第三話 俺の画集
……っていうか、何で全ページ白紙なんだ?
表紙とか黒基調で、こんなにもちゃんと作りこまれているのに。
だからパッと見は、豪華な哲学書かなんかに見えるんだぞ?
なのに、何で……。
「……ふぅ」
俺は一呼吸置き、白紙のアートブックを閉じた。
そして、そのまま即決をする。
「これにします。おじいさん、このアートブックと交換をお願いします」
「むおッ!? ほっ、ほんとに、それでいいのかッ!?」
「はい、これでいいです。紙の在庫を気にせず、絵を描きたかったので」
「おっ、お主がそう言うのなら、ワシは別に構わんが……」
確かに中級の回復薬などを売れば、500ゴルド以上になるかもしれない。
なら、新しい紙も買える。
しかし俺は、白紙のアートブックを選んだ。
……うん、これでいい。
「見た目だけは、立派なアートブックですしね。これを、俺の画集にします」
「なんと……ほっほっほっ、そうかいそうかい」
「いつか俺の描いた絵で、この世界を驚かす的なことをやってのけますよッ! ハハッ! なーんてねッ!」
「……ワシは、本当にこの似顔絵が気に入っておる。いつかお主が、世界を驚かすことを信じて待っておるよ」
そう言って、おじいさんは風呂敷をのそのそと畳みだした。
しかし俺の描いた絵で、世界を驚かす……か。
勢いで言っちまったが、俺はプロでもなんでもないのにな……。
……いや、違う。
違うぞ、俺。
俺は絵を描くことで、この世界を生きていくって決めたじゃないか。
それに似顔絵だって、ほんの少しだけど通用してるじゃないか。
どんな有名な画家も、最初はきっと無名だ。
なのでいつかは、こんな俺だって……。
「よーし……今日から、おもいっきり絵を描くぞ。んでもって、絶対に成り上がってやるッ……!」
「んっ? 何か言ったかの?」
「いっ、いえッ……! おじいさん、本当にありがとうございましたッ!」
「ほっほっほっ、お主がこの先有名になれば、またどこかで会うこともあるじゃろう。では、その時まで……」
こうして俺は、500ゴルドの代わりに白紙のアートブックを手に入れたのだった。
†
俺は行商人のおじいさんと別れた後、夕食を買い家へと帰った。
ただ家とはいっても、町外れにある小さな空き倉庫だ。
家の中にある家具は、ゴミ捨て場で拾った布団代わりの布二枚と、テーブル代わりの酒樽のみ。
俺は異世界転移初日から、ここでひっそりと暮らしている。
家の中へ入り、酒樽の上に本日の夕食を置いた。
本日の夕食は、朝食と同じくあんパン一つと牛乳一本。
貯金を始めてからは、ほぼほぼこのメニューだ。
もちろん、例のパン屋で購入している。
一応、パン屋のおじさんの機嫌を取るつもりで。
まぁいつも、「これだけかよ」って顔されるけどさ。
そのまま苦笑いをしながらあぐらをかき、白紙のアートブックを広げる。
「さてと……俺の画集、一発目の絵だ。モグモグ……」
俺はパンをかじりながら、とある絵を描き始めた。
描き終えたのは、サンマの塩焼きに、大根おろしとポン酢、そしてご飯と味噌汁の絵。
ふと何となく、今食べたい物の絵を描き終えていた。
画集一発目の絵がこれとか、ほんと泣きたくなるぜ……。
「久々に、腹いっぱい日本食が食べてぇなぁ……」
思わず無理難題を願った、その時だった。
なぜかアートブックが、突然大きく光り輝いたのだ。
それはもう、尋常じゃないくらいに。
なので灯りのない家が、途端にパアッと明るくなる。
「おわッ……! 何だ何だッ!?」
もちろん驚いた俺は、アートブックを床に投げ捨てた。
そして防衛本能が働いたのか、即座にその場から離れる。
なっ、何だよこれ……?
何で本が、光るんだよッ!?
そして次の瞬間、信じられない光景が視界に映った。
なんと酒樽の上に、サンマの塩焼き、大根おろしとポン酢、そしてご飯と味噌汁が現れたのだ。