第五話 新居
――数分後。
俺は日が暮れる前に、とある場所までやって来ていた。
視界には、夕焼けに染まった大草原が広がる。
そう、ここは俺が異世界転移をした瞬間、最初にいた場所だ。
「うん……絶景かな、絶景かな」
オリジンの町の近くにある、大きな森を抜けた先。
なので背後には森、そして大草原の奥には大きな山が見える。
確か客の冒険者が、「あの山を越えた先に王都がある」って言ってたな。
「オマケに、「この辺りにはモンスターが出ない」とも言っていたから、安心して絵が描けるぜ」
俺は腰を下ろし、アートブックに絵を描き始めた。
描いているのは、まるで軽井沢にでもありそうな、立派なログハウスの絵。
そう、俺は家の絵を描いているのだ。
ちなみにログハウスなのは、異世界の雰囲気を重視した結果だ。
「……よし、と。自分で言うのもなんだが、完璧じゃね? このログハウスの絵」
ただ描いたのは外見だけなので、俺は絵の横に簡単な間取りを書いておいた。
こうすれば、ログハウス内が間取り通りになるんじゃないかという、淡~い期待を込めて。
そして……だ。
俺はこのチート能力に、一つの名前を付けた。
なんかこう、必殺技っぽくするために。
だって、せっかくの異世界だ。
やっぱり、能力名は叫んでみたいじゃん?
そのままログハウス現れろと願いながら、その能力名を口にする。
「【実物】ッ!」
俺の叫び声と共に、やはりアートブックは大きく光輝いた。
「……ハハッ。ちょっと恥ずかしかったけど、もうどうだっていいや……」
言葉通り、恥ずかしさなんてすぐに吹き飛んだ。
だって目の前に、描いた通りの立派なログハウスが建ったのだから。
やばい……この能力、やはり本物だ。
「ハハハッ! すっげッ! すっげぇーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
俺はログハウス内に入り、まるで子供のように走り回った。
嬉しいことに、ログハウス内は書いた間取り通りになっている。
「ここがキッチン&リビングだろォ!? で、ここが寝室ッ! んでもってここがトイレで、そしてここがお風呂場ッ!」
しかし当たり前だが、シンクや家具や便器や浴槽自体はない。
でも今の俺には、何もかもがこの一言で片付いてしまう。
「描くか」
俺は描いた。
シンクに、コンロ。
テーブルに、椅子。
ベッドに、布団。
便器に、浴槽。
後は食器棚に、冷蔵庫に、照明に――。
「――っと……暗くなってきたから、まずは照明が必要だな」
しかし……だ。
俺は照明の絵を【実物】する前、重要なことに気がついた。
「……ここ、電気通ってなくね……?」
っていうか、ガスも水道も通っていない。
すかさず照明の絵の横に、電気なしでも使えると書く。
よっ、よし……こうすれば、使えるはずだ。
ログハウスも間取り通りになったんだし、たぶん大丈夫だろ。
……いや、さすがに無理か?
とにかく……だ。
ここまできたら、やってみるしかない。
まずは照明の絵を【実物】して、恐る恐るスイッチを入れてみる。
――パチッ。
「おいおいおいおい……マジかよ。マジかよッ……!?」
なんと照明は、問題なくついたのだ。
パアッと明るくなる、ログハウス内。
直後、他の絵にもありえない説明を書き加えていく。
そのまま描いた絵全てを【実物】しては、一つ一つ入念にチェックをした。
うん……コンロも点くし、トイレも流れるし、浴槽に湯も張れる。
「……こんなの、ガチでマジのチート能力じゃねーか……」
そのまま俺は、一ヶ月ぶりのお風呂に入った。
広々としたヒノキの浴槽に、ゆっくりと体を沈める。
これまでは町の近くの川で体を洗っていたから、格別だったのは言うまでもない。
お風呂に入った後は、【実物】したバスローブを羽織り、そのまま高級ベッドにダイブ。
俺はフカフカの高級羽毛布団に包まれながら、グッスリと眠りについた。