに向けて手を差し伸べてくれた。
(やったじゃないか!ちゃんと名前を言って、頭を下げて礼を言ってから乗り込むんだぞ!)
「おおお……俺は……いいいイチ……あああありが……とう……」
「なあにいいってことよ。俺のカードも渡しておいてやるから、仲間が見つかってダンジョン向かう時には利用してくれ。畿西国側じゃ、さっきの御者は使えないからな。」
御者はそう言って自分のカードを渡してくれた。
「あの時の凄腕だ!」「うちに入るのか?」「へえ……まだ若いのに凄いな」「どのチームに入るんだ?」
「おいおい……門のところで何を騒いでいるんだ?」
門を入ってすぐに冒険者たちに囲まれて、うつむいたまま動けなくなっていたイチを、帰ってきたサーティンが見つけてくれた。
(おお……ようやく知った顔の登場で、お前の気持ちが和らいでいくのがこっちにも伝わって来たよ。お前よう……いかつい顔ばかりに囲まれたからと言って、頭の中真っ白になってピクとも動かなくなるなんて……5つ6つの子供の初めてのお使いじゃあるまいし、どうなっているんだ?
何度も呼び掛けたのに、全く反応しないんだからな。中には洞窟で見かけた顔もいたんだぞ!)
(………………う………………う…………)
親切な御者のおかげで、2日で首都迄着くことが出来た。
初めて出向く畿西国ではあったが、サーティンたちの所在を掴むのは容易だった。言われた通りに首都の冒険者組合へ行って自分の冒険者証とサーティンの名を出したら、すぐに住所を教えてくれた。
冒険者組合はひときわ大きな建物で、しかも全て同じ外観をしているため、初めての町でも容易に探し当てることが出来るのだ。
通常は個人情報なので明かさないらしいのだが、サーティンからイチという冒険者が尋ねてきたら住所を教えるように、組合への指示があったと言われた。
どうやらサーティンは、イチが訪ねてくるということへの確信があったようだ。そのことが、サーティンが匂わせていたイチのパーティの悪い噂……ということを尚更気にかけさせた。
到着早々いかつい様相の冒険者たちに囲まれた途端に、イチの頭の中はパニック状態で完全に思考が停止し、その場から一歩も動けなくなっていた。
口ひげを携えたさわやかな風貌で長身の、銀色に輝く甲冑を見かけたとたんに、イチの脳みその中にようやく血流が回復し、酸素が供給され始めた感じで手足の感覚も戻りつつあった。
「おお……さっそく訪ねてきてくれたのか……有難い……歓迎するよ。と、言っても……たった一人で来たところを見ると、お前さんの仲間には再会できなかったということだろうね。
お前さんが尋ねてきてくれたのはこっちにとってはうれしい出来事だが、お前さんにとっては最悪の状況ということだよなぁ……素直に喜ぶわけにはいかないか。
捜索隊を仕立ててダンジョン内を総ざらいしたにしては、ずいぶんと見切りが早かったようだが、ささっと見てすぐに行方不明とでも結論付けされてしまったのかな?最近はダンジョン内で行方不明になる若者が増えてきているから捜索隊も疲労困憊で……いざ捜索となっても手抜きをされちまったのかもしれんな。
保険料を支払っているのだから、きちんと捜索しろと苦情を言っても良かったんじゃあないか?」
サーティンの冒険者パーティの所在地は城ともいえるほどの広大な敷地に、門にはサーティンヒルズという看板が掛けられ、そこには多くの冒険者たちが集っていた。
もちろん若いものから年寄りに至るまで……中にはイチよりもはるかに若そうな幼子まで見かけた。
門の内側にも道路が縦横に条里制のように整然と縦横に伸び、区画ごとに屋根や壁の色が区分けされていいて、家とか屋敷というより一つの集落というか村とも言えそうな大きさだ。
冒険者の中には所帯を構えるものも多いはずで、恐らく家族ぐるみで共同生活をしているのだろうと容易に想像できた。敷地内にはお屋敷の周りにアパートのような2階建ての集合住宅のほかに平屋の戸建ても多く、独身者用と家族用なのだろう。
サーティンとともに門から入った正面にある、ひと際大きな建物の中へ入り、奥の応接室へと案内された。このような大きな建物は、イチが育った孤児院脇の教会か、冒険者組合の建物以外でイチは入ったことはなかった。それくらい、サーティンヒルズの施設は充実していた。
(ふうん……すごいな。イチが修業していた師匠の住処よりも、はるかにでかいな。イチがさっき比較して考えたからわかったが、向こうはちょっと大きめの邸宅に、20人ほどの弟子たちが共同生活していたんだな?こっちは規模が……10倍くらいは大きいようだな。)
「………………………………」
(どうした……まただんまりか?出されたお茶でもちょっとすすって、気持ちを落ち着かせろ。そうして行方不明者の多いチームで、保険払わずにダンジョン行ったこととか話せよ……。)
「どどど……どうにも……ううううちは……いいい……以前から……ゆゆゆ行方不明……おっ多くて……ででで……でも……正規メンバー……ななない……みっ見習い……けっ研修生。
ほほほ……保険料……ああ上がって……こここ……今回……ほほほ保険……かかかかけず……だだだダンジョン……ははははいった……。ななな……何とも……むっ無謀……だだだだけど……おおお……俺……そそそ……そんな事……しっ知らなかった……おおお……お恥ずかしい。
そそそ……捜索隊……出して……ももも……もらえ……なっなかった……ししし仕方ない……おおお……俺ひっ一人……だだダンジョン……かっ確認……しししした。ひひひ……一人だけ……すすす隅々……むっ無理……ででで……でも……おおお大まかに……しっ調べ……た。
たたた……多分……きゅきゅきゅ……救出……ししして……ももももらった……時……すっ全ての……ままま魔物……たたた倒し切って……いた。
ななな……仲間…………ぶっ武器……そそそ装備…………みみみ……見つから……なっなかった……くくく……組合……いいい行った……りりり履歴……なし……。」
(おお……きちんと説明できるようになってきたじゃないか……男は強面でなければ、ある程度の歳までは大丈夫そうだな。じっと目を見て、話しを聞こうという姿勢を取ってくれているからかもな……)
イチは、何ともやるせない状況を打ち明けた。サーティンは大柄だが姿勢を低くして、話し方がうまくないイチの言葉を真剣なまなざしで聞いてくれるので、イチは何とか話すことが出来た。
「ほう……組合規約を犯してまで……一人だけでダンジョンに入って仲間たちを捜索したというのだね?そうして見つからなかった……お気の毒だが気を確かに持つんだね。
それよりも気にかかるのだが……行方不明者が多い……ということだったが、どういうことなんだい?」
サーティンは、イチたちのパーティで行方不明者が多いということをついてきた。それはそうだろう……いくら危険と隣り合わせの冒険者とはいえ、冒険者組合を結成して冒険者を技量に応じてランク分けし、同時にダンジョンにもランク分けを施して、冒険者の技量に見合ったダンジョンにしか挑戦できないと規定された。
身の程知らずのランク上位のダンジョン挑戦時には、トラブル発生時の捜索隊用の保険が適用されないことになっているのだ。以降ダンジョン内で冒険者の命にかかわるようなトラブルが発生する事は、極稀となった。
それなのに……研修生が行方不明となって都度捜索隊が出されるということは、確かに異常であった。
(ふうむ……やっぱりイチのチームのことを気にかけている様子だよなあ。とりあえずイチのチーム事情を説明してやるといい。イチのこれまでの断片的な事情は伝わってきているのだが、それから察するに、さほどおかしな点はなさそうなんだがな……生贄とどうやってつながるのか……)
「おおお……俺たちも……じっ自分……きょきょ……境遇……から……かかか駆けだし……ぼっ冒険者……くくく……苦労……した。ししし……師匠の……とっところ……すすす住み込み……ざざざ……雑用……つっ使いッ……走り……かかかから……はっ始まった……。
にゅにゅにゅ……入門して……さささ3年間……だだだ……ダンジョン……はっ入ること……だだだだめ……ざざざ……雑用ばかり……。ししし……指導……なっなく……ままま賄……つっ作らされて……いいいいたから……りょりょりょ……料理の腕……あああ上がったけど……。
そそそ……それでも……ししし……師匠……せっ先輩たち……くくく訓練……みっ見て……おおお覚えた……あっ空き時間……ままままねして……くっ訓練。ななな仲間たち……くくく組み手……なっなんか……ややややって……いた。
さささ3年……たたた経って……よっようやく……ししし師匠たち……おっお供……だだだダンジョン……はっ入った……ににに荷物持ち……ざざざ……雑用。そそそ……それでも……しっ師匠に……おおおお願いして……ざざざ雑魚魔物……まっまわして……ももももらって……じじ実戦……。
ごごご5年で……どどど……独立……。おおお……同じ……こっ孤児院……ななな仲間……ちちちチーム……そそそ……卒業した……ばっばかり……おおお弟たち……そのまま……ししし師匠の……とととところで……しゅしゅしゅ修業……さっさせ……なかった。」
たどたどしいイチの苦労話は、まだまだ続く。