第一話 似顔絵屋
カレーパン、あんパン、クロワッサン……。
焼きたてのパンの匂いが、これでもかと鼻腔をくすぐってくる。
ぐ~~~~~~~~~~~~~~。
俺はお腹を鳴らしながら、あんパン一つと牛乳一本を購入した。
ただし代金を支払った後も、財布はしまわない。
なぜなら……
「おじさん、今日も一日よろしくお願いしますッ! これっ、今日の分の500ゴルドですッ!」
「……つーかさぁ、君は小汚い服しか持ってないのかい? こちとら、客商売やってんだ。いい加減、その辺も考えてもらわないとねぇ」
「すっ、すみませんッ! 稼げたら、真っ先に新しい服を買いますんでッ!」
「フンッ……そろそろその“商売”も、潮時なんじゃないの? まぁそんななりの君を、バイトとして雇ったりはしないけどさぁ」
このように、俺の一日はパン屋のおじさんに“場所代”を支払い、グチグチと嫌味を言われることから始まるわけだ。
確か一昨日の嫌味は「君、ちゃんとお風呂入ってる?」で、昨日の嫌味は「君、やっぱちょっと臭いよ」だったかな。
他にも、二週間くらい前から散々言われ続けてきた。
「君の商売は、暇でいいねぇ」とか、「店の前にいるなら、つねに笑顔でいてよぉ」とか……。
しかし、パン屋のおじさんに嫌味を言われることは、悲しいけど仕方がないことだ。
俺の商売が軌道に乗ってないのは確かなことだし、そうなるとつねに笑顔でいるってのも無理なことだし、着ている白シャツはくすんだ色になってきてるし……。
ちくしょう……最初の方は「客が増えた」って、あんなにも喜んでくれたのにさ。
まぁそれも、仕方がないこと……か。
そのままパン屋の前に座り、ボーっと空を見上げながら朝食をとり始める。
「ハァ……俺の知ってる“異世界”生活ってのは、こんなのじゃなかったんだけどな……」
†
――剣と魔法の異世界に転移してから、一ヶ月。
俺はチート能力でSランク冒険者になり、俺TUEEEで無双をしては、ハーレムを築いて……いなかった。
じゃあ、何をしているかって――?
†
「――はい、できましたッ!」
「……ほう、そっくりじゃねぇか。ありがとな」
「いえいえ、こちらこそありがとうございますッ! これからも神野拓哉……いえ、タクヤ・ジンノの似顔絵屋をよろしくお願いしますッ!」
「王都へ帰ったら、冒険者仲間に伝えておくぜ。じゃあ、500ゴルドだったな」
そう、俺は異世界で、“似顔絵屋”をしているのだ。
俺がいるのは、オリジンという名の町。
一言で表すと、中世ヨーロッパ風の町だ。
一ヶ月前、突然異世界に転移した俺は、最初にこの町へと辿り着いた。
異世界物の小説やアニメは大好きだったので、当時はいい意味で大興奮。
普通なら、やはりあった冒険者ギルドへ行き、やはりいたモンスターを討伐する冒険者になっていただろう。
ただ俺には、チート能力も何もなかったのだ。
もちろん、色々試したさ。
しかし、「ステータス・オープンッ!」と叫んでも何も出ない。
落ちていた棒切れを拾って颯爽と振ってみても、剣技なんて身に付いていない。
町の子供達が「【火球】ッ!」と唱えて焚火をしているのを見た後、こっそり真似しても火花すら出ない。
これじゃあどこにでもいる、ニートな二十八歳のおっさんのまま。
残念なことに、会社をリストラされたばかりで絶望していた俺は、異世界に来ても俺のままだった。
冒険者になれない=稼ぎ口がない。
じゃあ、普通の仕事かバイトでもして稼ぐ?
言葉は通じたが、文字が読めず書けずでバイトすらできそうにない。
結果、俺は異世界転移一日目で途方に暮れた。
しかし……だ。
俺には、リアル能力があった。
それは、“絵を描くこと”。
プロではなく趣味でやっていたことだが、絵を描くことにはかなりの自信があった。
チート能力がないなら、リアル能力を使うしかない。
じゃないと、マジで野垂れ死ぬのがオチだ。
せっかく異世界に来たのに、何もせずに死ぬ……?
そんなの、嫌に決まってるだろッ!
なので俺は、町の路上で似顔絵屋を始めることにしたのだ。