出会い
もう少し更新早くしたいのですが、難しい。
「ジャマだ。退け」
ウチがはじめて聞いた、その人の声はそんな言葉だった。
そこはビルとビルの間、狭くて薄暗い路地だった。
こんな状況なのに威圧するでもなく、淡々とした口調だった。
「あぁ?ナンダァおま、が!?」
ウチを襲おうとしてた三人の一人、見張り役の男はその人に凄もうとしたが、最後まで言い終わる前に頭を大きな片手で掴まれる。
暗いアスファルトの地面に押し倒されたウチには、その男の足が宙に浮いたのが見えた。
そいつはそのまま路地の奥に放り投げられる。
人間って漫画や映画みたいに片手で投げられるモノなんだ。
そんな呆れたような間の抜けた事を考えていたのを覚えている。
「な、何なんだ、テメェッ!!」
ウチの顔を殴った男は慌ててズボンを上げながら立ち上がる。
カチャカチャとベルトを鳴らす姿は情けなさを通り越し、ヘタなコメディでも見ているようで笑えて来る。
あれほどヤバイ奴だって思っていたのに、今じゃ滑稽なバカにしか見えない。
そんなコメディ男はズボンを履き終わる前にお腹を殴られ、変な声と共に吹っ飛んだ。
それまでウチの手を押さえつけていた最後の一人が慌てて立ち上がり、ウチの服を切り裂いたナイフをその人へ向ける。
「くっくるな!!」
泡を飛ばしながら吠え、へっぴり腰でナイフを構えるが、大きな影の前では威嚇にすらなっていない。
他の2人と同じように、腕の一振りでふっ飛んでいった。
あっという間に3人の男を片腕でだけで倒した大きな男。
座り込んだウチの前を少しぎこちない歩き方で通り過ぎる。
思えば、一度もこっちを見向きもしない。
黙って路地の奥へと消えようとする背中。
ウチは慌てて口からテープと汚い布を取り、声をかける。
「ま、待ってよ!こんな状態の女の子を放って行く気?」
こんな言い方をするつもりじゃなかった。
咄嗟に声をかけたが、気が動転して感謝の言葉が出てこなかった。
いや、考えてみればウチ、誰かに『ありがとう』なんて、ずっと言ってなかった気がする。
沢山の男に体を見られた。
男達に肌を晒す事なんて大した抵抗も無い。
けど、この時はボロボロに引き裂かれた自分の格好が、無性に恥ずかしく感じた。
でもなぜか弱味なんて見せたくなくて、変に強気な口調になったんだった。
思えば、助けてくれた相手にずいぶんな態度だったけど。
「・・・」
大男が初めてこちらを振り向いた。
周囲が薄暗いせいで表情までは分からない。
おもむろに胸の辺りを探って何か取り出した後、それをズボンのポケットに突っ込み、上着を脱いでこちらに投げてよこした。
大男はそのまま何も言わずに路地の奥へ歩き出す。
少し片足を引きずりながら街の影へと消えていった。
渡された上着はウチの腿まで隠れるほどの、大きな作業着だった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
あの時の作業着と同じ様なデザインのボロ着を見て、つい昔のことを思い出してしまった。
「ちょっと、痛くて動けないかも」
大男、じゃない。
五郎のおじさんがウチの横まで来て屈み込む。
「イッタ!」
うつ伏せで動けないウチを、おじさんが荷物でも転がすみたいに仰向けにした。
めっちゃ痛かったんだけど、相変わらず女の子の扱い方が分かってないな。
「痛む場所はどこだ?」
ウチは手足のスリ傷を見せて、胸も痛いと訴えた。
おじさんはウチの腕と脚を遠慮なく持ち上げたりして、傷の程度を素早く確認する。
「その傷は?」
おじさんがあごで示したのは、笹モドキで切った手の甲だ。
改めてピンクのウサギを見て驚く、その下
が赤黒くなって、かなり腫れて膨らんでいたからだ。
見た目ほど痛くなかったので気が付かなかった。
「あの、笹モドキで切ったの。そん時はこんなに腫れて無かったのに」
おじさんはピンクのウサギをはがすと、傷を確かめ、背負った袋から、竹みたいな水筒を取り出した。
「他に笹で切った場所はあるか?」
ウチは首を振る。
「この辺りの草には毒みたいなのがある。ほっとくと悪化する」
おじさんは喋りながら、白大狼にボロボロにされた動かせない片腕を自分の太ももの上に乗せ、その上に革の鞘から引き抜いた武骨なナイフを置く。
竹水筒のフタを口で開け、ナイフの上でかたむける。
水筒から飛び出した液体は薄っすら輝く、お茶みたいな緑色をしていた。
それがナイフの上にかけられ、さらにその下の腕まで濡らす。
すると突然、傷だらけの腕がジュワジュワといい始める。
まるで炭酸水でもこぼしたみたいに、傷の上で緑の液体がボコボコと泡立ち、煙まで出てくる。
ヨモギの様な臭いが鼻を刺激した。
「待って、待って。おじさん。やろうとしてる事は分かったけど、ちょっと待って、心の準備が必要だから・・・」
ウチが声を上げると、おじさんは肩をすくめて、腕の傷すべてに緑の液体をかけていく。
ウチはそれらを努めて無視して自分の腫れを見つめる。
確かに、この腫れ方はほっといたらヤバそうだ。
だから、覚悟を決める。
「・・・よし、やっ」
言い終わる前に、おじさんがナイフを手の甲で滑らせる。
そして、サッと口をつけて、地面に黒い液体を吐き出す。
痛みなんて感じる暇も無い早業だ。
ウチは吐き出された液体を思わず目で追って、固まってしまう。
その地面には、吐き出された黒い液体が、ウネウネと毛虫の様に蠢いて地中に潜って行く所だった。
「え!?ちょっ何かキモって、いった!」
手の甲に激しい痛みが走り、思わず声を上げ、慌てて引っ込める。
見れば、腫れていた手は元のサイズに戻っていた。
そして痛みの原因は、ジュワジュワと煙を出してる緑の液体のせいだ。
焼け付くような痛みに手が痺れる。
「もう!おじさんは痛みとか感じないの?こんなに痛いなら、一言『しみるぞ』とか、言ってくれてもいいんじゃないの?」
「しみるぞ」
「もう遅いから。って、イタタ、笑ったら胸に響くんだから、笑わせないでよ、もぅ」
おじさんは他人の気持ちを察するのが苦手だ。
でも、ウチに合わせてくれたのが分かって、ついニヤけてしまう。
今まではウチが一方的に喋ることが多くて、こんなやり取りは殆ど無かった。
「手足と胸の傷は、これを塗っておけ」
おじさんは立ち上がって、袋から手のひらサイズの容器を投げてよこす。
大福サイズの円錐型の木製容器で、手のひらで回すと簡単にフタがあいた。
中には茶色い軟膏が入っていて、少しキツイ匂いがする。
イヤな匂いじゃないけど、木製のお風呂場の香りをかなりキツくした感じだ。
ウチは軟膏を適当に手と足の擦り傷、あと胸の傷にも塗る。
ほどなくして、手の甲を含めたほとんどの痛みがひいて、ハッカ油の様なスーッとした清涼感まで感じる。
ウチはその事をおじさんに伝えようとして、またしても固まる。
おじさんが少し離れた場所で白大狼の皮を剥いでいた。
それだけならウチだってそこまで動揺しない。
これでもゾンビ映画もよく見るからグロ系には耐性がある。
でも、白大狼の腹を裂いて片腕突っ込んでるのは、ちょっと意味が分からない。
読んで頂き、ありがとう御座いました。