ここはどこ?
一ヶ月近く経ってしまいました。
お待たせしてしまい申し訳ありません。
「何って、ここはどこだとか、これからどこに向かうとかさ、色々あるじゃん?おじさんもなんか人間やめちゃってるしさ」
ウチの問いかけに、おじさんは頭をかく。
「ここは森の中だ」
おじさんの答えに思わず脱力しかける。
「それは流石に分かるから、北海道じゃない事も、下手したら地球じゃないって事もね。恐竜だって見ちゃってるんだしさ」
「他はわからん」
「え!?じゃあ今って何処に向かって・・・・・・」
キーッキーッキーキーキッ・・・・・・。
ウチの言葉は頭上からのやかましい奇声で遮られる。
見上げれば、木のずっと上の方で沢山の黒い影が跳び交っている。
「うん?何?あれ」
ウチは手でひさしを作り、目を細めて巨木のてっぺん辺りに目を凝らす。
「猿だ」
黒い影は枝から枝に跳び移ったり、体を揺らして枝をしならせたり、大声をあげたり、あとは何かを投げあってもいるみたいだ。
「サル?何騒いでるんだろ」
おじさんもサルの方を見上げ、何も言わずに背中の袋に付けていた石の槍を引き抜き、ウチの隣に来る。
「って、何か落ちてきた」
サルたちが投げた何かだろうか、黒っぽい塊が落ちてくる。
それは1つじゃない。
いくつもの黒い何かが、枝や幹に当たって跳ね返りながら、苔生した地面を目指してくる。
「行くぞ」
おじさんは向きを変えるようにウチの背中を押しながら言った。
ウチらが出てきた笹薮を背にする方向だ。
「行くって?どこに?」
ウチは走り出しながら叫ぶ。
「まっすぐだ」
おじさんが石の槍で指し示す。
走れったって道があるわけじゃない。
足元は木の根や石でデコボコして、さらにその上に苔が生えてるせいで滑りやすい。
バギンッ
突然、ウチの頭上で乾いた音が響く。
おじさんが降ってきた黒い物を石の槍で弾いた音だ。
それはカボチャみたいな木の実で、ウチが走り抜けようとしていた木にぶつかりボスンと苔に覆われた地面に転がる。
その大きさはボウリングの玉よりも大きい。
そんなカボチャの実はかなり硬いらしく、おじさんの槍は弾いた衝撃で柄の部分が折れてしまった。
こんなの頭に当たれば潰れ・・・・・・。
余計なことを考えたのが悪かったのか、嫌な想像で足がすくんだのか、ウチは苔を踏み抜いて滑ってしまう。
胸から前のめりに倒れ、腕で何とか身をかばう。
おじさんがすぐに横に来て、両脇に手を入れ引き上げて立たせてくれる。
ゴンッ
ウチの後ろで鈍い音が響く。
思わず振り返るとおじさんの頭の上にカボチャの実が落ちて、カボチャの実の底が割れていた。
「行け」
ウチが声をかける前に、おじさんが短く言う。
行けったってね!
ウチは走ることに集中する。
肌は小麦色でも雪国育ち、滑りやすいのは慣れっ子だ。
苔が覆う根や石の上を避けて小刻みに足を動かす。
あちこちでカボチャの実が木にぶつかったり地面に落ちた音がする。
でもそれとは別にドズっと大きなモノが地面に落ちた音も聞こえ始める。
大きな音が聞こえるたびに身構えそうになるのを必死にこらえ、ひたすら足を動かし続ける。
視線は上げられない。
足元に集中しないと転んでしまう。
背後から聞こえるおじさんの足音がウチを励ましてる気がする。気のせいかもだけどね。
「は、は、は、は、はぁ」
かなり走った。
疲れが抜けきってないのに全力で。
途中、おじさんが何度かカボチャの実を殴って弾き飛ばしてくれた。
そのカボチャの実もいつの間にか落ちて来なくなっていた。
ウチは走っていた足を緩める。
「もう、いいかな?ゴホッゴホッゴホッ」
少し喋っただけで胸の苦しさが増して、咽てしまう。
「あぁ」
おじさんの返事は相変わらず素っ気ない。
「は、は、は、は」
ウチは息を整えながらも、歩くのはやめない。
立ち止まったら座り込みそうだから。
座っちゃったらしばらく動けそうにない。
胸は苦しいし、足は熱を持って痺れる様に痛い。
おじさんは何も言わず、ウチの横を追い越して前に出る。
「は、は、は、は」
ウチも何も言わずにおじさんの服を掴む。
胸元の痛みで喋るのが辛いから無言で歩く。
どのくらい歩いたか分からなくなったころ、おじさんが立ち止まった。
日が沈んだのか、あたりは暗くなってきていた。
おじさんが黒い塊や荷物を地面に降ろす。
ウチは邪魔にならないよう服を掴んでいた手を引っ込める。
おじさんは目の前にある、へこんだ地面に飛び下りる。
そこは左右にかなり長い溝になっていて、深さはおじさんの胸ぐらいだから、ウチの背よりは深い。
そして数メートル先の対岸は土を盛ったように高くなっていて、その上に木で作った柵が建てられている。
おじさんは溝の反対側まで行くと、おじさんの背より高い壁を垂直に飛んで越えてしまう。
そこに建てられた柵は一部が扉状に開くらしく、おじさんは簡単に開けて中に入っていく。
すぐに中から丸太を二本まとめた橋を取り出して溝に渡す。
溝の高低差の分、傾斜になった丸太の橋は、軽く削って階段状になっていた。
ウチはその間、座って自分の足を揉む。
靴擦れはしょうがないにしても、筋肉痛の痺れと痛みを少しでも和らげるためだ。
この先どれだけ歩くのか分からないし、ゆっくり休める場所があるかもわからない。
おじさんなら夜通し歩くなんて事も平気でしそうだ。
おじさんは橋を渡らずに、跳躍して溝を飛び越える。
こちら側に戻ってくると、ウチの方を見向きもしないで渡した丸太の橋を調節して動かないことを確かめる。
そして荷物を背負い直し、黒い塊も担いで「いくぞ」と言った。
もう、あいっ変わらず他人に気を使わない!
「待っておじさん。ゴホッ、なんか胸が苦しいし、足も痺れてるから、少し休ませて」
おじさんはやっとウチの方を見たかと思うと、すぐに視線を外し何も言わずに丸太を渡り始める。
ギッギッと丸太が軋む。
「ちょっと、おじさん!」
ウチが声をかけても、そのまま柵の向こうに消えてしまう。
あたりはいよいよ暗くなり、虫やら鳥やらの鳴き声がうるさくなる。
おじさんが戻ってくる気配はない。
おじさんのバーカ、バーカ!
ウチは胸と足の痛みをこらえて立ち上がる。
漏れそうになる弱音を歯を食いしばって飲み込む。
まだ少しふらつくけど、歩けないほどじゃない。
おじさんはきっと戻ってくる。
でも、ただ待ってるなんて性に合わない。
ウチが足先で探りながら丸太橋へ踏み出そうとした時、ギッギッっと丸太の橋が鳴り始めた。
大きな気配がウチの前でしゃがみ込む。
「乗れ」
ウチは少し腰を屈めて、探りながら手を前に出す。
触れたのは大きくて温かな背中だ。
「おじさん。ウチ、胸が苦しいって言ったよね、おんぶは胸が押されて苦しいと思わない?」
おじさんがウチの方を振り向いたのが衣擦れの音でわかった。
「抱っこして欲しいな、お姫様抱っこ」
「だっこ?」
「そう、お姫様抱っこ。こう足と背中を持って、ぅわ」
思わず可愛くない声が漏れたけど、おじさんがウチをお姫様抱っこして立ち上がった。
「ありがとう」
おじさんは何も言わず、下からギッギッと音が聞こえてきた。
もう辺りは何も見えない。
けどおじさんが居れば怖くない。
ウチの体が疲れて限界だったのか、毛だらけのおじさんが温かったせいか、急に眠くなってそのまま意識を手放した。
読んで頂き、ありがとうございます。
次こそはもう少し早く書きたいなぁ。