第六話 リゾート化計画
――翌日の朝。
俺は【実物】した有名ブランドのTシャツと白シャツ、そしてジーンズとスニーカーに身を包み、今じゃ庭となった大草原の前に立っていた。
穏やかな風に吹かれながら、両手をう~んと伸ばして、大きく深呼吸。
空気が美味いと実感した後、朝日に照らされた庭を見渡す。
「……うん、何度見てもいい景色だ……こうなると、ここに綺麗な湖が欲しくなっちゃうよなぁ?」
ありえないことを、ついつい口走ってしまった。
しかし……だ。
今の俺にとっては、ありえなくはないかもしれないわけで……。
俺はビーチチェアを【実物】した後、それに腰掛けながら絵を描き始めた。
もちろん描いているのは、庭の風景画。
ただし、大草原の部分を“綺麗な湖”に変えて……だ。
これが実現すれば、湖畔にログハウスという最高なロケーションが完成する。
食べ物、それに家や家具はいけた。
ただ今から【実物】しようとしているのは、“地形”そのものになる。
例えば俺が富士山を【実現】すれば、現れちゃうわけだろ?
まぁ描いているのは湖だが、それでも実現すればありえないことだ。
「っていうか……もし急に湖なんかできたら、さすがに問題になっちゃうか……?」
……いや、別にいいだろ。
なにせ、魔法が存在する世界だもんな。
うん、やっちゃえやっちゃえ。
「【実物】ッ!」
……チート能力を手に入れた勢いってのは、ほんと恐ろしいものだ。
昨夜とは打って変わって、俺は何の躊躇もなく能力名を口にしていた。
そして、やはり目の前の大草原が綺麗な湖に変わったのだ。
「ハハ……ほんとに、湖ができちゃったよ……」
やべぇ……このアートブック、地形すらも変えられるのかよ。
こんなの、もはやチート能力の域を超えて神の力じゃねーか。
「……おーし、こうなったら、リゾート化計画開始だなッ!」
俺は席を立ち、湖の周りを回りながら絵を描き始めた。
描いているのは、遊歩道とガードレール、そして街路樹の絵。
それをポンポンポンと【実現】しながら、湖の周りを回っていく。
たまにベンチを【実現】しては、それに腰掛け絵を描き続けた。
見る見るうちに、湖の周りがリゾートっぽくなっていく。
「いいねぇいいねぇ……んで、この辺にはっと……」
次に、ボート乗り場とボートを【実物】した。
そのままボートに乗り、湖を漂ってみる。
うん……ボートなんて乗ったことなかったが、何とか運転できるな。
「しかしまぁ……絶景かな、絶景かな」
周りを見渡すと、山、山、山。
俺は山に囲まれた湖を、しばらくゆったりと堪能した。
†
湖を一周後、俺は家と湖の間に大きな露天風呂を【実物】した。
もちろん、いい湯加減の温泉が瞬時に現れる。
実はこの世界、夜になると星が超綺麗に見えるのだ。
家の檜風呂も最高だったが、今夜からは星空を見ながら温泉にも入れちゃうわけか。
「ハハハッ! もうここ、完全にリゾート地だろッ!」
何度も言うが、ここはオリジンの町の近くにある、大きな森を抜けた先。
しかしその何の変哲もない場所は、わずか数時間でリゾート地みたいになってしまった。
家の前に戻り、ビーチチェアに腰掛ける。
「さて……と。休憩がてら、リゾート地で一度はやってみたかったことを、今からしますかね」
俺はビーチテーブルとトロピカルドリンク、そして果物の絵を描いた。
ちなみにトロピカルドリンクは、クルッと曲がったストロー付き。
果物は、バスケットにどっさり入った物……だ。
それを、今から湖畔でいただく。
うん……THEセレブな感じの完成である。
あっ、そうそう。
日差しが眩しくなってきたから、ビーチパラソルも描いてっと――。
「――【実物】ッ! うっほー、これだよこれッ!」
俺はビーチテーブルの上に現れたトロピカルドリンクを飲み、果物をほおばった。
ぶどうの先端を持ち、あーんってな感じで。
「……ハァ。もしかしてここは、天国かな……?」
こうして俺は、一夜にして町外れにある倉庫からリゾート地に引越しを完了したのだった。
しかし……だ。
俺の願望は、ここで終わらない。
「地形すらいけたんだ……そうなると、次は“ヒロイン”だよなァ!」