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緑のカゴ

よろしくお願いします。

 さらわれたんなら、運ばれた時に怪我してないか確認したほうがいいか。


 そう考えて、身の回りを調べる。

 自慢の焼いた肌には傷一つない。

 手足にも縛られたアザは無いし、ウェーブのかかった茶髪も切られてない。

 着崩きくずした制服も変に乱れた様子はない。

 腕に注射の跡もないし、口の中に睡眠薬の苦い感じも残ってない。

 ただ、最初意識がボンヤリしてたし、そういう薬を飲まされた可能性はある。

 身に着けているアクセサリーも無くなってない。


 ウチは近くに落ちてた自分のカバンを引き寄せる。

 キーホルダーやバッチでかなりデコレーションしてるので、一目でウチのだと分かる。


 中には教科書なんかじゃなく、化粧品やらなんやらが入ってる。

 特に盗まれた物もない、と思う。


 あれ?誘拐ゆうかいじゃないのかな。

 普通、捕まえた証拠みたいのを親に送りつけるよね。

 いや、さらって写真を撮った後、森の中に捨てた可能性もあるか。


 なぜウチが拐われたと確信しているのか。

 理由はウチの母親である柏川かしかわ沙月さつき、ことサッちゃんの彼氏がヤーの人だからだ。


 その人は乱暴な組織の中ではそこそこの地位らしく、ウチの父親でも無いのに、進学費用などの金銭的な援助をしてくれたりと、色々お世話になった。

 だから、ウチは兄さんって呼んでそれなりに懐いていたのだが、それが良くなかったのか、はたまた兄さんがサッちゃんにゾッコンなのがその界隈かいわいで広く知れ渡ったのか、ウチは兄さんに敵対してる人達に襲われた事がある。


 だから今回も、拐って兄さんに何か要求するつもりなんだろうと思う。

 ただ問題は、兄さんはサッちゃんには甘々だが、ウチにはまったく興味がない事だ。

 だからサッちゃんには組の若い人を何人か護衛ごえいさせてるけど、ウチには一切ない。


 もし兄さんにウチが拐われたと連絡が入ったとしても、サッちゃんを悲しませない為に探して助ける素振りは見せても、実際はどうでもいいと思ってそうだ。

 ウチが居ない方がサッちゃんが子供欲しがるだろうとか、考えそうだしな。

 サッちゃんが警察に連絡しようとしても兄さんが止めるだろうし・・・・・・。



 うん、助けは期待できないから自分で帰ろう。

 まずは、ここがどこか調べて、帰る方法を探さなきゃ。


 そのためには時間を知る必要がある。

 ウチの最後の記憶は昼前、弁当忘れたから旧校舎を出て買いに行こうとしてた時だ。

 だからたぶん十一時ごろで、今の時間との差で最大どのくらいの距離移動したか予測できる。


 ウチは腕時計を見る。

 花のデザインが控えめに入ったシンプルな腕時計だ。

 一見高そうに見えないが、それなりに良いモノだ。

 こういうのは露骨ろこつに高級ブランドなんかを着けると、周囲にねたまれたりするから気をつけて選んだ。

 学園の教師にまで、それで目の敵にされたのは苦い経験だ。

 今は、十五時・・・・・・ん?

 そこで違和感に気づく、秒針がめちゃくちゃに動いてる。

 急に早く回転したり、とつぜん緩やかになったり、意味が分かんない。

 一瞬、腕時計の電池切れかとも思ったけど、買って数ヶ月で切れたりはしないはず。

 電波なんちゃらって時計だから、自動で時間合わせる機能がよくなかったのか。


 ウチはカバンから携帯を取り出す。

 北海道の田舎いなかは街から離れたり、山の方へ行くと簡単に電波が無くなる。

 だから電話が使えないのは初めから期待してないのでいいのだけど、携帯と腕時計の示す時間が数時間もズレてるのは変だ。


 携帯でストップウォッチのアプリを起動する。

 ストップウォッチの秒カウントも、腕時計と同じで不規則になってる。

 理由はわからないけど、時計が役に立たないみたいだ。


 ウチの居た学園から近くて、深い森がありそうな場所なら南西の裏山。

 地面に傾斜けいしゃはついてないから、山の方じゃなくて、ふもとの辺りだろうか。

 今日は学園祭で、外部の人もたくさん出入りしてたからウチを運び出すのは難しくなかったはず。

 でもウチが軽かったとしても、実際軽いんだけど、校外への移動には車を使ったはず。

 

 ならキャンプ場に行く途中の道から入れる、林道を使ったかも知れない。

 だったとしたら東を目指せば国道に・・・・・・。


 進む方向を考えながら携帯のコンパスアプリを起動する。

 友達とキャンプの予定を立てた時にダウンロードしたけど、あまり使ったことが無いアプリだ。

 でも、動かない。

 アプリが起動しなかった訳じゃない。

 身体を回転させても、赤い針は画面の上を指したままだ。

 このアプリって電波無いと使えないんだっけ?

 でもそれって山で迷った時に意味ないよな。とは思ったけど、時計と一緒で何か変な電波障害でも起きているのかと、理解するのをあきらめる。


 取りあえず、周囲を観察して少しでも早く移動しよう。

 やみくもに動くのは危険かもしれないけど、ここに居ても助けが来るわけじゃない。

 それに数時間もすれば日が沈むかも知れない。

 

 と言っても、何度か飛び跳ねて森の奥の方を見てみたけど、ここには太い木の幹と、ウチの肩ぐらいかそれより高い笹薮ささやぶがどこまでも続いているだけ。

 目標になりそうなものは見つからなかった。


 ただ、地面を覆うささが、黒くなって枯れてるのはウチの周りだけって事は分かった。

 わざわざこんな場所を用意したのか、もしくは開けた場所だったから置いてったのか。

 でも数歩も進めば笹が、枯れた空間に倒れこむ様に茂っている。


 やっぱり、薮漕やぶこぎの覚悟を決めるしかない。

 笹は葉の側面に細かい棘があって肌を切りやすい、他にもダニやヘビなんかもいるかも知れない。

 正直、手足の露出が多いこんな制服で笹薮ささやぶに分け入るなんてやりたくないけど、背に腹は代えられない。


 勢い勇んで、視界をさえぎる邪魔な笹をかき分けて、慌てて手を引っ込める。

 手の甲に痛みが走った。

 ジクジクと痛む傷口を見ると、笹の葉っぱで切れたのか、血が滲み赤い筋になっていた。

 ザックリとまではいってないけど、怯むには十分な痛みを感じる。

 ウチはカバンから絆創膏ばんそうこうを何枚か取り出して切れた手の甲に貼る。

 ピンク色でウサギがデザインされた可愛い絵柄のヤツだ。


 絆創膏のゴミをカバンにしまってから、改めて笹の葉っぱを調べる。

 その葉っぱの側面と裏面にはノコギリのようなとても鋭く細かな棘があった。

 しかも葉っぱ自体も力を入れないと曲がらないくらい硬い。


 ちょっとこれ、笹じゃないな。

 笹より危険だ。

 この笹モドキを掻き分けて移動するとかマジ無理だ。


 けど周囲を取りかこむ様に笹モドキが茂ってる。

 そう思って見直すと、さっきまではただの森の中だったのに、今ではまるで緑の牢獄だ。

 まさに八方塞はっぽうふさがり、御手上げ。


 ははは。

 なるほど、こんな場所に捨ててしまえば、わざわざ監視なんかしなくても逃げられずに野垂れ死ぬって訳か。

 今までアレコレ考えていた自分が急に馬鹿らしくなってきた。


 そもそも何でウチが兄さんのイザコザに巻き込まれなきゃいけないの!

 かってに縄張り争いでもなんでもやってりゃいいじゃない!!

 ウチに関係ないところでね!!!



 すーはー。

 深呼吸をして気持ちを切り替える。


 兄さんにお金を出してもらって学園に入園してるし、色々と世話になってる以上、ウチも関係者だ。

 被害者面ってのは卑怯ひきようか。


 助けは来ない、だから自分で帰る。

 あきらめて、投げ出したら終わりだ。


 そう意気込んで、笹モドキを睨みつけると、視界の端で何かが動いた。

 遠くの方での笹薮ささやぶモドキが不自然に揺れたのだ。


読んで頂きありがとうございました。

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