黒大狼
こういう場面は苦手で、時間かかりました。
ウチの隣に横たわる白い狼。
口から舌をたらし、ピクリとも動かない。
その首元には先程までなかった、太い棒が生えている。
その姿は、毛色こそ違うけど黒大狼と外見はかなり似てる。
ただし、この白大狼の方が一回り大きな気がする。
酸欠からくる症状か、意識がボンヤリして考えがまとまらない。
なんで、白大狼は倒れてるんだっけ?
ウチが状況の変化に追いつけないでいると、ヌッとウチに影がさす。
見上げると、いつの間にかウチの横に人間離れした大きな男が立っていた。
その大男は、倒れたウチに見向きもせず、白大狼の喉あたりを踏みつけると、首元から突き出た木の棒を引き抜く。
抜いた場所から赤い液体がドプッドプッと溢れてきた。
大男は白大狼に背を向け、引き抜いた木の棒を、はじめに襲ってきた黒大狼の方へ向ける。
その先端は尖った石が取り付けられていて、赤い雫が滴っている。
ウチの身長くらい有りそうな石の槍だけど、大男がその倍はあるので短く見える。
その穂先を向けられた黒大狼は、いつの間にスプレーの効果が切れたのか、クシャミが止まっていた。
そして黒大狼は、涙で潤んだ緑の目で大男を睨みつけ、威嚇する様に低い唸り声を出す。
でも大男は石の槍を構え、そのまま動かない。
いつの間にかウチは蚊帳の外で、大男と黒大狼が睨み合ってる。
注意がそれて気持ちにゆとりができたのか、単にまだボンヤリして危機感が働かないのか、改めて黒大狼の大きさに驚く。
体の大きさだけでも普通の乗用車くらいはあるんじゃない?
それにあの大男も背だけじゃなくて横にも太い。
筋肉質な相撲取りって感じだ。
ただ相撲取りと違って全身を茶色い毛皮で覆い、その上にボロボロの作業着みたいな服を着ている。
さらに頭には首元まで隠れるイノシシみたいなマスクをしてる。
なんだこれ、特撮かなんかの撮影か。
そんなツッコミを入れたくなるような格好だ。
イタタッ。
アホなこと考えていると意識がハッキリとしてくる。
それと同時に、全身が痛みだした。
改めて自分の身体を調べた方がいいな。
体の痛みは主に手足と胸の辺りだ。
他にも疲れたようなダルさと軽い目眩もある。
ダルいのと目眩は酸欠の症状だと思う。だから、もう少し呼吸が整えば治るかもしれない。
「ウッ」
上体を起こそうとして、白大狼に踏まれた胸が痛くて、思わず声が漏れてしまった。
幸い、黒大狼と大男は相変わらず睨み合っていて、ウチの方を気にしちゃいない。
イテテッ、痛みを我慢していっきに上体を起こす。
手足を確認すると、小麦色の玉のお肌にいくつもの擦り傷がついていた。
自分では意識して無かったけど、息ができなくて、かなりモガイていたみたいだ。
その時に手足を擦ったんだろう。
それに手の甲が赤く腫れてジクジクと痛む。
ピンクのウサギが貼られている場所だ。
あとは胸の鈍い痛みだ。
見れば、白大狼に踏まれた時に食い込んだ爪痕から少し出血までしてる。
それに踏まれた所が一番痛い。
ガァーッ!
黒大狼が吠えて、大男に向かって駆け出す。
大男は微動だにせずに、黒大狼が槍の間合いに入った瞬間、片手で石の槍を突き出す。
でも、その一撃は黒大狼が横に跳んでかわす。
大男は追うように足を一歩大きく踏み出し、反対の手を柄に添えて、その手を押し込む様にして槍で薙ぎ払う。
勢いの乗った穂先が黒大狼の肩口を捕える。
グワァ!
ところが、今まで横たわっていた白大狼が突然跳ね起きて大男の横腹めがけて突進する。
大男はすぐに槍から手を放し、白大狼が腹に咬み付く前に、腕をその空間にねじ込む。
白大狼はそのまま大男の前腕に咬み付く。
大男はすかさず、咬み付かれた腕の手を握り、力を込める。
そして、反対の手を振り上げて、白大狼の顔めがけて拳を振り下ろす。
その瞬間、地面から突然緑のツタが伸びて、大男の振り上げた手首に絡みつく、そのツタを黒大狼が咥え、首を振って引っ張り、拳が白大狼に振り下ろされるのを防ぐ。
すると今度は白大狼に咬み付かれた大男の腕から棘のような白い結晶が突き出す。
しかもそれはグサッグサッっと、どんどん増えていく。
さらに大男の足元から何本ものツタが足にまとわりついて伸び始める。
原理は分からないけど、あのツタはきっと黒大狼が操ってる。
黒大狼のあの緑の目が薄っすら輝いていて、あのツタも薄っすら緑色に光ってる。
根拠はそれだけなんだけど、あのツタを何とかしないと大男が負けちゃうかも知れない。
もちろん大男がウチの味方とは限らないけど・・・・・・ってうだうだ考えてる暇はない。
ウチはあまり目立たない様に、さっき落とした痴漢撃退用のスプレー缶を探す。
白大狼に蹴られたのか、結構離れた場所に有った。
さすがに走れば気が付いて襲われるかも知れない。
けど、大男が殺られたら次はウチだ。
ウチは覚悟を決め、体の痛みすべてを無視してスプレー缶へ走る。
もちろん、気持ちだけでどうにかなるはず無くて、視界がかすむ。
でもウチの動きに黒大狼が気がつく。
あと一歩!そう思った瞬間、ウチの足が引っ張られる。
ウチはまたも顔から地面に倒れる。
胸の痛みに涙がこぼれる。
足元を見れば、ウチの片足に緑のツタが絡まっていた。
缶まであと少し、ウチは反対の足でツタを蹴るようにして力を込める。
するとローファーとソックスがズボッと脱げて足が自由になる。
ウチはすかさず立ち上がり。
取れた。
そこで違和感に気づく。
缶が軽い、振っても乾いた音しかしない。
その間にまたウチの足にツタが絡みつく。
大男を見れば、ついに立っていられなくなったのか、ツタに引き倒されるように片膝をついてしまう。
白大狼が咬み付く片腕は結晶の棘が全体に広がっている。
これはヤバイ、そう思った時、緑に輝く黒大狼の視線がスプレー缶を捉えてるのがわかった。
「くらえ」
ウチはツタに引っ張られて倒れながらも、黒大狼の顔めがけて空のスプレー缶を投げる。
ヘッポコ投げだったけど、黒大狼は咥えていたツタを放して缶を避ける。
よほどさっきのスプレーが苦しかったらしい。
ゴガンッ!
鈍い音の方を見ると、大男が自由になった片手で、白大狼の耳の辺りを掴み、額に頭突きしていた。
2回、3回と鈍い音が響き、白大狼はグッタリとなり、片腕を覆っていた氷の結晶は砕けて消えてしまう。
グルゥガァァ!
黒大狼が怒りの咆哮をあげて大男に飛び掛かる。
下半身がツタで覆われた大男は動けない。
そのまま黒大狼が大男を押し倒し、頭に咬みついた。
ツタのせいで地面に這いつくばってるウチの位置からはそう見えた。
けど、黒大狼は乗りかかったまま動かなくなり、大男とウチに絡まっていたツタが黒い塵になって消える。
ツタが無くなったけど、ウチは全身が痛くて動けそうにない。
すると大男が黒大狼の体を蹴るように横に押しやって、どっこらしょって感じで立ち上がった。
ウチは地面に突っ伏したまま、逃げる事も出来ない。
大男はいつの間にか持っていた、無骨なナイフの雫を黒大狼の毛皮で拭う。
それを腰のベルトに下げてる革製の鞘に納めて、ウチの方へ歩いて来る。
白大狼に咬まれた片腕は結晶こそ消えたけど、ボロボロの穴だらけで、動かせないのかだらんと垂らしている。
黒大狼に乗りかかられた胸元は赤く汚れていた。
ウチはそこで初めて気が付いた。
ボロボロで原型がほとんどなかったし、今は赤く汚れて分かりにくいけど、その胸元にはウチの学園の校章が刺繍されてる。
「動けるか?」
そして、その声はウチにとってはついさっき、この森に攫われる前に話していた声と同じだ。
「用務員の、五郎のおじさん?」
読んで頂きありがとうございました。